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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
10/156

8 華の皇都2

 エドワルドの父アロンは2度結婚し、彼には合わせて5人の子供がいた。一番上がサントリナ家へ降嫁したソフィア、2番目がゲオルグの父親ですでに他界している第1皇子のジェラルド、3番目が現在国主代行を努めている第2皇子のハルベルト。4番目が第2皇女のエレーナで、現在は隣国ガウラに嫁いで王妃となっている。彼女までがリネアリス大公家から嫁いだイリス皇妃の子供だった。

 イリス皇妃が病で他界し、大陸の南端にあるエルニア王国から迎えたグリシナ皇妃との間に設けたのが末のエドワルドだった。歳が離れていることもあり、幼くして母親も乳母も亡くしたエドワルドをソフィアとハルベルトはことの外かわいがり、彼にとって2人は親代わりといっても過言ではなかった。その為、成人した今でも彼は2人に頭が上がらなかった。

 日が沈む頃、サントリナ家から迎えがきたため、アスターをお供にエドワルドは馬車に乗り込んだ。正式な晩餐の為、2人は外衣が最も豪奢な竜騎士礼装に身を固めている。

「ルークはどうしている?」

「宿舎で休んでいます。今日も少し飛んだようですが、旅の疲れもあります。明日もこのあたりの風をつかむために飛ぶと言っていたので、エアリアルの世話もほどほどにして休むように言いました」

「そうだな。大人しく休めばいいが……」

「確かに」

 宿舎には各騎士団から飛竜レースと武術試合に参加する竜騎士達が集まっている。特に一般竜騎士達は相部屋にされるので、意気投合して酒盛りが始まったり、逆に喧嘩になったりする。アスターにも記憶があるが、もはやこれは夏至祭の風物詩となっている。

 やがて馬車はサントリナ家の門をくぐり、玄関に横付けされる。エドワルドが降りると、サントリナ家の家令が恭しく主の元へ案内してくれる。

「今日はお招きありがとうございます。お久しぶりです、姉上、お変わりありませんか?」

 エドワルドは姉夫婦に礼儀正しく挨拶をする。

「よく来てくださいました、殿下」

「本当に久しぶりね、エドワルド。会えて嬉しいわ。ゆっくりして寛いでいってちょうだい。あなたもね、アスター」

 ソフィアは他の兄弟と違って髪は淡い金色をしており、色白の少しぽっちゃりした女性だった。子供の頃からえくぼがチャームポイントで、もうじき50を迎えようとしているのに、美人というよりはかわいいという印象の方が強い。

 子供の頃からアスターの事を知っている彼女は、後ろに控えている副官にも優しく声をかける。彼は「恐れ入ります」と礼を言って静かに頭を下げた。

「さあ、こちらへ」

 2人に案内されて着いたのは楽団が緩やかな曲を奏でている広間だった。そこには10名あまりの先客がいて、いずれも美しく着飾った妙齢の女性ばかりだった。エドワルドの登場に彼女たちは歓声を上げる。

「う……」

 エドワルドは内心しまったと思った。見事に兄と姉の策略にはまったらしい。

「晩餐……と、うかがっていましたが?」

「ええ、晩餐ですよ」

 躊躇ためらいがちに反抗を試みるが、ソフィアは何でもない事のようにすまして答え、彼を席に案内する。ここで引き返してしまったら、姉の顔に泥を塗ることになる。エドワルドがしぶしぶとそれに従っていると、後ろからはアスターが笑いをかみ殺している気配がする。

 晩餐が始まると、ソフィアが丁寧に女性達を紹介していく。全員で12名。いずれもタランテラでは名の知れた有名な貴族の令嬢ばかりである。彼女たちはここぞとばかりにそれぞれの特技をアピールしてくる。

「マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイドでございます」

 そして最後に現れたのは竜騎士礼装に身を包んだ女性だった。ワールウェイド公の愛妾の娘で、プラチナブロンドの髪が眩しい。そんな彼女を他の女性達は陰で笑っている。だが、彼女は全く意に介した様子もなく、形通りあいさつすると、彼女はさっさと自分の席に戻った。


 

「どなたかと踊ってみてはいかがですか?」

 やがて食事が終わり、流れる曲が軽やかなワルツに変わると、ソフィアはエドワルドに勧める。この場で誰も誘わなかったら後で何を言われるかわからない。エドワルドは肩をすくめると席を立った。令嬢たちの期待のこもった視線を受けながら、向かった先はマリーリアのところだった。

「一曲踊って頂けますか?」

「私でよろしいのですか?」

「はい」

 マリーリアは驚いた様子だったが、断るのは失礼にあたるので差し出された彼の手をとった。そして、世にも珍しい竜騎士礼装で身を固めた男女のワルツが始まる。皇家の出身であるエドワルドの腕前は当然として、マリーリアもなかなかのものである。

「惜しいな」

「何が、ですか?」

 踊りながら会話をする余裕もある。

「着飾った姿で踊って欲しかったな」

「他の方になさればよろしかったのでは?」

「君と踊りたかったのだよ」

「そう言って何人の女性を口説かれましたか?」

「ははは」

 なかなか手ごわい。

「嫌ならどうして来たのだ?」

「断れなかっただけです」

「一緒だな」

「……」

 やがて曲が終わり、2人は優雅に礼をしてワルツを終えた。次に誰を誘うのか期待のこもった眼差しを受けながら、マリーリアを席までエスコートするとエドワルドは姉夫婦のところへ向かう。

「本日は心のこもったおもてなしをありがとうございました。何分、皇都に着いたばかりで旅の疲れが残っております。今日はこれで失礼いたします」

 その場にいたアスターを除く全員が「えっ?」と思ったに違いない。エドワルドはすましてそう言うと、アスターを従えてさっさと広間を後にする。そして馬車の用意をすぐにしてもらい、城に帰っていった。 




 エドワルドは自分の部屋に戻ると、やれやれと思いながら湯浴みを済ませ、寝台にもぐりこむ。そしてうとうとしかけたところへ扉を叩く音が聞こえる。何かトラブルでもあったのかと思い、扉を開けると若い女官が1人立っていた。恥ずかしげに俯き、少し震えている。

「何事ですか?」

「あの……夜のお相手をするように言い付かって参りました」

「へ?」

 夜はまだまだ長そうである。





 翌朝、エドワルドは朝食もそこそこにハルベルトの居室に向かった。預けたコリンシアの様子も気になるし、一言文句も言いたかった。

 昨夜の女官はどう言っても帰ろうとはせず、仕方なく部屋へ入れたが、こういった事は初めてらしく震えているのが一目瞭然だった。「そう緊張していては……」そう言ってワインを勧めて酔わせ、眠ったところを寝台に運んでやった。そして自分は居間のソファで夜を明かしたのだ。

「兄上!」

 ものすごい剣幕で飛び込んできた弟に私室で朝食をとっていたハルベルトは驚いた。

「ど……どうしたのだ、エドワルド?」

「昨夜の女官はあなたの仕業か?」

「女官? 何のことだ?」

 何も知らない様子のハルベルトにエドワルドは少し怒りを鎮める。

「私の相手をするように命じられて来た。あなたではないのか?」

「いや……知らない」

「……すると姉上か」

 エドワルドは大きくため息をついた。

「おそらくそうであろう。とにかく座れ。朝食はとったか?」

「済ませました」

 ハルベルトに勧められ、エドワルドは彼の向かいに座った。給仕していた女官がエドワルドにもお茶を入れ、薄焼きのパンにクリームチーズと蜂蜜を添えて出してくれる。

「手は付けたのか?」

「5年前の私なら、そうしていたかもしれません」

「なるほど」

 そこへパタパタと子供の足音がして扉が開き、コリンシアが飛び込んできた。

「父様」

「おはよう、コリン。良く眠れたかい?」

 コリンシアはギュっと父親にしがみつき、首を振る。

「寂しかったか?」

 今度はうなずいた。そこへ「失礼します」と言ってアルメリアが入ってきた。

「おはようございます、父上、叔父上」

「おはよう、アルメリア。手間をかけさせたみたいですまなかった」

「いいえ、叔父上。こちらこそ配慮が足りず、コリンに寂しい思いをさせてしまいました。申し訳ありません」

 アルメリアが首を振って答えると、ハルベルトが付け加える。

「夜中に目が覚めた時に誰もついておらず、寂しくて泣いてしまったのだよ」

「そうなのか? コリン」

 エドワルドが優しく尋ねると、コリンシアはうなずいて答える。

「だって、フロリエがいないの」

「そうか……。帰ったらずっと泣いていたと、おばば様やフロリエに言うのか?」

「……それは、嫌」

 そう答えていてもやはり父親と離れ難いらしく、しがみついたまま離れない。

「コリンはそのフロリエという方がお好きなのですね。昨夜はあの後、私が一緒に寝たのですが、眠るまでずっと話をしてくれました。

 アルメリアがコリンシアの頭をなでる。

「ええ。彼女のおかげでこの子は変わりました」

 エドワルドは昨夜、姉に相談し損ねたことを兄に頼む事に決めた。

「兄上、彼女の事でお願いがあります」

「私に出来る事があれば言ってくれ」

 ハルベルトは快く応じる。

「フロリエは春分節の少し前に、妖魔に襲われていたところを助けました。逃げ回っている最中にどこかで頭を打ったらしく、記憶が無いのです。フロリエという名前は彼女がしていたペンダントにFの頭文字が刻まれていたところから叔母上が名づけました。

 当初は身なりからどこかの村娘かと思っていたのですが、近隣の村に該当する者がおりませんでした」

 ここでエドワルドは一息ついてお茶で喉を潤す。

「驚いたことに彼女は上流の家庭で育った節があります。物腰も上品でとってつけたようには見えませんし、何よりも竜気を読む力を持っております」

「え?」

 ハルベルトもアルメリアもさすがに驚いたようだ。

「それだけではありません。助けた時には防御結界を張って妖魔から身を守っていました。更には同調術を駆使し、馬や小竜の見ているものを見る事が出来ます。医師の話ですと、彼女は子供の頃に患った病が原因で失明しております」

「なんと……。叔母上が手紙でその娘をゆくゆくは養女に迎えたいから手続きをしてほしいとあったが…それ程の力を持っているとは……」

「その力は大母補候補に匹敵します」

 皇家内においても久しく大母補になるほどの娘は生まれていない。アルメリアもだがソフィアもエレーナもそれ程力が強くなかった。コリンシアはグロリア以来の将来有望な力の持ち主だった。

「ロベリアとフォルビア領内は調べましたが、未だに身元がわかりません。助けた時に彼女がいたのは第1級警戒区域内だったこともあって、文官の中には犯罪に手を染める輩の仲間ではないかと指摘する者もいます。

 しかし、助けた時に飛竜達も彼女に警戒はしませんでしたし、そういった輩にしてはあまりにも軽微な服装でした。彼女はどこかからさらわれてきたのではないかと考えております」

「一理あるな」

「彼女を慕う、この子の為にもお力添えをお願いします」

 コリンシアの頭をなでながらエドワルドはハルベルトに頭を下げる。

「わかった。その娘の外見的特徴を教えてくれ」

「ありがとうございます、兄上。

 彼女の歳は20歳前後。小柄で、長い見事な黒髪に鮮やかな緑の瞳を持っています。あと、助けた時に琥珀色の小竜を連れていました。同調術で視力代わりにしていたのではないかと思われます」

「その小竜はどうしたのだ?」

「最後まで彼女を守ろうとして力尽きました。亡骸はロベリアの竜塚に弔いました」

「そうか……」

 ハルベルトは勇敢な小竜にしばし瞑目する。

「しかし、あの叔母上が気に入られるとは……一度会ってみたいものだ。そのフロリエという女性の事、こちらでも情報を集めてみよう」

「及ばずながら私も助力させて頂きます、叔父上」

 アルメリアもそう申し出るので、エドワルドは2人に感謝して頭を下げた。

「ありがとうございます」

 一息ついたところで、妙に大人しくなったコリンシアを見てみると、やはり寝不足だったらしく父親の腕の中で眠ってしまっている。出かける用事があったエドワルドは、再び娘を2人に託し、ハルベルトの居室を後にした。




 夏至祭を控え、皇都はにぎわっていた。明日開かれる飛竜レースとその翌日にある武術試合を見るために人が集まり、更にはそれを目当てに各地から商人が来ていて、露店が所狭しと並んでいる。食べ物に生活用品、各地の特産品や民芸品の類まで並び、見ているだけでも飽きない。

 そんな露店の並ぶ一角をエドワルドはアスターをお供に歩いていた。もちろん、目立つプラチナブロンドの髪は頭に布を巻いて隠しているし、2人とも下士官が着るような服装をしている。だが、見目がいいので、若い女性達からひっきりなしに熱い視線が送られてくる。

「賑やかだな」

「お祭りですからね」

 露店を何軒か冷やかしながら、2人は旧知の商人との待ち合わせの場所に向かっていた。指定された場所は商店街の奥の路地を進んだ先にある。活気あふれる町の雰囲気を肌で感じながら、2人は歩を進めていた。

「色男の兄さん達、恋人に1つどうだい?」

 アクセサリを扱う店の男が2人に声をかけてくる。店頭にはトンボ玉やメノウ等を使ったネックレスや髪飾りが並び、奥には金や銀を使った高級品も置いてある。ふと気にかかり、エドワルドは足を止める。

「いかがいたしました?」

 いぶかしんで声をかけたアスターの呼び掛けには応じず、彼は商品の品定めを始める。色鮮やかなラピスラズリを使った髪留めが目にとまり、手に取ってみる。

「恋人にかい?」

 声をかけてきた男が冷やかすように尋ねる。どうやら彼は店の主人のようだ。

「残念ながら娘に」

「おや、あんた所帯持ちかい? 娘にだけじゃなくてその母親にもかってやらなきゃ」

 店主に指摘され、つい笑みがこぼれる。だがその時、エドワルドの脳裏に浮かんだのは、亡き妻でも恋人のエルデネートでもなく、黒髪の慎ましやかな女性の姿だった。

 ふと、店の奥を見ると、鮮やかな緑の宝石が目に飛び込んできた。近づいてみると、それは翡翠のイヤリングだった。彼女の瞳を連想させる大粒の石は上質で、それを金の金具で止めただけのシンプルなデザイン。彼女に良く似合いそうだ。

「兄さん、目が高いねぇ。そいつは先日仕入れたばかりだよ」

 店主は上機嫌で商品の良さをアピールするが、エドワルドはもう聞いていなかった。

「この2つでいくらだ?」

「……えっと……」

 説明途中だった店主は唐突に聞かれて驚く。しかしながらその逞しい商魂を発揮して立ち直ると、彼はすぐさま2つを合わせた値段を提示する。だが、いくらなんでも金貨5枚は高すぎるだろう。すかさずアスターが横から交渉を開始し、当初の提示金額の半値以下になった。値切られるのは慣れっこの店主は負けない自信はあったのだろうが、相手が悪かった。代金を受け取る店主の顔は青くなっていて、気の毒になったエドワルドは少しだけ色を付けてやった。

「すまんな、アスター」

「いえ、これくらい」

 エドワルドは買ったものを懐にしまい、2人はまた奥の路地を目指して歩き始める。やがて指定された建物の前に着き、小さく木の模様が描かれた木戸を叩く。

 間をおいて誰何の声が聞こえ、アスターが名を伝えると扉が開き、一人の老人が姿を現す。

「旦那様お待ちでございます。どうぞこちらへ」

 促されて2人は屋内に足を踏み入れる。長い廊下を老人の案内で進んでいき、中庭に面した明るい部屋に通される。

「これは殿下、わざわざのご足労、痛み入ります」

 2人を待っていたのは50過ぎの男だった。足が悪いのか、エドワルドの身分を知っていても頭を下げただけで立とうとしない。

「いや、気にしなくていい。道中、なかなか楽しめた」

「左様でございますか」

 エドワルドは男の向かいの席に座り、アスターはその後ろに控える。先ほどの老人が3人にお茶を用意し、速やかに退出していく。彼らはしばらく無言でお茶を啜り、窓の外の景色を眺める。

「もう外へは行ってないのか?」

「何分、この足が言うことをききませんので、最近は若い者に任せております」

 男は足をさすりながら苦笑する。彼の名はエーリヒ。フォルビア家に出入りするビルケ商会の前会頭だった。商品だけでなく国の内外の最新の事情も仕入れてきて、グロリアが重用していた。

 エドワルドが紹介してもらったのは、まじめに政務にも励むようになった2年ほど前だったろうか。以来、取引の相手もそれなりに選ぶ彼に気に入られたらしく、連絡をすると隠居した今でも大抵は応じてくれていた。

「近頃はカルネイロ商会の船をロベリアでしきりに見かけるようになりました」

「確かに。先日もロベリアに入港する船への優遇措置を求めてきました。もちろん、断りましたが」

 カルネイロ商会はタランテラの南東に接する隣国、タルカナを拠点とする商会だった。会頭の縁者に礎の里の賢者がおり、そのコネを最大限に利用して各国の王族と繋がりを得て大きくなった商会だった。自らの利益につながると判断すると、その国の市場を徐々に独占していき、小さな商店のみならず、最終的にはその国にあった大手の商会すら排除されている。もちろん、障害と見なされれば役人だろうと貴族だろうと関係ない。

「正直、良くない噂も流れてきております。十分にご注意くださいませ」

「分かった、ありがとう。留意します」

 その後はしばらくの間、商会が国の内外から集めた情報に耳を傾けていたが、他に気になるものは無かった。だが、覚えておけば、後で役に立つこともあるかもしれない。彼のもたらす情報に最後まで耳を傾けた。

「女大公様にご領地の北方の動きにご注意くださるようお伝えくださいませ」

 最後にエーリヒはそう付け加えた。

「北方?」

「その北の方としきりに交流が」

「……」

 フォルビアの北はワールウェイド領である。やはり彼はフォルビアを懐柔するために何やら画策しているのだろう。現在グロリアは自領の南部に居を構えている。しかし、持病の為に身動きがままならない彼女は数人の親族に領地の経営を任せていた。

 その彼らが陰で私腹を肥やしている事を知ったからと言ってロベリア総督であるエドワルドが他領にむやみに干渉できないのが歯がゆい。それでも、今まで散々迷惑をかけて来たお詫びに何かしら役に立ちたい。フォルビアに戻った後、折を見て話をしてみようとエドワルドは思った。




「頼んだものは手に入ったか?」

「はい。相性も必要としますので、数頭入れてみました。気に入られるのがございますかどうか…」

 今回エドワルドは小竜の調達を彼に依頼していた。皇家の特権を駆使すれば使い竜として訓練したものが手に入るが、それを乱用する気にはなれなかった。フロリエの目の代わりをするならば、大人しい気性の愛玩用を少し訓練すれば十分だろう。久しぶりに会いたかったこともあり、エーリヒに連絡を取ったところ、皇都の隠居所に招待されたのだ。

「助かった。見せてくれ」

「かしこまりました」

 彼が呼び鈴を鳴らすと、先ほどの老人が現れて中庭に通じる窓を大きく開け放つ。先ほど外を眺めていたときには気付かなかったが、木陰に設置された止まり木に5匹の足環をつけた小竜がつながれていた。

 羽の手入れをしている赤褐色、うとうとしている茶褐色に暗緑色。もう一匹の茶褐色はしきりに体をゆすって落ち着きがなく、隣で大人しくしていた別の赤褐色と喧嘩をし始めた。

「うーん」

 中庭に出てエドワルドは5匹を眺めていたが、どうもピンとくるものがいない。強いて言うなら眠そうにしている茶褐色だろうか。エーリヒは窓辺の椅子に座ったままその様子を眺めている。

「春にはもっといたのですが、売れてしまいまして……。お話頂いた時に残っていたのはこの5匹でした。愛玩用としても人気がありますので、申し訳ございません」

 彼の話ではこの小竜は皇都郊外で飼育されたものらしい。昨年孵ったばかりだが、最初の選別で使い竜には不向きと判断されて愛玩用に売りに出された残りだろう。タイミングが悪かったと思うしかない。


バタバタ……


 今回はあきらめるか、茶褐色で妥協するか悩んでいると、止まり木の端にかけられていた籠から羽音が聞こえる。覗き込んでみると、痩せこけた琥珀色の小竜が脅えたように様子をうかがっている。

「こいつは?」

「ああ、そいつは昨日、せがれが連れ帰った雛ですな」

「野生か?」

「左様で。巣立ちしたばかりで親とはぐれてしまったのでしょう。脅えてばかりで手が付けられん」

 エーリヒの言葉を裏付けるように小竜は脅えたように固まったままジィッとエドワルドを見ている。

「出していいか?」

「どうぞ」

 籠を開けると中の小竜はパニックを起こして暴れ始める。

「怖がらなくていい」

 慣れた手つきで小竜を捕まえると、エドワルドは羽をばたつかせる小竜をなだめるように首から背中をなでてやる。指先ほどの小さなこぶに触り、話しかけているうちに落ち着いてきて、小竜は彼の腕の中に大人しく収まった。

「さすがですな」

 一部始終を見ていた彼は感心したようにうなずく。先ほどまでの脅え方が嘘のように小竜はエドワルドの腕の中で寛いでいて、大きくあくびをしている。すっかり慣れたようだ。

「こいつにしよう」

 まだ幼いが、フロリエに渡すまでに基本的な躾は十分可能だろう。エドワルドは満足してエーリヒに代金を支払い、誘われた昼食を辞して彼の住居を後にした。





 アスターと共に来た道を引き返す。先ほど買い物をした店を過ぎ、食べ物を扱う屋台が並ぶ一角に来ると、小竜がそわそわと落ち着かなくなってくる。

「どうした、お前?」

 小竜はエドワルドの肩に上り、辺りに立ち込める美味しそうな匂いにクンクンとしきりに鼻を鳴らす。

「腹を空かせているのでは?」

「どうやらそのようだな」

 太陽はもう真上に昇っている。確かに小腹が空いたので、2人は自分達の分も兼ねて近くの屋台で昼食を買い求めた。薄焼きパンを皿代わりに鶏肉のあぶり焼きとチーズを乗せてもらい、野菜や果物を扱う露店で甘瓜をいくつか買い求めた。アスターはいつの間にかワインが入った皮袋を手に入れていた。

「そんなにがっつかなくても大丈夫だ、落ち着け」

 木陰で一休みしながらさあ食べようとすると、横からものすごい勢いで小竜がかぶりついてくる。仕方なくパンをあきらめ、甘瓜を小刀で割ると今度はそちらに食いつく。

「おいおい……」

「この分だと餌もあまり食べてなかったようですね」

 アスターも小竜の食欲に呆れている。エドワルドはようやく残ったパンとあぶり肉を口に運び、アスターからワインを分けてもらう。小竜は甘瓜が気に入ったようで、大人の握りこぶし大のそれを丸々一つ食べきってしまった。エドワルドも別の甘瓜を割って食べてみる。甘みのある果汁が口の中に広がってきて、彼が気に入ったのも頷ける。

 腹が膨れた小竜は木陰に丸まって昼寝を始めた。エドワルドとアスターも涼やかな風が吹き抜けるこの場所で行きかう人々を眺めながら休憩する。

「いい眺めだな」

 ロベリアにいてもエドワルドは人々がこうして生活している光景を眺めているのが好きだった。己が何を守って生きているか再認識するらしい。


ガッシャーン!


 その平和な光景が一転する大きな音が辺りに響き渡り、小竜がピクリとして頭を上げる。彼らが休憩している場所の左の通りから騒ぎがだんだん大きくなってくる。

 見ていると、4人の若者が馬をわざと乱暴に扱い、通行人を追い散らしていた。やがて酒屋が出している屋台の前に来ると、馬から降りた彼らは店主が止めるのも聞かずに無断で樽から酒を飲み始める。

「……」

「殿下?」

 エドワルドは残っていた甘瓜を2つ掴んで立ち上がると、ゆっくりと騒ぎの現場に歩いていく。

 若者達はだんだんエスカレートし、手近なものを壊し始め、止めようとした店主も足蹴にする。そこへ店主の娘らしき少女が来て彼を庇う。すると首謀者らしき赤毛の男が少女に何やら話しかけると、嫌がる娘を連れて自分の馬にまたがった。他の若者たちも各々馬に跨ると、わざとその場で馬を暴れさせる。

「やめてくれ!」

 店主が叫んでいるが、遠巻きに騒ぎを眺めているやじ馬たちは誰も止めようとしない。

 エドワルドはある程度近づくと、手にした甘瓜の1つを赤毛の男の後頭部に投げつけた。

「何しやがる!」

 振り向きざまにもう1個。今度は固い表皮に覆われた甘瓜が顔面に直撃する。少女をつかんでいた手が緩み、その隙に彼女は馬の背から滑り降りて父親の元に駆け戻る。

「貴様、ゲオルグ様に……無礼だぞ!」

 取り巻きの若者達が馬に乗ったままエドワルドに向かってくる。誰もが凄惨な結末を想像したのだろう、やじ馬の中からは悲鳴が聞こえる。

「な…なんだ?」

 エドワルドの少し手前で馬が急に立ち止まり、動かなくなる。若者たちが戸惑っていると、馬が棹立ちになって騎手を振り落した。エドワルドが直接操っている若者達よりもはるかに強い竜気で馬を操ったのだ。

「な……」

 残ったのは赤毛の若者1人である。何が起こったかわからず、馬に跨ったまま唖然としている。倒れて地面でうめいている若者達には目もくれず、エドワルドは真直ぐ彼の元へ向かう。騎手を振り落した馬達がエドワルドに甘えるような仕草をし、彼はその頭を撫でながら若者を正面から見据える。

「飛竜を駆り、馬を操る竜騎士の力は妖魔を退け、民の命を守る為にある。その民の生活を守る為に皇家はある。そなたは今まで何を学んできたのか? ゲオルグ」

 静まり返った通りにエドワルドの声が響く。

「下士官風情が偉そうなことを!」

ゲオルグがエドワルドに馬を寄せようとするが、やはりピタリと動かなくなる。

「昼間から酒に酔い、身内の顔もわからなくなったか?」

 エドワルドは頭に巻いていた布を外した。皇家の象徴、プラチナブロンドの髪が風になびく。やじ馬から歓声が上がった。

「お……叔父貴……」

 ゲオルグがたじろぐ。こうして見ると、縁戚だというのにこの2人はほとんど似ていない。赤毛のゲオルグはワールウェイド家の血が強く出たのだろう。

「民を守るべき皇家の一員であるそなたが、このような狼藉を働くとは嘆かわしい。城に戻り、謹慎していろ」

「うわっ」

 エドワルドは馬に思念を送って操ると、ゲオルグの馬は勝手に方向転換して城に向かって小走りに去っていく。そして取り巻きが乗っていた馬達は、まだ地面で呻いているそれぞれの乗り手の襟首を咥えると、そのままゲオルグの後を追う。

「うわぁぁ……助けてくれー!」

 遠ざかっていく悲鳴にやじ馬達からどっと歓声が上がる。

「お怪我はありませんか?」

 エドワルドは若者達がいなくなると、座り込んだままでいる酒屋の親娘の前に片膝をつく。2人は突然現れた彼に驚き、まだ呆然としている。

「甥のゲオルグが乱暴をして申し訳ない。皇家を代表し、お詫び申し上げる」

 エドワルドが頭を下げると、2人はあわてて座りなおし、頭を下げる。

「こ……こちらこそ、助けてくださって、あ…ありがとうございます」

 礼を言う店主の声は上ずっていた。目の前に畏敬の対象であるプラチナブロンドが輝いているのだ。助けてくれた美形の皇子に娘の方は呆然として見とれている。

「お嬢さんも大丈夫ですか?」

「は……はい」

「それは良かった。店主殿、これは少ないがお詫びと見舞いだ。受け取ってくれ」

 エドワルドは懐から財布を取り出すと、そのまま店主に渡す。買い物をしていくらか使ったが、それでもそれはずっしりと重い。

「で……殿下、助けて下さった上に……こ、これは受け取れません」

 店主はあわてて財布を返そうとする。

「受け取ってくれ。少ないかもしれないが、私の気持ちだ」

 エドワルドはそれを押しとどめ、立ち上がった。

「殿下」

 そこへアスターが近所に預けていた自分達の馬を連れてやってくる。小竜が一声鳴いて羽ばたき、エドワルドの肩にとまった。

「帰るぞ」

エドワルドがひらりと馬に跨る。アスターもそれに習い、酒屋の親娘とやじ馬たちに軽く目礼をする。2人は集まった見物客の歓声に送られてその場を後にした。

「ところで、あの馬達に何と命令されたのですか?」

 アスターが馬を寄せて尋ねる。

「この道を真直ぐ、城に帰れと命じた」

「この道を真直ぐですか?」

「そうだ」

 この先、本宮へ行くには途中に大きな川があった。この通りには橋が無く、迂回しなければ本宮へは帰れない。案の定、川のほとりではちょっとした騒ぎが起きている。2人はそれを尻目に橋を渡って城へと戻った。

「叔父の顔も見分けられないくらいに酔っていたからな。水練でもして酔いをましてもらおう」

 エドワルドの返答にアスターは笑いを抑えきれなかった。

どうでもいいウラ話


本編に出てくる野菜などの植物の名前は実際にあるものと架空のものと入り乱れております。本当は統一した方がいいのですが……。

今回出てくる甘瓜は小ぶりなマクワ瓜のようなもの。皮が固いので、顔面に食らったゲオルグは相当痛かったのではないかと……。ま、自業自得ですがw

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