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国盗物語  作者: 深谷みどり
間章
39/201

(5)

 もともと王族仕様の船だったためか、チーグルの船は帆船にしては広い造りになっている。アレクセイが訪れた会議室も、『灰虎』幹部が全員入室できる広さだ。今日、会議室にいるのはアーヴィングとチーグル、それからまだキーラに紹介していない幹部たちだ。視線を集めたものだから、アレクセイはちらっと笑った。


「ずいぶんお待たせしたようですね?」


 ことさら王子さま風味を前面に押し出せば、全員がそろって苦笑する。


「おまえの『王子さま』はどうしてそんなに胡散臭いんだろうな?」

「アリョーシャと同じ口調なのになあ?」

「しかたないですよ。おれ自身があいつを胡散臭く感じていたから、自然の成り行きです」


 ちがうだろ! と云うツッコミを軽く流しながら、いつもの席につく。にこにこと微笑んだチーグルが、ちょっと身を乗り出してきた。


「今朝は珍しく寝坊したのかのう。疲れておるのか?」

「いえ。今日は早起きだったんですよ」

「ほう?」


 不思議そうに首をかしげたチーグルに、扉付近に立っていたセルゲイが口をはさむ。


「こいつ、甲板にいたんですよ。剣を持ったまま、魔道士と楽しげに話していました」


 余計なことを云う。ちょっと視線をさまよわせると、にこにこ笑顔のまま、きらりとチーグルの瞳が光った。

 チーグルとギルドの長は同郷出身の知人だ。ゆえにキーラを幼いころから知っており、孫娘のように想っていたのだという。ちなみに孫娘のように「かわいがっていた」とならないのは、ひとえに陰から見守ることに徹していたためだ。チーグルはときどき謎の行動をとる。堂々とかわいがればいいじゃないか、とアレクセイは感じたものだが、チーグルにもいろいろと思うところがあるようだ。


「ほう?」

「たいしたことは話していませんよ。ヴォルフの料理はなぜあんなに美味しいのか、とかそういうことです。レシピを知りたがっていましたけど、あいつの料理にレシピは存在しないと伝えると、えらく感心していました」


 問われる前にすらすらと答えると、へにゃりとチーグルがますます笑み崩れた。


「そうかそうか。あの娘はカフェ経営を希望しておるからのう。そのときのために多くの情報を集めておきたいのじゃな。ついでだから他のうまい店にも連れて行きたいのう」


 莫迦だ。すっかり孫娘にめろめろの祖父の図に、そっと皆が視線を逸らした。戦場において、あれだけ勇壮な男がここまで変わるとは。眼差しだけで語り合う男たちのツブヤキは同じである。人間って、変わる生き物なんだな。


「あー、まあなんだ。コーリャ爺さん、そのあたりは後で検討していただくとして、とりあえずヘルムートからのアウィス便が届いた」


 アーヴィングが微妙に言葉を濁しつつそう云えば、たちまち皆の表情が引き締まった。

 ヘルムートとは傭兵集団『灰虎』の副団長の名前である。怜悧なまなざしが印象的な男で、いまは情報を集めながら陸ルートを進む団員たちを率いている。


「向こうは順調だそうだ。ルークスに関する情報も目立ったものはない。ただな、こう書いていた。ルークスの連中は鎖国政策で自給自足が成り立っているのだろうか、と」


 アレクセイは目を見開いた。

 他の幹部が戸惑いながら顔を合わせる。いまさらの疑問だと感じたのだろう。

 ルークス王国が鎖国政策を始めて、もう十年経過している。自給自足体制が整っていなければ、自滅するだけだ。そのような政策を実施するはずがない。だが、あのヘルムートがあえて告げた理由に見当をつけて、アレクセイは口を開いた。


「つまり完璧な鎖国をしていないと副団長はおっしゃりたいのですね」


 はっと皆が息を呑むなか、アーヴィングがにやりと満足そうに笑う。


「察しがいいな、その通りだ。ここには明言していないが、ヘルムートのやつはどうやらルークスに潜入する方法にあたりをつけたに違いないぜ」

「そもそもルークス王国が鎖国政策に踏み切ったのは急だったうえに、段階をふんでいないからのう。それまでの流通を顧みれば、もっと大きな混乱が生じてもおかしくない。だが現実にはそれほど大きな混乱は起きていない。ヘルムートはその理由を考えたのじゃな」

「つまり国家間ではあらかじめ、鎖国を受容する理由があったということですか」


 セルゲイが慎重な口調で告げると、チーグルは「かもしれんということじゃ」と慎重に答えた。チーグルの視線がこちらにむかう。察したアレクセイは苦笑を閃かせた。


「わかっていますよ。そのあたりを探るのはおれの管轄ですね」

「もう引き返せなくなる。それでもよいのかのう?」


 ルークス王国とほかの国々の間に、鎖国を認める理由があったと仮定する。

 ならば理由を探り、打開する手段を持つ人物は、十年前にルークスから逃れた王子アレクセイに他ならない。つまりアレクセイが他の国々に「王子」として、正確には次期国王として接触しなければならないということだ。各国の狸の前で王子を騙るのだ。たしかに引き返せなくなるだろう。決意を撤回するならいまのうちだとチーグルは告げているのだ。


「必要ありませんよ、チーグル」


 だが、アレクセイは闊達に笑って返した。


「おれはもう決めている。退路など必要ありません。どんな状況でも考え抜いて、全力で前に進む。そもそも一度引き受けた依頼は必ず遂行しろ。そう教えてくれたのはあなたじゃないですか」


 ふ、と、チーグルは微笑んだ。満足そうにも寂しそうにも見える不思議な笑みだ。

 そのままなにも云わないチーグルの隣で、アーヴィングはわずかに顔を伏せた。自らにひと区切りつけるようにひと息ついて、アレクセイをまっすぐに見据える。


「ならばまずは隣国パストゥスに上陸するか。海路を変更する必要があるな」


 はい、と、アレクセイがうなずいたところで扉があわただしく叩かれた。同時に、扉の外からキリルの焦ったような声が聞こえる。なにごとか、あったのか。セルゲイが素早く動いて、扉を開けた。転がり込んできたキリルが、不審な動きを見せる船が近づいてきていると報告する。たちまち緊張が走り、アレクセイも席を立った。



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