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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十一章
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権利を主張できる資格は、とうにない。 (8)

 すでに里長は息をしていない。ひとめですぐに分かった。


 それでも駆け寄ろうとしたメグを押しとどめて、キーラは鋭く扉向こうの部屋を見た。

 他の部屋と同じ、金属製の部屋だが、なにかがあるはずだ。意識体には直接、人間を殺害できないんだから、と観察していると、背後で「里長!」という悲鳴が上がる。呆然としていたロジオンを押しのけ、キーラのわきを通り過ぎて、バオが部屋に走りこむ。


 その瞬間、ばしゅ、という音が響いた。同時に、身体から血を吹き出し、バオはゆっくりと倒れ伏した。


 再びメグが悲鳴をあげた。舌打ちしながらも、キーラは天井に穴が開いて、鋭くなにかが飛び出てきたさまを見届けた。「あのひと、治療しないと。……キーラ!」と、メグが必死に叫ぶから、まず、その穴を結界で覆った。それから冷や冷やしながらメグの腕を放す。


 バオを治療するためメグが駆け込む。かきん、と結界になにかが跳ね返る音が響いたが、メグは倒れていない。ほっと息を吐きながら、部屋に足を踏み入れる。ギルド長が続いた。


「攻撃方法はあれだけだと思いますか、じいさま」

「おそらくの。でなければ、我々はすでに攻撃されているはずじゃ」


 ひとつうなずいて、ちらりとキーラはロジオンを振り返った。まだ、茫然としている。


(無理もないよね……)


 なにせ里長は、記憶を失ったロジオンが、父と慕った人なのだ。しばらくそっとしておこうと考えながら、改めてキーラは部屋を見た。なめらかな金属製の部屋に、隠れるところなど、どこにも見当たらない。それなのに、意識体が見つからない。


「じいさま、他の部屋は見て回りました?」

「むろんじゃ。だからこそ攻撃を始めたのじゃぞ?」


 愚問だった。狸である姿が印象強いが、伝説的な傭兵、チーグルと行動を共にしていた時期もあるギルド長なのだ。実戦にも強いし、当然、探索に手抜かりがあるはずもない。無論、探索途中にうっかり精霊に見つけられた、という事態もあり得ない。


(だったら、精霊王はどこに?)


 ここにいるはずだ、と考えて、バオの言葉を思い出した。顕現された精霊王。


 なるほど、と、ひとつうなずいて、さらに部屋に進んで里長の近くに屈みこんだ。


 精霊王は常時姿を見せているわけではないのだろう。だとしても顕現させる方法がわからない。だったらいま、できることを試すべきだ。ならばいまは急いで、天空要塞をさっさと王都から離れた場所に移動させたほうがいいだろう。


 だからキーラは軽く黙祷して、里長の遺体を探った。目当てのものは、しっかりと右手のなかにあったからほっと息をついた。すっかり冷たくなっている手のひらに触れ、開かせて、取り上げた。


 かつて里長から譲られ、そうしていまはキーラの部屋にある、統一帝国時代の遺跡を動かすための鍵と同じもの、琥珀のペンダントだ。ただ、こちらの方が少しばかり大きい。キーラが片手で握っても握りしめることができない大きさだった。あちこち視線を巡らせて部屋を観察していたギルド長が、キーラの動きを見咎めて訊ねてきた。


「天空要塞の動かしかたもわかるのかのう」

「遺跡の動かしかたは基本だけ教わったわ。ただ、天空要塞にも通用するかどうか、なんて、自信がないけど」


 かつて結界を解く際に、里長から教わっていたのだ。


 統一帝国時代の遺跡は、文字が並んでいる表示板に琥珀を持って触れることで発動する。琥珀で触れた単語通りに、遺跡は動くのだ。たとえば結界、正確には分子を利用した障壁を解く場合には、障壁を解除せよ、だった。


 ただし、だれもが触れれば発動するというわけではなくて、魔道能力を持った生物でなければ意味がないのだ。だから精霊たちは、天空要塞をルークス王家に渡さず、自分たちで保有していたのだろう。


 里長の遺体のすぐ近く、表示板はある。見たところ、結界を解く際に見た表示板と同じつくりだ。だからつるつるとした金属板に、琥珀のペンダントトップで触れようとした。まずは天空要塞を移動させるとしよう。統一帝国時代の文法で組み立てた文章の、最初の一文字に押し当てたとき、キーラの魔道能力に反応して、黄金色の光が手元に灯る。


 そのときだ。ふ、と、唐突に思い至ったことがある。


(待って。里長は天空要塞を留めようとした、のよね?)


 先ほどロジオンが云っていた。だから天空要塞の概要を知っていたのか、と考えたから、聞き間違いではない。ならば矛盾しているじゃないか、と、いま、気づいた。


 なぜ、天空要塞は浮いている? 天空要塞を留めようとした里長しか、この部屋にはいない状況で?


 ――――その疑問は、少しばかり、遅かったらしい。


《《あーっはははは!》》


 疑問を抱いたキーラが動きを止めたとき、男の声が高らかに脳内で響いた。


 だれ、とキーラはつぶやいた。いまの声は、間違いなく自分の中から聞こえた。

 同時に、じわじわと指先から感覚が抜けていく。琥珀を持っている手はしっかり動いているのに、と視界を確かめて、ちがう、と気づいた。


 キーラが組み立てた文章とは違う文章が入力されようとしているのだ。自分の手が操られている、と気づいた瞬間、すべて悟ったキーラは悲鳴のような声で助けを求めた。


「じいさま、じいさま! 助けて、このままじゃ精霊王に、」


 浸食されちゃう、と最期の意識で叫んだあとに、キーラはふつり、と、視界を失った。



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