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国盗物語  作者: 深谷みどり
第三章
31/201

詐欺に資格は必要ありません。 (7)

(どうしてうなずいてしまったんだろ)


 キーラは現在、微妙な後悔をしている最中である。何に対する後悔かと云えば、左手首をがっちりつかんでいる青年、スキターリェツの同行を許してしまったことだ。ただ、通り過ぎる人間が、皆、スキターリェツに対して頭を下げるものだから、完全な後悔になりきれないでいる。きっとキーラ一人ならば、通行もとがめられていたに違いない。


「で、キーラ。きみはどこに向かおうとしているんだい?」

「いまさら訊くの、それを?」


 しばらく歩いたところで、スキターリェツが振り返る。わざわざ問いかけてきたかと思えば、こういう内容だ。手首をつかまれ強引に部屋を連れ出されたキーラとしては、呆れてしまうのである。にこりとスキターリェツは微笑んだ。


「神殿から出ていきたがっていることはよくわかったからね。だから神殿の出入り口に案内しようと思ったんだけど、そこから先へどうしたらいいかなあ、といま気づいたんだよ」

「ちょっと待って。ここは神殿なの?」


 うん、と、スキターリェツはむしろきょとんとした表情を浮かべる。唐突に、キーラはごく基本的な情報すら確認してない自分に気づいた。焦っている? 短く自問して、混乱している自分にようやく気付いた。馬鹿、と短くつぶやいて、ぐい、と別の方向に歩き出す。回廊に面している中庭に向かうのだ。ベンチがあったから、そこで少し考えよう。


 キーラに引きずられる形になったスキターリェツは、おとなしくついてくる。どこか面白がる表情を浮かべているが、なにを面白がっているのか、さっぱりわからない。まあどうでもいいことだから、さくさくキーラはベンチに腰かけた。スキターリェツも隣に座る。


「考え事かい?」

「そう。しばらくの間、黙っていてくれる?」


 正直に云えば、この返答でスキターリェツがどこかに行くことを願った。だがスキターリェツは怒り出す様子も見せずに、いたって寛大に「いいよ」とうなずいた。奇妙な人物だ。ちらりと考えながら、中庭から回廊を見つめる形で両手を組み合わせて唇を当てた。


 ――――まず、現在地の確認だ。


 転移の魔道陣に刻まれていた言葉ヴォールズによれば、ここはルークス王国の都、サルワーティオーだ。傭兵集団『灰虎』の皆と共に訪れるはずだった最終目的地でもある。この地に潜入するため、キーラは『灰虎』に雇われたのだ。思考が沈む。それなのに、『灰虎』の団員でもないキーラが先に、この場所にたどり着いてしまうとは皮肉な展開である。


(あのあと、皆はどうするのかしら)


 コーリャやアーヴィング、キリルやセルゲイ、ヴォルフたちを思い浮かべた。

 ああいう流れで船から逃亡したキーラを、『灰虎』の皆はどう感じただろう。最後に眼差しと眼差しがかち合った、金髪の青年をも思い出す。驚きを浮かべていた瞳を思い出すと、なぜだか奇妙に心が騒ぐ。あなたの秘密は口外しない。せめてそう云えばよかったか。


(ではなくて、これからあたしはどうするのか、よ)


 いまの状況を冷静に考える。キーラの希望は簡潔だ。マーネに戻る。だが簡単な願いであっても、現実に叶えるには、並大抵ではない労力が必要になる。船で幾日もかけたように、マーネとルークス王国は遠く隔たっているのだ。さらに。


 キーラはちらりとスキターリェツに視線を向けた。にこにことこちらを眺めている青年は、「なに?」と首をかしげる。訊ねて答えが得られるか。迷いながら口を開いた。


「ルークス王国には、結界がはりめぐらされている、と云っていたわね」

「そうだよ」


 けろりと肯定された。つまりルークス王国にまつわる、魔道による強力な結界が張られている、と云う噂は真実なわけだ。だが魔道士として、疑問を提示したいところである。


「でもあなたたちは、転移の魔道で出入りしているようだけど?」


 少なくとも、キーラの知る魔道では成り立たない仕組みである。

 結界とはいわば、窓も扉も備え付けられていない壁だ。魔道的だけではなく物理的に空間を遮断することは可能だが、融通のきくものではない。つまり本来の結界ならば、転移魔道による出入りはできないのだ。

 ああ、と、スキターリェツはうなずいた。


「便宜上、結界と呼びかけているけれど、実際はちがうものだからね」

「どういうこと?」


 するとスキターリェツはにんまりと笑った。


「くわしい仕組みが知りたいなら、僕たちの仲間になってくれないとだめだよ」

「なら聞かなかったことにしてちょうだい」


 即座に撤回すると、スキターリェツは残念そうに眉根を下げる。


「仲間にはなってくれないんだ?」

「あたりまえでしょう」

「どうしてあたりまえ?」


 キーラが戸惑うくらい、スキターリェツは不意に真面目な表情を浮かべた。組み合わせていた両手から唇を浮かべる。その両手に大きな手のひらをかぶせて、スキターリェツはもう一度繰り返した。


「どうして、僕たちの仲間にならないことが、キーラにとってのあたりまえなんだい?」

「それは、」


 ぐるぐると思考が回る。もちろんマーネに戻るためよ。そう答えてもよかったのだが、口に出せないでいる。なぜならそう云えば、相手は「転移魔道で戻してあげるよ」と告げることがわかったからだ。だから云えない。キーラの目的が、本当にマーネに戻ることであるならスキターリェツたちの仲間になることが、もっとも手早い方法だというのに。


(―――――――――、だからよ)


 思考がかすかにささやいた。自分の心がつぶやいた、思いがけない内容に、力いっぱい動揺する。目を見開いて、ぐるぐる混乱していると、スキターリェツが首をかしげて言葉を促した。でも口に出せない。だって、ああいう成り行きで逃げ出してきたのに――――。


 ふ、と自分たちの距離の近さに気づいた。我に返って、ぱっとスキターリェツの手を払う。ちょっと残念そうな表情を浮かべた青年を、キーラは力いっぱいにらんだ。


「とりあえず、あなたがいる限り、仲間になんかならないわ!」

「つれないなあ」


 けろりとスキターリェツは元の温和な表情に戻る。油断大敵、とキーラは自分に云い聞かせた。スキターリェツ独特の雰囲気に呑まれるところだった。



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