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国盗物語  作者: 深谷みどり
第三章
25/201

詐欺に資格は必要ありません。 (1)

「あら、今日も美味しそうね」


 にこにこ微笑みながら、キーラは寝台から立ち上がった。もう一人の同室人はふてくされて、寝台から降りてこない。ワゴンに乗せて、夕食のプレートを持ってきたセルゲイは無言だ。数日前に持ち込んだ折り畳み式テーブルを組み立て、その上にプレートを並べる。ささやかながらにキーラも協力した。壁に並べた椅子をテーブルの前に並べる。


 あとは食べるだけ、と云う段階にまで準備を整えたセルゲイは、そのまま部屋を出ていく。いつものように、時間を見計らって入室してくるのだろう。ぱたんと扉が閉じると同時に、同室人は身体を起こし、寝台を降りてくる。


「信じられない女よね、あんた」


 そう云いながら、同室人は椅子に腰掛ける。キーラは果実水をふたつのコップに注ぎ、同室人の向かいに腰かけた。手を組み合わせて、食前の祈りをささげる。少し遅れて、同室人も食前の祈りを唱え始めた。素直な反応だなあと思いながら見つめていると、気づいた同室人がちょっと頬を赤らめた。誤魔化すようにさじを取り上げたので、あえて追求しないまま、キーラもさじに手を伸ばした。二人の腕に同じ腕輪がある。


 ――――罪を犯した、魔道士を縛める腕輪である。魔道を封じる効果がある。


 存在だけを知っていた腕輪の効能に、これまで半信半疑だったキーラだったが、実際に身に着けて、納得した。見事なほど、大気にあふれているはずの力の波動がわからない。見えない。力を集めようとしても、意識を傾ける先が見つからないということだ。これまで手足のように魔道を使ってきたキーラにとって、もちろん不便な待遇なのだが。


(もっと早くに、この腕輪の効果を実感しておきたかったわ!)


 と感じている。魔道を使えない事実によって、押し寄せるこの安心感はなんだ。というより、この手があったのか、とも、キーラは考えてしまった。


(まさか犯罪者向けの腕輪が、ここまで絶大な効果があるとは思わなかったのよねえ。これさえあれば、あたし、堂々たる一般市民。飲食店で働いていても、どこからも文句は出てこないじゃない!)


 と、晴れ晴れとした思考でつぶやいているキーラだが、当然、同室人は同意しない。


「また、にまにましてる」


 不機嫌そうに眉を寄せて、同室人はキーラを睨んだ。ほかほかと湯気を立てる椀物をすすっていたキーラは、口の中の食べ物をきれいに呑み込んで、首をかしげた。


「なあに。おいしいごはんを食べているんだから、にこにこするのは当たり前でしょ」

「にこにこじゃないわよ、にまにまよ。……ったく、こんなのが紫衣の魔道士だなんて」


 間違っているわ、とつぶやいた同室人は、憮然とした様子で食事を再開した。


 この同室人の名前は、アリアと云う。そう、フェッルムの島で捕えた女魔道士だ。

 あのときは妖艶な印象の強い女だったが、こうして化粧を落とした素顔を見ると、年相応の幼さが漂っている。なんと驚いたことに、キーラよりも年下なのだ。


 すると現金なもので、キーラが抱いた反発はきれいに消えてしまった。生意気な言葉をさんざん云われても、なんだか受け流せるようになった。アリアにしてみたら腹立たしいことだろうが、キーラの精神上、とても喜ばしい事実である。なにしろ監禁されているいま、一日のすべてを、この女魔道士と二人きりで過ごさなければならないのだから。


 思考が暗く沈みそうになったものだから、慌ててキーラは丸窓を見つめた。ゆっくりと進むコーリャの船は、いま、どのあたりにいるのか、さっぱりわからない。ルークス王国に向かっているのだろう、けれど、くわしい航路を教えてくれる存在はいないのだ。


「莫迦じゃないの」


 つんつんした言葉が響いた。視線を向ければ、アリアは食事の手を止めて、キーラを睨んでいた。もはや上品ぶった言葉を使わない。アリアの素は、なんだか微笑ましい。


「美味しいものを美味しいと云ってなにが悪いの? どんなときでも食事は重要なのよ」

「そうじゃないわよ。……あんた、あいつらの仲間なんでしょう。なのに、敵であるわたしと同じ目にあわされて、なんでそんなに、にこにこしていられるわけ?」


 莫迦じゃないの、と、もう一度繰り返す。キーラは口端を持ち上げた。


(表面ほど平然としているわけじゃないんだけど)


 だが正直に話すより先に、キーラはさじを椀から持ち上げた。味わい深い汁と、大きく切られた具がのっかっている。まだほかほかと湯気が立つ料理を眺めて、口を開く。


「この料理、どうやって作っているか、わかる?」


 はあ? と胡散臭げな響きで相槌を打たれた。


「すごく手が凝っているのよ。材料をぶった切って、ぐつぐつ煮込んだ、と云う作り方じゃないの。具に調味料をまぶして、焼き目をつける。汁は、ぶつぎりにした骨をぐつぐつ煮込み、さらに丁寧に漉して味付けしたもの。具と汁を合わせて、さらに味を調えてる」


 語りながら、アップリケ付きエプロンを着た料理人を思い出す。初めて乗船した時にはキーラのための歓迎ごちそうを作り、いまもこうして美味しい椀物を作ってくれる人だ。


「他にも毎日シーツを交換してくれる。二日に一度は、身体を拭くことを許してくれる。魔道を封じる腕輪はされているけど、手も足も縛られていない」


 ふう、と、息を吐いて、キーラは続けた。


「この状況で、怒り続けるほど心の狭い女ではないつもりよあたしは」

「へえそお」


 冷ややかに云い放って、アリアはさじを置いて立ち上がった。いつの間にか、椀は空になっている。ぎしぎしと寝台にのぼり、振り返らないまま云い放った。


「でもわたしにとっては、あいつらは仲間を殺したやつらだからね。どんなに待遇が良くても怒りを解く理由にならないわ。もちろん、あんたも同じよ。もう、話しかけないから」

(その、『話しかけないから』、何度目の宣言か覚えているのかしら?)


 素朴な疑問を口にしないで、キーラは平然と食事に戻った。美味しい食事に口論は不要なのだ。



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