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国盗物語  作者: 深谷みどり
第四章
51/201

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (7)

 美味しいお茶を淹れるコツは、どうやらたくさんあるようだ。


 まず新鮮な水を使うこと。素早くお湯を沸騰させること。ポットはふたが熱くなるまで温めること。しっかり蒸らすこと。最後の一滴まで均一の濃度で注ぐこと。


 誤解を解いたアリアから教わっているうちに、キーラは魔道を習得していた頃を思い出していた。


 自然界に存在する物質の特徴を覚え、同様に、大気にあふれる力を魔道に転化させる思考回路を叩きこんでいたとき。紅茶葉を紅茶に変える過程は、そのときに感じた多彩さを思い出させる。ほんの少しの条件が整わないだけで、結果は多種多様に変化する。たとえば紅茶を入れる過程だって、迎える変化のひとつとして、美味しい、と云う結果があるのだ。


「だから、まずいというのも、多彩な結果のうちのひとつにすぎないのね」

「それは云い訳のつもりなの? これでうまくいかなかったら、あたし、見捨てるから」


 幾度目かの挑戦の際に話しかければ、じっとり半目になったアリアが冷ややかに告げた。

 それまでに積み上げた失敗記録が、どうにもこうにも彼女を呆れさせる結果になったらしい。今度は大丈夫、と、むしろ自分に云い聞かせるように、キーラは口に出した。


「よく云うでしょう、失敗は成功の母。だから大丈夫よ!」


 この段階に至れば、キーラはさすがに、お茶淹れ失敗原因に気づいていた。

 それはポットを充分に温めなかったことに尽きる。

 紅茶葉は醗酵度が高い。だから高温で淹れて香りを出さなければいけない。それなのに冷たいポットを使えば、いくら沸騰したお湯を注いでもお湯の温度が下がり、充分な抽出時間を待っても香りも味も出なかった、と云う次第なのだ。


(今度はふたが持てなくなるまでポットを温めた。だからうまくいくはず――)


 それでも気を抜かないで最後までティーカップに紅茶を注ぐ。たくさんお茶を飲まされうんざりした表情のアリアが、ティーカップを口元に運んだ。少し、表情が変わる。そっと紅茶を飲んで、さらに表情がやわらかく変わった。そうかと思えば、たちまち表情を引き締めて、つん、と、やわらかなとげを感じさせる口調で云う。毒気がない口調だ。


「まあ、これなら及第点なんじゃないの?」


 思わず顔がほころんだ。なんともアリアらしい、合格の言葉だ。


 自分のカップにも紅茶を注いで、どきどきしながら口に含む。ふわり、とようやく広がってくれた豊かな香りに、ほうっと心がとろけるような安心感を覚えた。


 これならローザも認めてくれるだろう。ようやく用意されていた茶菓子に手を伸ばす余裕ができた。呆れた視線でアリアが見つめてきたが、結局、彼女も茶菓子を食べ始める。卵色でふわふわした焼き菓子だ。素朴な甘みが、紅茶の風味とよく合う。


(紅茶はシンプルなお菓子がよく合うよねえ)


 ほくほくとなごみながら、それでもキーラは、向かい側に座る少女を観察していた。


 自分より年下の、黄衣の魔道士。つんつんした態度をとるが、人間的な甘さが伝わってくる。アリアは、フェッルムの島での出来事からも感じ取れるように、感情的で口が軽い。情報源として利用するには、少なくともスキターリェツよりもずっと有益な存在だ。


 と、頭ではさらりと検討できている。図書館ではたいした情報収集はできなかった。だからいっそう、せっかく立ち寄った神殿で情報収集を、と感じている。のだが。


「ちょっと! せっかく淹れた紅茶なのよ? ずるずる音立てて飲むのはやめなさいよ!」


 考え事しながら飲んでいたら、びしっとお叱りの言葉が飛んできた。キーラはへにょと眉を下げて謝りながら、目の前の少女を利用できない自分を悟った。


 アリアは友人ではない。だから彼女の都合を考慮する必要はない。


 けれど、かわいい少女だと感じているのだ。少なくとも好意を抱いている。利用したくない、と考えて、キーラはちょっと笑った。自分がおかしくなった。


(あたしに、そもそも他人を操って情報を集めるなんてできやしないのにね)


 思い浮かべるのは、『灰虎』の前で感情的になって理性的に交渉できなかった自分だ。


 あのときの自分を、本当に情けなく感じている。一人で考えるときには、いくらでも方法を見つけられた。可能性と同じ数だけ。想像は無限だからだ。


 だが、やはり現実的ではない。キーラはいま、魔道を封じられた魔道士だ。けれどそれ以上に、未熟で臆病な小娘なのだ。魔道を封じられているからこそ、思い知らされる。交渉において冷静にふるまいきれない。他者を冷徹に利用することもできない。出来ていたのは育んだ力を振り回すことだけだ。


 さらにどうしようもないと感じるのは、そんな自分自身にどこかで満足していることだ。

 いいのよわたしはカフェを経営する人になるんだから、とうそぶく一部分が、自分の中に存在している。キーラはほとほと情けなく感じた。


 このままではだめだ、と強く自分に云い聞かせる。いまの状況でそんな主張をするのは、大切な夢を貶めることにもなるのだから、と。



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