表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国盗物語  作者: 深谷みどり
第三章
26/201

詐欺に資格は必要ありません。 (2)

 食事を終えて、食器を重ねる。そのまま寝台に腰かけると、じきに足音が聞こえる。こつこつこつ。礼儀正しく扉を叩かれ、思わず苦笑してしまった。セルゲイは答えを待たずに入室するが、事前にノックするところが、彼の性格を表わしているように思える。


 だが、入室してきたのは、セルゲイだけではなかった。


「どうも。おひさしぶりですー」


 いささか気まずそうなキリルが、セルゲイに先立って入室してきたのだ。軽くまたたいて、キーラはにやっと笑ってやった。


「本当におひさしぶりね。甲板磨きはどう?」


 意外な質問だったのか、キリルは目を見開いて、ちょっと安心したように笑った。


「勝ち誇る相手がいなくて、気が抜けています。寂しいものですね」

「ま、しかたないわね。あたしはこういう目にあっているわけだし」


 別に皮肉ではなかったのだが、キリルは目を伏せてしまった。ああ、もどかしい。軽い苛立ちを覚えていると、代わりにセルゲイが口を開いた。


「殿下がおまえを呼んでいる。キリルと共に行け」

「ふうん。殿下、ね」


 殿下って誰のこと。そう云ってもよかったが、この場にはアリアがいる。

 キーラは一応配慮して、おとなしく立ち上がった。キリルが食器を持ち、セルゲイが壁際に留まる。アリアの見張りとして残るつもりか。(アリアにとって)気の毒なことだなあ、と思いながら、部屋を出た。


 ひさしぶりに歩く、船の通路である。まだ明るい時間だから、すれ違う傭兵たちもいる。微妙に気づまりだと感じてしまう理由は、その誰もが、キーラを見るなり、気まずそうになることだ。気が付いていたが、特になにか示すわけでもなく、キリルの後についていく。途中傭兵の一人に食器を預けたキリルは、ちらちらと振り返っていたが、おとなしくキーラがついてくることに眉根を下げた。


「怒ってますよねー?」

「なにそれ」


 率直に感じたことを口にすると、キリルはますます情けない表情を浮かべた。

 慰めてやってもよかったが、いささか間抜けな図式である。なぜ、監禁している側を、監禁されている側が慰めてやらなければならないのか。たとえるならそれは、飲食店で間違ったメニューを出してきた店員を「気にしないで」とお客が慰めるようなものである。どう考えてもおかしい。


「いや、この数日間、何の情報も与えませんでしたし」


 おずおずと切り出してきたキリルに、口の端だけで笑いかけてやる。


「毎朝お寝坊できたのは嬉しかったわ。ヴォルフの料理は美味しかったし。おかげであたしの気持ちはがつんと定まったわね」

「えっ」


 驚きと期待が入り混じった様子のキリルに、にっこりと笑いかけてやる。

 さらに挙動不審になったキリルに先導されるまま、キーラはいちばん最初に案内された、自称アレクセイの部屋にたどり着いた。キリルが扉を叩く。その隣で、静かにキーラは呼吸を整えた。どんな目に合うのか、心構えが必要である。すぐに応えがあって、キリルが扉を開けた。


 推測通り、部屋にはコーリャ爺とアーヴィング、アレクセイと名乗っていた青年が集まっていた。彼らはさすがに表情に揺らぎがない。落ち着いた表情でキーラを見つめてくる。


 入室したキーラは、ぐるりと三人を見渡した。もはや笑みなど欠片も浮かべていない。キリルが背後の扉付近に立った動きを気配で察しながら、口を開いた。


「素敵な待遇を、どうもありがとうございます」


 渾身の皮肉をぶつけたつもりだったが、どうした理由なのか、三人は唇をゆるめた。

 なんだその反応。まさか、皮肉が通じていないのか。思わず半目になると、アーヴィングが和やかな表情で口を開いた。


「ずいぶんお怒りのようだな」

「ああら、いいえ? 毎日食べて寝て、食べて寝て。結構な待遇だったなあと心から感謝していますことですのよ、ホホホ」

「言葉遣いが苦しいですよ、キーラ。いつもの口調で話してください」

「あなた、だれ」


 きぱっと云ってやると、困ったように金髪の青年は微笑んだ。あのときに向けられた冷ややかな表情が、まるで嘘のようだ。だがキーラははっきりと覚えている。少なくとも、あのときに感じた自分の怯えを覚えていた。だからキーラは冷ややかな眼差しを崩さないでいる。


「云いませんでしたか、わたしはアレクセイですよ」

「嘘つき」

「たしかに嘘ですが、本気の嘘です」


 なんだそれ。云い訳のつもりなのか見苦しい。

 わざわざ口に出して云うことではないから、眼差しにたっぷり不審の色をまぶしてやった。いつものように笑った青年は、ちらりとアーヴィングと眼差しの会話を交わした。口で語れ口で。以心伝心など寒々しい、と思っていると、コーリャ爺が口を開いた。


「こやつの名前はな、ミハイルと云う。だが、いまはアレクセイと呼びかけてくれぬか」

「もちろんかまいません。『ルークス王国王子さまではないアレクセイさん』と呼びかければいいですよね」

「や、長ったらしいだろそれ」

「略して『えせ王子アレクセイ』にしましょうか」


 アーヴィングがぼそりとツッコミを入れたものだから、にこやかにキーラは提案した。

 おちょくっているつもりはない。名前を呼び合う予定はないのだから、どんなに長くても構わないという気持ちを表したつもりだ。その意思は伝わったのか、三人は顔を合わせる。キーラは呆れた。この期に及んでも、あの言葉は聞けないようだ。呆れた気持ちを隠さないまま、固めた決意を口にする。


「今回の依頼はお断りします。即刻、わたしを船から降ろしてください」


 指先がわずかに震えたが、声は震えなかったから、心の中で自分をほめてやった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=646016281&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ