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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十一章
184/201

権利を主張できる資格は、とうにない。 (2)

 緊急事態だと悟られないためか、馬車は落ち着いた速度で走り続けている。そっと窓から外を眺めれば、街のひとびとの表情が明るくなっていると確認できた。けれど、これからの対応によっては、たちまち曇るかもしれない。あるいは恐怖にひきつるかもしれない。


 そう考えれば、きゅっと心臓が縮む心地になる。静かに深く、呼吸を繰り返して自分を落ち着かせていると、向かい側に座る文官が、話しかけてきた。


「王宮に到着するまでに、手短に状況をお伝えしますがよろしいでしょうか」

「あ、はい!」


 思わず姿勢を正せば、父親のような年齢の文官はわずかに微笑み、「楽にしていてください」と云ってくれたが、この状況でそこまでくつろぐことはできない。文官もキーラの状況を理解したのか、それ以上言葉を重ねず、さっさと説明に入った。


「まず、アレクセイ殿下は、短時間で精霊王と決着をつけるおつもりです」

「可能なんですか?」


 いきなり飛び出た大胆な方針に、キーラは驚いて目を見開いた。


 なにせ相手の正体がわからない。災いを滅ぼしたキーラたちに鉄槌を下すという目的は聞いているが、精霊王が具体的にどういう生き物なのか、さっぱりわからないのだ。推測はできているが、しょせん、推測でしかない。そういう状況で、どんな形で決着をつけるというのか。キーラの頭には疑問符しか浮かばない。


「正確に申し上げるなら、短時間で決着をつけるしかない、というところでしょうか。いつまでも暗闇で王都をおおっておくわけには参りませんし、民もいつまでも誤魔化されてくれるとは思えません。いまは魔道士たちの演出だと云い繕いましたが、長時間になれば、不安を抱き始める者もいるでしょうし」

「……おっしゃる通りです」


 文官の言葉を聞いて、キーラは沈黙し、やがて消え入りそうな声で応じた。


 アレクセイの苦慮に思い至ったのである。天空要塞が現れた当初、いくつかあっただろう選択肢を確実に狭めた要因は、間違いなくキーラの判断だ。なにが支えになれる、だ、と情けない心地でつぶやいた。むしろアレクセイの足を引っ張ってばかりじゃないか、と落ち込んでいると、キーラの様子を見かねたのか、文官がなだめるように告げる。


「魔道士ギルドの対応が問題だったというわけではありません。あの状況下では、最善とまでは云わなくとも、次善の策だったとわたくしも考えます」


 アレクセイ殿下も同じようにおっしゃられていましたよ、とやわらかく付け加えられ、キーラは苦笑した。慰められた心地になったが、かえってアレクセイを追いこむ事態になった、という感覚は消えない。だが、いまはこうして慰められている場合ではないだろう。感傷を奥に押し込めて、平常心平常心と云い聞かせながら文官に向き直る。


「ありがとうございます。大丈夫ですから、続きをお願いします」


 文官は気遣わしげにキーラを見つめ返したが、思考を切り換えたのか、説明を再開する。


「では。……ヴェセローフ氏が持ち帰った情報によりますと、精霊王とは確かに意識体であったと報告を受けております。現在、その精霊王の命令を受けた一部の精霊たちが、天空要塞をよみがえらせ動かしているとか」

「一部の精霊? すべての精霊が命令に従っているわけではないのですか?」


 キーラは意外に感じた。なにせ、精霊「王」なのだ。

 だから精霊すべてが命令に従っているのだと考えていた。これから精霊たちとの全面対決が待ち受けているのでは、という暗い予想もしていたのだ。頭の隅っこでロジオンにはつらい状況になるとも考えていたが、文官は疑わしげなキーラに対し、神妙に応える。


「はい。それというのも以前、スキターリェツ氏の企みによって、捕らえられた精霊たちは災いを鎮める贄となっていました。その結果、多くの精霊が魔道能力を失ったのです。その精霊たちはスキターリェツ氏や魔道士たちを恨んでおりますが、元凶である災いを厭う気持ちもあり、だからこそ、災いを滅ぼした人間に鉄槌を下す、という命令に従わない精霊が多数を占めたようです。また、魔道能力を失ったから遺跡を動かせないという現実もあるようですが……」


 スキターリェツたちの過去の悪事が、思いがけない現状に結びついたものである。

 キーラは複雑な心地になりながら、さらにもうひとつ、確認したい事実を思い出した。


「じいさま、魔道士ギルドのギルド長が天空要塞に侵入しているということでしたが?」


 キーラの口調には、否定してほしいと云う懇願がこもっていたかもしれない。


 なぜならそれが事実だとしたら、ギルド長は敵地にただ一人、ということである。なに考えてんのーっ、と、頭を抱えてごろごろ転がりまわりたい心境だ。たしかに若いころはけっこうな無茶をやらかしていたと聞いている。でもいまは、老人なのだ。引退寸前の老人なんだから無茶しないでほしい、心配する者の気持ちを考えてほしいと盛大に訴えたい。


 キーラがすがるような眼差しをむけていると、キーラとギルド長の関係を知っているのか文官は気の毒そうな眼差しを返してくれたが、きっぱりと首肯してもくれやがった。


「その通りです。……その件で、エーリンギルド長から、伝言があるようです」

「なんて?」

「その、意識体を消滅させるために、天空要塞に乗り込んで来い、とのことです」

(っ、の、くそじじい~~っ)


 ぐ、とこぶしを握り締めてキーラは、低く呻いた。


 云われた内容を簡単に実行できるなら、この世の中に苦労と呼ばれるものは存在しない。ギルド長は相変わらず、あっさりと無茶振りしてくれるじじいであった。



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