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国盗物語  作者: 深谷みどり
第一章
8/201

資格が職探しに役立ちますか? (7)

 ぽわぽわした光が、キーラの歩む先に浮かんでいる。


 まるで意思があるかのような動きを見せているが、決してそんなことはない。これはキーラの魔道によって出現した光だ。姿を消した魔道士を追跡するため、他の誰にもわかりやすい形で出現させた。キーラはちらりと隣に並ぶアレクセイをうかがう。この光を渡して帰宅しようとしたのに、探索に同行するよう、アレクセイに云いくるめられてしまった。


(まずい、気がする)


 確実に、なし崩し的依頼受理、の流れにはまっている気がする。いまになってキーラは後悔しているのだ。魔道士の意図を理解したあの瞬間、キーラは追跡魔道などかけずに大人しく逃がしておけばよかったと。だが同時に、見逃すことなど出来ない自分も認めていた。


 アレクセイを襲撃する際に、自分までも巻き込んだ相手なのだ。しっかり捕縛しておかなければ、後日、キーラを捕えて利用しようとするかもしれない。――あのときにそこまで考えていたわけではないが――、だからあの瞬間の判断は間違っていない。はずなのだが、現状を振り返ると致命的に間違ったような感覚がもりあがるのだった。


 すでに時刻は夕方を過ぎている。陽光の最後の輝きが紅く広がっていた。


 キーラはいま、アレクセイとセルゲイ、それに三人娘が編成した探索隊と共になだらかな丘陵地帯を乗馬して進んでいる。マーネから北西に位置するこの場所を、もう少し進んだところに、アルブスと呼ばれる場所があるのだ。


 アルブスとは古い言葉で『白』を意味する。その名が示す通り、岩塩を産出する場所だ。

 岩塩は食品としてだけではなく、彫刻素材やシャンデリア素材にも用いられるから、マーネから他の地域に輸出される。岩塩工場もあり警備もされているそのアルブスが、キーラの追跡魔道によって示された。思いがけない場所だ。だが魔道に揺らぎはない。ならば探索しましょう、と主張したのはアレクセイだ。そうして彼はいま、ここにいる。


(変な王子さま)

「どうしました?」


 視線に気づいたのだろう、アレクセイが話しかけてきた。セルゲイもちらりと視線を飛ばしてくる。いい加減、乗馬に疲れていたキーラは、何も考えずに口を開いた。


「変な王子さまだ、と思ったの」


 するとたちまち、セルゲイの眼差しが険をはらむ。本当に、忠義者だ。キーラはうんざりと視線をそむけた。アレクセイは怒っていない。それどころか面白がるような眼差しで、無礼を咎めるより会話を選ぶ。


「どういう意味ですか?」

「どうしてあなた、探索隊に加わっているの」


 王子さまなんだから、宿で報告を待っていればいいじゃない。

 そんな私見をぶつけると、セルゲイの眉間にわずかなしわが寄る。そのままアレクセイを眺めた様子を見るに、セルゲイも同意見であるようだ。あっさりとアレクセイは応える。


「理由は三つほどあります。お聞きになりたいですか」

「……そうね。目的地はまだ先のようだから」


 面倒くさい人だなあと思いながら、キーラは眠気覚ましに提案を受け入れた。

王族とはこうした存在なのだろうか。紫衣の魔道士としては、珍しいほど、キーラは王族たちとの付き合いはない。だからキーラが抱く王族イメージとは、これまでに読んだ物語や伝え聞いた噂から抱いたものだ。そのイメージから、アレクセイは外れ気味である。


「まずひとつめの理由ですが、他の一般人を巻き込むわけにはいかないからです。彼の目的はわたしです。わたしの『何』が目的なのか、それは不明ですが、行動理由はわたしであるに違いない。ならば宿で待機している間に、再び襲撃してくる可能性がある」

(立派じゃないの)


 しっかり巻き込まれているキーラは、別に皮肉でもなんでもなく、素直にそう感じた。

 戦う力を持っていない人々へ配慮したと云うことだ。それは好ましい姿勢である。

 あるいは、キーラの同行を求めた理由はこのあたりにあるのかもしれない。あの魔道士がキーラを利用する可能性は、アレクセイだって考えたに違いないのだ。


「第二の理由は、彼の身柄をマーネに、ただ、引き渡すわけにはいかないと云うことです。ベルナルドどのは市長として彼の身柄拘束を決定した。必要な尋問を経て、相応の罰則を与えるつもりなのでしょう。が、魔道士の情報を入手したい我々にとってそれは困る」

「ということはもう、取引は成立しているの?」


 マーネからの『探索隊』を見回し、アレクセイに訊ねる。頷きを得て、納得した。

 ここにはマーネ側の責任者はいない。つまり魔道士を捕え、マーネに連行するまでの尋問は、アレクセイの責任で行うのだろう。アレクセイが必要な情報を入手した後、魔道士はマーネ市長にゆだねられる。詳細を訊かずに、罰則だけ与えると云うことだ。倫理的には、大いに問題がある。だが必要な時もあるのかもしれない。


「そして、第三の理由は」


 アレクセイはそこで言葉を切り、悪戯っぽく瞳を煌めかせる。


「単純に、人手不足だと云うことです」

「はあ?」


 キーラは素っ頓狂な声を上げていた。耳を疑う。人手不足と云ったか、いま!

 素直に驚きだ。仮にも一国の王子が、人材不足「だから」探索隊に同行するなどと。

 しかしよくよく考えれば、キーラに対する勧誘のしつこさもそれで納得できる。


「だから、あたしを雇いたいの?」

「紫衣の魔道士は、色なしの魔道士、百人に匹敵すると紹介されましたから」


 けろりとアレクセイは肯定した。

 要するに、アレクセイの部下に、魔道士はいないのだ。おそらく最初は、普通に魔道士ギルドへ条件に合う魔道士の紹介を依頼したのだろう。するとギルドの長は、キーラ一人だけを紹介した。アレクセイの依頼内容を検討し、それが妥当だと判断したのだろう。


(くそじじい)


 キーラの苛立ちは、長い白ひげを顎に生やしたギルドの長に向かう。目の前に長がいたら、襟元ひっつかんでがくがく揺さぶりたい心境だ。よりにもよって、そんな厄介な依頼を、自分に回すとは何を考えていやがるのだ。おかげで自分は職を失い、新しい就職口に困るばかりか、厄介事に巻き込まれる始末だ。帰宅したらアウィス便で抗議文を送ろう。


「でもわたしがあなたを雇いたい理由は、ギルドの長だけが理由ではないんですよ」

「なにそれ」


 目をすがめて端的に問いかけると、アレクセイが苦笑する。

 口を開いて何かを云おうとしたところで、先行していた探索隊が戻ってきた。



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