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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十二章
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いつかまた。再会を希う心に、資格など無粋です。 (2)

「ご挨拶だな。わざわざ迎えにやってきた人間に、開口一番、告げる言葉がそれか」


 太陽の光が背後からマティアスを照らし、彼の表情をあらわにさせない。


 やれやれ。まだ、どこかだるいような感触のある身体を動かし、キーラは上半身を起こした。キーラの動きに合わせるように、マティアスも地面に膝をつき、口を開いた。


「精霊王はまだ生きている」


 思わず目を見開いたあと、キーラはちょっと口角をもちあげた。


「さすが。精霊王の従者さまは主の動向についてもおくわしいのね」


 するとマティアスは口をつぐんだ。やがてため息とともに、吐き出すように告げる。


「知っていたのか。……いいや、知った、のか?」


 確認の言葉に、相手の複雑な心情が込められている。地面にあぐらをかいて、キーラは「まーねー」と軽やかに答えた。神妙にふるまうべきだろうか。ちらりと考えた。


 天空要塞において、精霊王と二人きりで戦ったからこそ得た情報はいくつかある。天空要塞の扱いかた、精霊王がこれまでたどってきた歴史、黄金きんの女帝の思惑。


 そうして。いま、目の前にいる存在が精霊王の従者として永い時間を生きてきたという情報までも、すでにキーラは得ていたのだ。統一帝国終焉のとき、死に掛かっていたマティアスを、ちょうどいい駒として精霊王が生かし、利用し続けてきた事実を知っている。


 だが、キーラには相手の事情を忖度するつもりはない。相手の苦悩も事情も想像できるし、追及をひるむ気持ちが確実にある。けれど、だからどうした。それが圧倒的に感じる、正直な心境なのだ。だから目を細めて、皮肉をたっぷりまぶした声音で言ってやる。


「若作りにもほどがあるんじゃありません、マティアスおじいちゃん?」

「よせやい」


 マティアスは精悍な顔をいやそうにゆがめた。

 まじまじとその顔を眺める。


 詐欺だ。数百、下手をしたら千年単位の時間を生きているくせに、こいつの肌はつやつやしすぎている。こちらは少し無理しただけで、目の下にくままで作ってしまうのに。頭の隅っこでたわけた内容を考えながらも、キーラは唇を動かした。


「あなたの目的は、なに?」


 マティアスに対して、キーラはいろいろな感情を抱いている。

 プラスにつながらない、マイナス感情ばかりだ。そしてマティアスも、キーラのそういうところはわかっているだろう。


 にもかかわらず、彼はあえて、キーラの前に姿を現した。批難されるために? ありえない。マティアスがいまさら殊勝になるわけもない。なにか意味があるのだ、必ず。


 しかし婉曲に会話を運んで、相手の思惑を聞き出すなんて、面倒だ。


 だからまっこうから問いかけたキーラに、マティアスは軽く目を見開いた。だがすぐに口角を持ち上げ、すんなりと応える。


「精霊王の消滅だ」

「……わりと、ありふれた動機で動いていたのね」


 短い答えに、キーラは目を細めてつぶやいた。


 精霊王の消滅。


 以前にも聞いた内容だが、マティアス側の事情を知れば、心情は変わる。


 かつてマティアスは、精霊王を消滅さえすれば、ルークス王国は統一帝国のくびきから解放されると語った。だが実際のところ、それは彼の真実ではないのだろう。


 精霊王の消滅とは、すなわち、従者として精霊王と生命がつながっている、マティアス自身の消滅を示す。要するに、マティアスは自殺したがっているのだ。


 ばかばかしい、と、感じた。


 おとぎ話にありふれた事例だが、どうして不老不死を得た人間は死に急ぐのだろう。せっかく、生きているのに。永く続く人生は、それほど呪わしいものなのだろうか。腹立ちがこもった感想は、もちろん不公平なものだ。


 なぜなら、マティアスに裏切られ殺害されたアリアたち多くの魔導士には関係ない事情だ。そもそもなぜ、終わりを望んでいる人間が、ウムブラの密偵などしているのか。


 いろいろな詰問をこめたキーラの凝視に、マティアスは表面だけの微笑を浮かべた。


「おれ自身は、ありふれた存在だからな」


 つまりキーラの複雑な内心など、さらりと無視してくれたわけである。


(いやな感じ!)


 マティアスの微笑を見たとたん、キーラは顔をしかめた。


 いまさら弾劾しても意味はないと悟らされた。ちいさく舌打ちをして、あぐらを解く。ゆっくりと立ち上がって、かがんだままでいるマティアスを、今度は逆に見下ろした。


「じゃ、さっそく次代精霊王、ううん、新しい精霊王のいるところにいきましょうか。あなたなら場所はわかるんでしょう」

「話が早いな。馬は二頭借りてきた。問題ないな?」

「ありがたいわね。どんな状況でも、あなたと二人乗りなんてごめんこうむるわ」


 そっけなく答えながら、サルワーティオーでキーラを待っているだろう人々を想った。


(……ごめんね、王子さま。みんな。きっと心配しているのに)


 まずは帰還して、無事を伝えるべきだろう。なにせあの状況だ。生死すら危ぶまれるだろう、状況だとわかっている。


 けれどいまは、残っている懸念を解消するために、行動したほうがいいと感じている。新しい精霊王は、前の精霊王と戦っていたとき、キーラを助けてくれた。サルワーティオーを害する意思は持ってないとわかっている。


 だからといって、ルークス王国にとって無害な存在だとは限らない。


 すでに立ち上がって、先を歩き出しているマティアスの背中を見つめて、キーラは目を細めた。見極めよう。新しい精霊王が共存できるかどうか。


 キーラはわざわざ口に出さなかった。


 事と次第によっては、精霊王の消滅をもくろむマティアスから精霊王を守るつもりであるとは、あえて。



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