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素晴らしきこの世界に生まれた夢 四

 素晴らしきこの世界に生まれた夢 四


             <一>


 私は神様のきまぐれ。永遠に神様のきまぐれ。だが、私にも一つのケジメのようなものをつける時期が来る。それは担当している者の死だ。さて、とケジメをつけますか!

 砂浜に佇む女装少年―確か、彼方という少年を見ている白いワンピースの少女柚芽というのは絵になるのだが、あまり長居をし過ぎると神様に怒られてしまう。

「私、これで終わるんだね」

「うーん、違うなぁ」

「え?」

「始まるんだよ」

 と私は意味深に意志を飛ばした。

「僕は……林檎さんを信じますよ、だから!」

 彼方が海に向かって叫んだ。

 名残惜しむように柚芽は彼方に近寄り、彼方の手にある手紙を覗き込む。私もそれに習って同じようにする。

――親愛なる桜菜柚芽様

 ついに貴女に相応しい楽器を完成させる事ができました。私の家系は音楽で優秀な功績を収めた桜菜家の血が流れている。貴女の父親は偉大なる音楽家の血が流れている。貴女は人工授精で産まれた最高の私の楽器。さぁ、私に見せて貴女の最高の舞台を。――

 私はその事実を知っていたが、人間は本当に残酷な生き物だよね。よく、TVなるもので恋愛ドラマを流して愛が世界で一番、大切なんだって言っているけどね。

 私は思わず、にやりと笑った。

 けれど、私はそんな人間の為に願ってしまった。それ以外の人間も知っていたから。

 そんな人間の一人である彼方が手紙を持って寒さ以外の何かに身体を震わせていた。

「ママぁ、嘘よね! 本当なんだね」

 柚芽がしょんぼりと肩を落とした。

「君が心配する事じゃないよ。君はもう、桜菜柚芽じゃないんだから」

「違う、桜菜柚芽よ」

「こんなの!」

 彼方が手紙を粉々に破って海へと投げ捨てた。

 きっと、この男ならば今も目の前で柚芽だ! と主張し続けている分からず屋にも加勢るんだろうと私は漠然と思った。

「ありがとう、彼方。私のママぁを信じてくれて。私も信じるよ」

 柚芽の横を通り過ぎて行く彼方に、柚芽はそっと言葉の花束を渡した。だが、その花束が彼方に渡る事はなかった。

 でも、彼方達には再び会えるのだと私は伝えずに一人、遠い明日を眺めていた。

「さ、いつまでもこの時間には居られないよ」

「この時間?」

 柚芽は怪訝な表情でこちらを見ようとしたが、きょろきょろと私の姿を探している。私の姿は私にも在るのか、ないのか、解らないと会ってすぐに伝えたのになぁ。

「行くよ、ゆめ」

 私が柚芽に声を掛けると、柚芽はまるで初めからそこに存在していなかったように消えた。

 誰もいなくなった砂浜で輝く満月を話し相手に選び、私は意志を紡いだ。

「神様は本当にきまぐれだね」


 数十年後、少年と少女の周囲は大きく、変動した。彼ら自身にも葉瀬ゆめという子どもという守るべき存在が産まれた。

 これはきっと、ゆめの経過。そう、柚芽の経過。

 

 私は自分の背丈と同じくらいのランドセルを背負って雪道を踏みしめる。ダッフルコートが雪に触れてぐちゃぐちゃに濡れていた。

 私は水分で重くなったダッフルコートをその場で何度も脱ぎ捨てたくなった。だけども、ふわりママぁから七歳の誕生日に買って貰った大切なコートだ。ゆめが大きくなっても着られるようにと、かなり大きめのサイズだ。

 それには悲しい理由があった。もうすぐでゆめのママぁは遠い場所に行ってしまうという理由が。そんな寂寥をこのコートを着ている時だけは忘れる事が出来たのに、枯れた竹藪が生えているだけの風景を眺める度に思い出してしまう。

 ずぼ、ずぼ、ずぼ。

 お気に入りの赤い長靴が何度も白い生地に吸い込まれてゆく。

 歩く度にどんどん、人気が無くなってきた。草薙村の人口は彼方パパぁが言うには昔はまだ、村として機能するほどには人口が多かったとの事。だが、それは昔。今は右を見ても左を見ても、廃屋ばかりが目に入る。

 寂しい風が身を荒ぶ。

 私はついに涙を堪えきれず、声を上げて泣いてしまった。その場に立ち止まってわんわんと泣いてしまった。

 どうしようもなく、大きな声が口から吐き出された。

 七歳にもなって泣いてしまったという事実を知ったら、彼方パパぁとふわりママぁはゆめのほっぺにキスしてくれなくなってしまう。嫌われてしまうから。

「もう、歩けないよ、ゆめ」

「ゆめ。可哀想にこんなに濡れて」

「あ、パパぁ」

 ゆめの視線が急に上がり、大きな腕がゆめを包み上げた。

 右目の青い瞳がゆめを映していた。その青い瞳はとても、穏やかで安心感を与えてくれた。

「もう、お兄ちゃん。ゆめちゃんに甘過ぎ」

「ぷりんお姉ちゃんとママぁ」

 と声を上げた私が二人を確認できるように、パパぁはくるりと身体をぷりんお姉ちゃんとママぁへと向けてくれた。

 三人はゆめの自慢の家族だ。

 優しくゆめのお尻の下に両手を沿えて抱いてくれている彼方パパぁ。パパぁとは思えない程の可愛い容姿でゆめの自慢の一つだ。今も長いさらさらの髪に白いマフラーを首に巻いて、赤いコートの下にはシルクのワンピースを着ている。

 まるで御伽噺の国のお姫様みたいだ。

 ママぁを負ぶって、ここまで来てくれたぷりんお姉ちゃんは音楽の先生だ。ゆめの勉強をたまに見てくれるとても賢いお姉ちゃん。

 社会人らしくスーツを着込んでいるが、短い髪が幼く見えて学生に間違えられる事もしばしばだ。その度に私はもう、お酒を飲める歳なのよと反論している。その割にはゆめはまだ、ぷりんお姉ちゃんがお酒を飲んだところを見た事がない。

「……ゆめ……」

 か細い声で私をママぁが呼んだ。だけども、表情は硬い。

 仕方がない事だけど、ゆめにはとても悲しかった。

 目の見えないママぁは手探りで私を探している。

 ママぁの艶やかな着物がゆめへと近づいてきた。パパぁが気を利かせて、ゆめをママぁへと近づけてゆく。

 あと少し……。

 ママぁの簪から一本飛び出ている髪の毛がはっきりとゆめの視界に飛び込んできた。

 ゆめの頬に触れた……。

 ママぁの手が人肌ではないくらい凍てついている。

 ママぁの白い吐息がまだ、私はここにいるから大丈夫だよとゆめに伝えてくれた。

「ゆめ……お帰りにゃん」

「ママぁ、ただいま」

「ゆめは泣き虫わん」

「だって、雪ばかりで寂しかったんだもん」

「そう、でも、今はぷりんもふわりも彼方もいるにゃん」

 寒さでもない。寂しさでもない。何か途方もない不安に押しつぶされそうなゆめの流す涙をそっと、ママぁは拭い取った。

 私は多くは望みません。神様、泣き虫ゆめの為にもう、少しだけ優しい今日を下さい。

 いつか、ゆめはもっと明日、もっと明日を目指しますから。

 風に乗って声が聞こえたような気がした。

「強いね、柚芽は。昔も、今も同じ事言うんだね」

 ひょっとしたら、神様かもしれないと私は微かに笑った。





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