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少女の崩壊する音 二


  少女の崩壊する音 二


      <一>


 これは誰も知る事のない少女の悲しみの記録。求めるものを得られなかった二度と戻る事のない少女、桜菜柚芽の記録。これを書き記すのは誰でもない。私でもない。あなたでもない。強いていうならば、何処かにいる神様のきまぐれだ。

 柚芽三歳。

 柚芽は願っていた。

「パパぁ、柚芽。トランペット、吹けるようになるから、戻ってきて」

 柚芽四歳。

 柚芽は願っていた。

「パパぁ、柚芽。フルート、吹けるようになるから、戻ってきて」

「じぃや、柚芽のパパぁは彼方ちゃんに似ているんだよね?」

「はい、そっくりでございます。それどころか、柚芽お嬢様の母様にもそっくりでございますよ」

「ふ~ん、じゃあ、柚芽。大きくなったらこの子と結婚する」

「さようでございますか? では柚芽お嬢様の父様の許しを得られたら葉瀬家の彼方様にお会いにいきましょう」

 柚芽五歳。

 柚芽は願っていた。

「パパぁ、彼方。柚芽、指揮完璧に覚えたよ」

「柚芽お嬢様、大変……言いにくい事ですが、」

 言葉を窄めるように柚芽の耳に年老いた白髪の執事が事実を話した。

 あら? 貴女も真実が知りたいの? え、違うのか、なんだ。私、私は神様のきまぐれ。貴女は……そう、柚芽の母なんだぁ。

 柚芽の母、林檎は我が子を愛おしむ眼差しを向けて、なんとも悲しそうに微笑んだ。

「ごめんね、柚芽。ママぁね」嗚咽し、涙を流す。「死んじゃった」

 それと呼応するように真実を知った少女は絶望しました。

「う、じぃやの嘘つき!」

 地震の日。

 柚芽は願って、願って、願って……。

 神様のきまぐれである私がただ、ただ、一度願います。それくらい、許して下さい、可愛らしいお姿の神様。

 その日、柚芽はベッドの中ですやすやと眠っていました。それを自分の一部のように愛おしく、慈しむ柚芽の母は柚芽の手をぎゅっと握り締めました。

 ごめんね、今……幸福は壊れるんだ。

 突如、世界の終わりが訪れました。少女だけが存在する暗闇の空間に大きな揺れが襲いました。神様のきまぐれが見ている柚芽の記録書の記載に、桜菜柚芽はそんな揺れを体験した事がないそうです。でも、これで死ぬ予定なので関係ないのかもしれないですよ、はい。

「何、これ、身体が浮いてる、うわぁ。助けて」

 声は届かず、母の部屋で寝ていた柚芽はベッドから投げ出された。

「助けて! じぃや! パパぁ」柚芽頭上に天井が迫ってくる。「かなた!」

 柚芽は這うように窓から飛び出し、芝生の上に身体を横たえた。

 硝子の破片が突き刺さり、身体中から赤い液体が溢れ出す。

 神様のきまぐれは知らない、赤い液体のことを。なんだっけ? でも、これは死に至る現象だ……多分。

「痛い、よ。助けて……誰か」

 痛がる柚芽の頭上を目掛けて、花瓶が落ちてくる。まだ、柚芽はその事に気が付かない。

「ごめんね、柚芽」柚芽のこの世の者とは思えない悲鳴に林檎は両手で目を覆った。「柚芽にはパパぁはいないのよ」

 血の海に沈む柚芽の寝顔に母、林檎の悲痛な言葉だけが降り注いだ。

 神様のきまぐれである私は願います。夜のように覆うのが絶望だとするならば、少女に星くず程度の僅かなものでも良い。

 ただ、希望を! ただ、夢を! ただ、その彼方にある世界を見せてあげて下さい。

 彼方の左目にも神様のきまぐれが宿っている。どうか、彼ないしは彼女が私とは違い、無力ではない事を切に願う。


 記録者 神様のきまぐれ。






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