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少女が望んだ音 一

 少女が望んだ音 一


            <一>


 窓から外を眺める。今の私にはそれが精一杯だ。最近は意識の混濁が続いていた。どうやら、長くないらしい。

 眼下に写るのはかつて、現実であった夢のような世界が終末した荒涼風景。背の高い雑草は私のお気に入りだった場所である噴水を包んでいった。いつの間にか、噴水の水は枯れ果て、代わりに居座ったのが雨水だった。茶色く濁り、前のような太陽光を受けてキラキラ光り、透明な水には青空が映える風景はない。

 窓から外を眺めた。今の私にはそれが精一杯だ。時間さえも私を取り残し、希望という朝、絶望という夜を何千回と繰り返した。

 眼下に写るのはかつて、嫌気が込み上げてくる程に長々しい暇が満ちていた風景。庭で野良猫に餌をあげていた場所が、今は腐った木材の下敷きになってしまっている。木材が乱雑に放置されてもう、私のような子供が走り回れる場所ではなくなっていた。

 窓ガラスが風で揺れる。

 ガタッ、ガタッ、ガタッ。

「にゃん、探検、探検、わぉん」

 窓ガラスに混じって女の子の奇声が聞こえた。

「危ないから入って来ちゃ駄目よ」

 口のない口で、手のない手で何年も放置された洋館の危険性を伝えようとした。だが、私の声は少女に届いていない。

 私自身だから叫ぶのだ!

「柚芽! 危ない! 来ては駄目。柚芽も知っているでしょ? ここは土砂崩れで半壊した柚芽の家なんだよ!」

 やってくるはずの足音と対峙する為にかつて、柚芽であったはずの私は木製の扉を凝視した。目などないのだから凝視という言葉は正しくないのかもしれない。ただ、異様な状態で存在している事自体が過去に例がないのだから、何者? と問う人間が出現しても答えられないだろう。

 足音が近づいてきた。私が私に会うのは、これが初めてのことだ。いつの間にか、意識が在った私と、普通に生まれてきた私。会話をすることが出来たとしたらどんなに楽しい事だろうか?

 扉を開けっ放しにして、入ってきたのは見た目が七歳くらいの小さなお姫様のような着物を着た女の子だった。桜菜柚芽。歳は十歳。お尻付近まで伸びた金髪は記憶の中にある五年前の姿と同じだ。だが、不幸なことに背はあまり伸びていないらしく、五歳児として背が高かった柚芽は今や、百二十五センチ。小さい頃、希望していたクールビューティーとはほど遠い甘い飴の匂いがするような出で立ちだが、可愛いから許すという感想を胸に抱きながら私は柚芽を見つめた。

「にゃん、めぇー、ぎゃぉ!」

 竹籠を握り締めた腕を何回転か、回しながら遠心力の成せる技か、中に入っている食彩豊かなお饅頭達は落下せずに踏ん張っている。

 しばらくして、柚芽はお饅頭達を弄ぶのに飽きたのか、ペンギンの絵と形を持ったクッションに飛び乗った。柚芽の身体がクッションに触れた途端に埃が部屋中に散らばった。柚芽の鼻孔に入り、何度も柚芽はくしゃみをしながら、いやいやと首を振った。

 ペンギンの羽根を握り締めてにやりと微笑む。

 私に背筋などないが、背筋が凍った。この子の感情が見えない事に恐怖と不安の入り交じった感情を感じた。

 不幸な自分の未来を今、直視しているのだろうか?

 きっと、私はやはり、あの日……壊れてしまったのだろう?

 わかる。この子では私の音楽を紡げない! 私も紡げない!

「これが……本当の悔しさ」

 私はもう、何年もの間、子供用の学習机の上で立ち往生している。我慢ならないのは、隣にいるのが玩具のピアノだ。嫌がらせ以外の何ものでもないだろう。

 そんな私の気持ちを知らない柚芽は竹籠を逆さまにしてペンギンの腹にお饅頭達を逃がした。直ぐに何匹かは柚芽という怪獣に鷲掴みに持ち上げられて、衣服を脱がされた。信仰する神様に祈る時間も与えられずに怪獣のお腹の中に入ってゆく。

「こらっ、頂きますしてから御菓子を食べなさいよね。全く最近のお子ちゃまは」

「お饅頭にゃん。彼方のお饅頭にゃん」

 柚芽に私の言葉は届くはずもなく、恐怖に震えているお饅頭達を両手を使い食い散らかしている。ほっぺにあんこが付着していた。そんな柚芽なんかの食事マナーは既にどうでも良い。

 こいつは気になる言葉を発した。生意気だ!

「ボーイフレンド? この柚芽様に? どんな男なんだろう?」

「にゃん。わっん、くぅーん」

「こっち向きなさいよね、私。ボーイフレンドよね?」

「わん?」

「言葉、聞こえてるんじゃないの、柚芽?」

 お饅頭を食べる手を止めて、私をきょとんとした間抜け面で見つめている。まだ、食べ足りないのか? 涎が垂れて埃の積もった床に落ちた。

 急に不気味なくらい爽やかな笑顔を浮かべて颯爽と私を掻っ攫う。

 こいつ、私を食べる気だ。私は所詮、紙。ペーパーよ、美味しくない。

 そんな私の願いが通じたと解釈して良いのだろう。口を開ける気配がない。

「ふわりの宝物! 彼方に見せてあげるにゃん」

 柚芽は私を竹籠に入れた。

「人をいきなり、宝物扱い? 私、こいつ嫌い」

 ふて腐れた声を吐いたが、実は非常に困惑している。外に出られるのはありがとうと言いたいのだが、自分に誘拐されるというのは情けない。世界に事例のない誘拐。自慢できるだろうか?

 私を載せた柚芽。いや、ふわりは乗客の安全を考える事無く竹籠を何周も回しながら扉へと走った。





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