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国盗物語  作者: 深谷みどり
第四章
46/201

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (2)

「あー……、確かにダメダメだ。美味しくない」


 キーラが淹れた紅茶をひと口飲んで、スキターリェツは率直にのたまった。


 とどめを刺された形になって、キーラはがくりと肩を落とす。でもけなされてこそ、人は育つものだし! 云い聞かせて、気分を盛り上げた。再び顔を上げれば、まずいと云ったくせに、スキターリェツはまだ紅茶を飲んでいる。


 だったら飲まなければいいのに、と感じているうちに、ローザが動いて新たに紅茶を淹れた。キーラはじっと眺めて、ローザが紅茶を淹れる手順を覚える。先ほども同じように観察した。同じように今回も淹れたつもりだったが、なにがまずかったのだろう。考えながら、お給料をいただいたら紅茶葉を買おうと決意する。


 マーネに戻るための旅費としてため込むつもりだったが、せっかくの機会なのだ。ルークスに滞在している間に、お茶の入れ方をマスターしたい。ローザが差し出したティーポットと新たなティーカップを盆にのせて、スキターリェツの前に用意する。ローザのお茶を飲んで、うん、と満足げにスキターリェツがうなずいた。


「やっぱりローザが淹れる紅茶は美味しいや。いままでに飲んだ中でも一番かな」

「あらあら、ありがとう」


 眼差しだけを交わした二人は、続いてそろったしぐさでキーラを見る。ぺこりと頭を下げて「精進します」と告げれば、やわらかな苦笑がとりまいた。スキターリェツが身を乗り出して、口を開く。


「なんだったら、アリアにお茶の淹れ方を教わるかい? あの子、うまいんだよ」

「アリアが?」


 そういえばキーラがこちらに移ってから一度も会っていない。心配しなくても元気でやっているだろうが、キーラは意外な特徴を聞いた気持になった。うん、とスキターリェツはほのぼのとした微笑みを浮かべる。


「神殿ではいつもあの子にお茶を淹れてもらってる。なぜか他の人は淹れてくれないんだ」


 それは、と、思考に閃いたまま、キーラは口を開いた。


「もしかして、他の誰に云いつけても、アリアが淹れてくれるということ?」

「うん。ひどいよねー。お茶を淹れるくらい、たいした手間じゃないと思うのに」

(それはまちがいなく、アリアの手が回っているのよ)


 いまの段階では思い込みに近い意見を、キーラは脳内でつぶやいた。

 直感だが、間違っていないと感じるのは、アリアが人のためにお茶を淹れる印象が薄いからだろう。ふうん、と思いながらスキターリェツを見つめる。男らしいという意味ならマティが勝ると思うが、スキターリェツにはすっきりとした涼やかさがある。アリアが惹かれても無理はないな、と考えていると、スキターリェツはローザにキーラの予定を訊ねている。まずい。


「そうねえ、あさってにはお休みを上げようと思っているのよ。必要ないと云っているけれど、人間にはやっぱり、メリハリが必要ですものね」

「あさってねえ。じゃあその日に、」

「待ってください。その日は予定があるんですっ!」


 勢い込んで言葉をはさむと、スキターリェツはきょとんと目をまたたいた。

 あ、と放り出した言葉を悔やんでいると、に、と、たちの悪そうな微笑を閃かせる。


「予定がある? 誰と?」

「いえ。一人ですけど、その、せっかくだから都を見て回りたいなーって、」

「ふぅん、どこのあたり? 僕はそれなりにくわしいから案内してあげるよ」


 にやにやと楽しそうな笑みを浮かべたスキターリェツは、口ごもるキーラに親切めいた提案をする。それを聞いたローザが微笑ましげに口をほころばせた。


 まずい。


 ぐっと口をつぐんでいたキーラだったが、同時に、こちらの反応を楽しんでいるスキターリェツになんだか腹が立ってきた。脳裏によぎる面影に目をつむって、ぐい、とスキターリェツを真っ向から見つめる。おや、と見返してきた彼に、突きつけるように告げた。


「図書館に。ルークスで一番大きな図書館があるんでしょう?」

(馬鹿かもしれないわ、あたし)


 そもそもキーラが図書館に行こうとしたのは、もちろん観光目的ではない。


 精霊について調べるためだ。魔道士ギルドにはなかった資料があるかもしれないという期待を込めて、ルークス王国を出るための手段を探そうと考えたのである。


 だが、キーラを見張っている人物に、それを話してどうするというのか。


 自分でツッコミを入れながら、キーラは開き直りに近い心境でスキターリェツを見つめ続けていた。ちょっとだけ表情を変えた彼は、だが余裕を失うことはない。意外に文学少女なんだね、と、少々外れた言葉を返し、笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。


「だったらなおさら、僕が案内しないとね。図書館は神殿の管轄だし」


 だからきみの行動は無駄だよ、と牽制されている気持になって、キーラは唇を結んだ。



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