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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十一章
193/201

権利を主張できる資格は、とうにない。 (11)

「大丈夫よ」


 動揺する二人を安心させるために、出来れば笑顔を向けたかったが、表示板における攻防が激しくなってきたため、かろうじて動く口で安心させるしかなかった。


「二人とも、あたしが諦めの悪い人間だと知ってるでしょう」

「そうですかしら」

「素直に魔道士ギルドのルークス支部長になったあたり、諦めがいいほうだと思うが」


 とりあえず頭に浮かんだままを告げれば、あっさり否定された。


 え、そんな目で見られていたの、と軽い衝撃を受けたが、こうしている間にも、自爆までの時間は迫っている。キーラ自身は大丈夫だ。だが、魔道能力のないロジオンと黄衣の魔道士であるメグは危ないどころの話ではない。おしまいになる。相変わらず精霊王は天空要塞を王都に移動させようとしているから、キーラは手も目も頭も忙しいのに、メグはさらに言葉を続けてきた。


「そうですわ。夢を叶えるためにマーネにいらっしゃったというのに、半端に放棄されたんですもの。魔道能力を失ったのなら、安心して夢に邁進できますわね、と思っていたら次に魔道士ギルドのルークス支部長になったと聞いて、どれだけ驚いたと思われますの」


 なんだか愚痴っぽい口調である。そんなに心配させたのか、と、ありがたいやらこの状況で云わないでほしいやらで複雑になっていると、ロジオンも別方面から言葉を重ねる。


「だいいち、天空要塞が自爆して、本当に大丈夫なのか。王都からたしかに距離はあるだろうが、さすがに異変に気付かれるだろう」

「それは問題ない。天空要塞の自爆は、同時に、結界を張り巡らせるから」


 どこから入手した情報かと云えば、もちろん、精霊王からだ。


 だがそれを知らない二人は、ずいぶん、疑わしく感じているんだろうな、不安に感じているんだろうな、と想像つくが、いまは説明するゆとりがない。状況に反して、都合が良い事実なのだ。とにかく、と、キーラは言葉を継いで強い口調で云い放った。


「このままじゃあたしは自分の身も守れなくなるの。なにより、あたしは友達も自分も殺す趣味はないわ。いいから早く行って。じいさまにも気遣い無用と伝えておいてね」

「邪魔ということか?」


 苦笑交じりにロジオンが云うものだから、ためらいなく、うん、とうなずいた。


 ひどい対応だと我ながら思うが、納得してもらわなければならない。本当に気が焦っている。気を遣う余裕がない。お願い、と、悲鳴のような声で告げた。


「早く行ってよ。あたしを集中させて。このままじゃ本当に、死ぬしかなくなる……!」


 するとため息が大きく響いた。わかりましたわ、と、メグは囁くように告げた。


「この落とし前はのちほどきっちりいただきますわよ」

(え、なにそれこわい)


 思わず振り返りそうになったが、かろうじて堪えていると、二人がそろって走り出す気配がした。動いてくれたのだと安心すると同時に、三人の脱出は間に合うだろうか、という不安が過ぎる。三人の合流は間に合うだろうか、といままで気づかなかった不安すら芽生えた。思えばギルド長には厄介なお願いをした。あれさえなければ、少なくとも三人は確実に助かっていたのだ。けれど、精霊たちを見殺しにはできなかった。


(ごめんね、ロジオン)


 心のなかでキーラはそっと詫びる。


 ロジオンが転移をためらっていた理由は、キーラを一人残すからだけではなく、もうひとつある。それは里長だ。無残に命を散らした里長を、せめてちゃんとした形で葬りたかったにちがいないのだ。なのに、キーラの要請を聞き入れてくれた。


(ごめんね、メグ)


 メグが避難を拒んだ理由もわかっている。友達なのだ。できるものなら助けたいと考えてくれた事実を察しているし、キーラもメグの立場ならきっと拒む。だって友達を置いて避難するほうが苦しいからだ。なのに、キーラの意思を尊重してくれた。


 ふいに。まったく唐突に、この場にはいない人物を思い出した。


 キーラが天空要塞に乗り込むと告げたら、不思議に黙り込んだアレクセイだ。いまならわかる。あのときのアレクセイは、キーラを心配してくれたのだ。けれど状況的に、王子としての仮面を崩すわけにはいかないから、なにも云わなかった。云えなかったのだ。


(大丈夫なのよ、王子さま)


 キーラは彼を、アレクセイとは呼ばない。それはあの子の名前だから。

 キーラは彼をミハイルとは呼ばない。それは彼が捨てた名前だから。


 だから王子さまと呼んでいる。キーラがそう呼びかける人物は、たった一人だ。あとにもさきにも、たったひとり。まあ、帰還したあとは王さまと呼びかけるのだろうけど。


 たったひとりの彼を、心配させたままでいさせるものか。

 必ず帰る。


 キーラは表示板に停止命令を入力させながら、力を集めて、自分のまわりに結界を作り上げる。水の力、炎の力、土の力、風の力。四大要素を同時に操り、ぴったりと自分を守るための壁を作った。予想される衝撃は、炎と熱風と高温と金属片。そして風圧。考えられる限りの衝撃に備えた結界を幾重にも作り上げていく。同時に進める作業に混乱して、ときどき、詠唱が止まりそうになったが、なんとか結界は構成を終えた。


《《愚かだな、小娘》》


 ずっと沈黙していた精霊王が、唐突に話しかけてきた。

 命令入力は止まっていない。だから無視して結界と停止命令に集中しようとした。


《《その程度の術で、自爆の衝撃に耐えられると?》》

「耐えられますとも」


 だが結局、キーラは言葉を返していた。

 なぜなら二人きりの場所で戦ったからこそ、相手の記憶をのぞいたからこそ、かすかな憐れみを抱いていたからだ。精霊王の目的も動機も方法もなにもかも理解したくないが、それでも長年抱いてきた願いが叶わない絶望くらいは知っていたから、無視できない。


《《なぜ断言できる》》


 精霊王の口調も、不思議なほど静かだった。ずっと響いていた警告音が止まる。痛いほどの静寂が生まれた短い時間、なぜならね、と、キーラはかすかに震える唇で云い切った。


「あたし、実は最高位の魔道士なんです」


 云い終えたかどうか、という瞬間、たちまち、すべてが紅く熱く染まった。

 


 ギルド長の苦労を、めいっぱいねぎらおう。

 ロジオンの哀しみに、出来る限り付き合おう。

 メグの仕返しにだって、なんとか耐えてみせる。


(それでね、王子さま?)


 あなたには満面の笑顔で、ただいま、って云うから―――――。



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