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国盗物語  作者: 深谷みどり
間章
96/201

(2)

「いやみのつもりはなかったのですが」


 困ったように微笑みながら、アレクセイは内心、冷ややかにつぶやいている。

 それはおまえの十八番だろ。従妹たちの行為を大げさに受け止めて、毎朝毎朝、呼ばれもしないのに出没しやがって。うっとうしいんだよ、と、相当キている台詞を、だ。


 聞こえるはずもない台詞だったが、アベラール次期侯爵どのはにやりと笑って、控えている侍女に、自分の朝食も用意するよう、云いつけた。また、居座るつもりらしい。


(本当に面倒くさいやつらだ)


 また、朝食の間、いやみをぶつけるつもりだろうか。どうでもいいが、消化不良にならないのか。仲間たちとの温かい食事を好むアレクセイは、すっかりうんざりしている。


 ところがアレクセイの予想と反して、アベラール次期侯爵どのは着席するなり、まじめな表情で口を開いた。陛下からの伝言だ、という言葉にアレクセイも表情を引き締める。


「今日の午後。アレクセイ王子と話したいとおおせだ」

「わかりました。時間をさいてくださり、ありがとうございます、とお伝えください」


 ようやく動き出せる。わずかに唇をゆるめたアレクセイを見つめながら、貴族の青年はゆっくりとなにごとかをはかる口調で話し始めた。


「あなたは、まったく王族らしくないな」

「そうですか」


 思いがけない言葉を聞いた、という驚きに見せかけるように目を見開いて、アレクセイは苦笑した。もちろん、演技である。それはそうだろう。心の内では素直に納得しながら、アレクセイは目の前に座る青年を見返した。ほれぼれするほど優雅な手つきで食事する。


 失った親友の昔を連想させる青年にとって、いまの言葉は侮辱のつもりなのだろうか。アベラール次期侯爵は拍子抜けした反応を示し、気まずさを誤魔化すように咳払いした。


「そうですか、ではない。あなたがそれでは、侮る者も出てくるだろう。もう少し、覇気と云うものを見せたほうがいいのではないか」


 アレクセイはまたたき、思わず唇をほころばせていた。

 なんともはや。この青年が、まさかアレクセイに忠告してくれるとは。


 貴族とは面倒な生き物である。そういう認識がアレクセイにはあった。だが、青年のこれまでを思い出せば、アベラール次期侯爵は貴族にしてはまっすぐな気性だと気づく。

 血筋、家柄、素質。三拍子で恵まれているからこそ、育まれた気性なのか。貴族としては珍しいことに、悪意だけで行動できないのかもしれない。

 好ましい気性に免じて、アレクセイはほんの少しだけ、本音を差し出してみる。


「侮られてもかまわないと考えていますよ、わたしはね」


 にっこりと、親友の微笑を真似て、唇をほころばせる。

 思いがけない言葉だったのか、アベラール次期侯爵は困惑に眉をひそめた。


「なぜなら、侮れば侮るだけ、人は本性をのぞかせてくださいますから。わざわざ探らなくとも、向こうから明らかにしてくださるのです。ありがたい話ではありませんか」

「王子、」


 ごくりと喉を動かし、貴族の青年はまじまじとアレクセイを見つめる。

 貴族の坊ちゃんには衝撃的すぎたか。苦笑を浮かべながら、アレクセイは続ける。


「わたしは決して、強くはない。それこそ、チーグルや『灰虎』団長に比べたら、弱いと云ってもいいでしょう。だからこそ、侮られても悔しいとは感じませんね」

「比較対象が突き抜けている気がするが、……」


 そう云い返して、アベラール次期侯爵はちらっと笑った。だが、すぐに微笑みを消して、食事に集中する。本当にわかりやすい。ひとりごちて、アレクセイも食事に戻った。


     *


 アレクセイがパストゥスの王宮に入って、すでに三日が過ぎようとしている。


 当初の予定では、隣国パストゥスを探る役割は、副団長ヘルムートが率いる部隊が担うはずだった。だが、キーラ・エーリンがさらわれた事実により、方針を違えたのである。


 正確には、紫衣の魔道士がさらわれたからではなく、アレクセイが偽物王子だと知る人物が再び現れた事実こそが、『灰虎シエールィ・チーグル』に方針を違えさせた。

 アレクセイが切り捨てたはずの人物、青衣の魔道士が活動している。すなわちそれは、ルークス王国に潜む敵に、いまのアレクセイが偽物だと知られているということだ。


 致命的な弱点である。

 王子を騙ってルークス王国を解放しようとしても、敵からアレクセイ王子が偽物だと喧伝されては、諸国の協力など得られない。それどころか、『灰虎』がルークス王国の王位簒奪を企む集団として処罰される羽目になる。『灰虎』の名誉も名声もなにもかもが、地に堕ちる。だからこそ、アレクセイは思い切って先手を打った。



 すなわち、パストゥスからルークス王国王子の存在を広める手段に出たのである。




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