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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十一章
191/201

権利を主張できる資格は、とうにない。 (9)

 あたりまえのように認識していた、すべての感覚が遠ざかっていく。

 触覚も聴覚も視覚も力任せに奪われ、失われていく感触をどう表現したらいいのか。


 キーラは間違いなくここにいる。存在している。心は存在し続けている。


 だが容赦なく、キーラという核は、世界から切り離された。ぽつんと存在していることに由来する頼りなさが、キーラの思考を混乱させる。落ち着け、と云い聞かせる思考すら、なにものかに、散らされていく。


(なにものか、って、だれよ)


 ふっと考えた事実にキーラは恐怖した。なにものか、なんて、きまっている。


(精霊王!)


 ちっぽけになったキーラは、全力を込めて、その名を発した。


 憎しみを込めて、敵意を込めて、という響きには、残念ながら、ならなかった。ぎゅうぎゅうに押しこめられようとしている核を留めるように、あるいはすがるように、キーラは精霊王と発し続けた。あるいはそれは、キーラの、生物としての本能だったのかもしれない。ここで押しつぶされてしまったら、最悪の終わりを迎える、とどこかで感じ取っていたのだ。必死に発する。


 どのくらいの時間がすぎたのだろうか。


 ふと、キーラを押しつぶそうとしていたなにものかが、反応を返してきた。

 過敏に反応したキーラをなだめるかのように、なにものかは、ゆるやかに発してきた。


《《あなたも、精霊王に肉体を奪われようとしているのかな》》


 なにをいまさら、とキーラが勢いよく返せば、なにものかは困ったように揺れた。


 そこでようやく気付く。相変わらずキーラをつぶそうとする力は働いている。なにものかの意志は働いている。けれどキーラを認識したなにものかは、キーラをつぶそうとするものと同じでいて、わずかに異なっているのだ。しょせんちいさいと感じた違いは、けれどキーラが気づいたと同時に、力強さを増した。くっきりと明らかになった。


(なに、……これは)


 抱いた疑問は思ったより強く響き、まだ残っていたキーラの頼りなさを打ち消した。


 どことも断言できないところで、キーラは、ちいさな違いに。キーラを相変わらず押しつぶそうとするなにものかから分離した、欠片としか云いようのないものに向かい合った。


《《警戒しないでほしいですね。わたしは精霊王と同じでいて、異なるものですよ》》


 たしかに、と、素直に応じれば、嬉しそうに欠片は力強さを増す。


《《ああ、よかった。あなたが素直で単純な生き物で》》


 ぴくり、と、キーラが気分を害せば、欠片は哀しそうに嘆息した。


《《褒めてはいませんが、貶してもいません。事実をそのまま指摘しているだけです。さきほど、精霊王に肉体を奪われたひとは、わたしの助力を拒んで、自らを滅ぼしたのです》》

(里長……)


 ああ、そうか、とキーラは改めてあの瞬間に理解した内容を思い返した。


 推測でしかないが、里長はおそらく、精霊の里を訪れたロジオンやギルド長の動きによって、精霊王に対する不審を抱いたのだ。もしかしたら、マティアスの伝言をロジオンから聞いたのかもしれない。とにかく精霊王がなんらかの思惑を抱いているのではないか、と考えた里長は、万が一の事態のために、天空要塞の詳細をロジオンたちに明かしておいた。同時に、精霊王の真意を問いただすために天空要塞を訪れ精霊王に接触した際に、精霊王に肉体を奪われかけた、のだろう。ただ、里長はぎりぎりのところで抵抗した。それが自分を殺害することだったのではないか、とキーラが考えれば、欠片は肯定する。


《《おおむね、その通りですよ。意外に頭が回るんですね、あなた》》


 それにしてもさっきから、この欠片はキーラに喧嘩を売っているのだろうか。


《《わたしはただ、事実を指摘し、感じたことを率直に伝えているだけです》》


 だから腹が立っているという現状に、いい加減気づいてくれないものだろうか。


《《それはともかく》》

(ともかく、ね。……ああ、そう)


 複雑な響きでつぶやいて、だが、キーラがいま、抱えている複雑な気持ちを、この欠片は理解しないんだろうなあと閃いて切なくなったが、たしかにそれどころではない。


 助けてくれるのね? と問いかければ、欠片は力強く応えた。


《《もちろん。わたしは王都サルワーティオーに攻撃することを望んでいません》》

(あなたが?)


 いまさらながらに、欠片に対する疑問が芽生えた。だがキーラの疑問に気付いているだろうに、欠片は応じようとしない。ただ、一方的な要望を突きつけてくる。


《《あなたは精霊王に押しつぶされる事実に甘んじている。なぜ、逆を試そうとしないのですか》》

(逆?)


 素朴な響きで訊ねれば、欠片は呆れた響きで答えを返した。


《《あなたが、精霊王を侵食するのです》》


 いま、と、改まった響きで欠片は続ける。


《《あなたと精霊王はつながっている。他の誰にも邪魔しようがないところで、あなたと精霊王はつながっているんです。だから精霊王と同じことが、あなたにもできますよ》》

(あたしが、精霊王を)


 浸食する。


 キーラがそう考えたとたん、なにものかが、そう、精霊王がぶるりと震えた。キーラだけに向かっていた意志が、欠片にも向かう。自分から派生した欠片を自らの内に取り込もうとする。いまさらながらに、キーラへのアドバイスをなかったことにしたいのだろうか。


 だが、その猛々しい反応から、欠片のアドバイスが有効だと悟った。同時に、ちいさな感触へと意識を伸ばす。助けるために。ところが欠片は、凛然とした響きで発するのだ。


《《心配は不要です。わたしはしょせん、精霊王から分かたれた分身。次代精霊王の思考に共振して芽生えたエイリアス。精霊王に取り込まれることによって、あなたの助けになるでしょう――――》》

(待って!)


 キーラは必死で発したが、ちいさな欠片はあっけなく、精霊王によって喰われた。


 そうして今度は、じりじりとキーラに迫ってくる。押しつぶそうとする動きではない。容赦なく、食べつくそうとする動きだ。だからこそ、キーラの核は勇ましく高揚する。くるりと精霊王はキーラの意識を囲む。包み込む。浸食していく。今度こそ、本当に。


(残念ね、精霊王)


 いよいよ最後まで浸食されようとする瞬間、キーラの核は不敵に笑っていた。


(二番煎じよあなた。災いに喰われたことを思えば、あなたなんて怖くない!)



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