表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国盗物語  作者: 深谷みどり
第十一章
183/201

権利を主張できる資格は、とうにない。 (1)

 とはいえ、くわしい事情も知らされないまま、唐突にあたりが真っ暗になったとき、平静でいられる人間は多くない。すでに目覚めていた民はざわめいて、混乱し、なかには叫び、怒号をあげる者もいた。予想してしかるべき、当たり前の反応だった。


「なにっ、なんなのこれっ」

「とにかく火だ、火! このままじゃなにもできやしない」

「ちくしょう、なにが起こってるんだよ!」


 恐慌になりそうなありさまを見て、キーラは、みんなの心を落ち着けないと、と慌てた。自分を叱咤したい気持ちを、いまは抑える。名案だと閃いて実行した案が、いろいろ足りなかった案だったと思い知りながら、必死で頭をひねった。どうしたら落ち着いてもらえるのか。詳しい事情を話すわけにはいかないし、と考え続けて、ようやく閃いた。


 再び、次なる魔道のために力を集める。他の魔道士たちもキーラが集めた力の流れを感じ取り、魔道の構成を読み取って、キーラの意図を察した。詠唱を始める。かねてより用意していたハナビの魔道、それにもう一つ、予定にはない効果を加えて、発動させたのだ。


「華やかなる、光と熱の祝福よ。いまこそ天空にてあざやかに咲き誇りたまえ」


 キーラの詠唱と魔道士たちの詠唱が重なり合い、形を与えられた力が空に向かう。

 ドーン、と、腹に深く響くような音が空気を震わせ、天にハナビがあざやかに華開いた。


 騒いでいたひとびとは、まず、音に驚いて空を見あげ、次々と展開される魔道に驚きの声をあげた。誰もが初めて見るハナビは、圧倒的な迫力で人々の視線を奪い続ける。


 さらに、新たに加えた効果が発動した。こまかな欠片は地上に落ちながら本物の花弁となり、優しい感触で人々に触れ、馨しい芳香をあたりにまき散らす。みずみずしい花の芳香が不安や恐怖をなだめたのか、王国民の反応が落ち着いてきたようだった。キーラは息を吐いた。同僚たちはまだ必要だと見なしたのか、次々とハナビの魔道を打ち上げている。


 実はここまでの経過は、あらかじめ通達しておいた予定に沿っている。


 警備上の理由につき、式典がはじまる前、魔道士たちが王都を暗闇でおおい、華やかな演出を加える、と、王都の区画長を通じて、民たちに通達しておいたのだ。だからキーラは、かなり前倒しではあるが、計画に沿った形で魔道を発動させることによって、これは予定調和の内に入ると、民たちに錯覚させようとしたのである。


(もう、破れかぶれ、といった感じだけど)


 はらはらしながら、まわりの様子を眺め、術を行使し続けて――――どのくらいの時間が経っただろうか。


「おい。王宮を見ろ!」


 ふいに、だれかがそう叫んだ。ただちにキーラも反応して、王宮を見た。すると、王宮が盛大にかがり火を灯したさまが、遠目でもはっきり見えた。


(王子さま、動いてくれたの?)


 ロジオンから報告されたのか、それとも魔道の発動になにかを感じてくれたのか。

 いずれにせよ、あたかも魔道士たちの行為を肯定するような、反応の速さである。


 真っ暗闇な王都で頼もしく感じる輝かしさで存在し続ける王宮に、次々と安堵が広がっていくさまが、キーラに伝わってきた。加えて、それだけではなかった。


 灯りを掲げた兵士たちが、次々と広場に現れたのである。華やかな飾り付けをされた馬車は広場に停まり、なかから最上級の正装に身を包んだ文官が現れた。キーラも顔だけは覚えがある、五十代半ばほどの男は、からからと巻物を広げて、民の前に掲げた。


「栄えあるルークス王国の民たちよ」


 落ち着き払った態度で呼びかけてきた文官に、集った民衆は改めて安堵の息をつく。


「かねてからの通告通り、いま、天空で展開している魔道士たちの演出が終了したのち、アレクセイ・パーヴロヴィチ・スヴェート殿下の即位の式典を始める。だが式典の前に、殿下より賜った祝いの酒をふるまう。手の空いている者は中央広場に集まるように」


 ようやく平常心を取り戻した民は、その言葉にわっと喜びをあらわにした。あちらこちらへ、思うがままに歩き始める。ぽつぽつと灯された明かりのなかで、兵士たちが配る酒を受け取る者もいれば、儲け時と見て急いで屋台の準備をする者もいる。


「なぁんだ、これがあの通達だったのね」

「それにしちゃ、予定より時間が早くないかい?」

「伝達事項に行き違いでもあったんじゃないか? そうとわかりゃ、堪能するか」

「そうだな。これだけ大がかりな魔道は、そうそう滅多にみられるもんじゃねえ」

(よかった……)


 漏れ聞いた会話を聞いて、キーラもようやく肩から力を抜いた。すっと脇にレフが立つ。


「アレクセイ王子、さまさまだな」


 皮肉な目つきで事態を見守っていたレフが告げるものだから、キーラはうなずき、苦い感触で笑った。レフが本当に云いたかった言葉は、浅慮なキーラへの非難だとわかっている。暗闇の魔道は、天空要塞の動きを留める効果はあったかもしれない。けれど一歩間違えれば王都は恐慌状態に陥っていたのだ。アレクセイの支援にひたすら感謝である。


「で、ルークス支部長どの? これからどうする」


 キーラ同様、他の同僚たちに術の行使を任せたらしいブラッドが、そう訊ねてきた。

 わずかに考え込んだキーラは、応えるより先に、近づいてくる文官に気づいた。丁重な動きで近づいてきた文官は、ひそやかな口調でささやきかけてくる。


「エーリン支部長。わたくしと共に王宮にお越しください。今後の対応を話し合います」


 ひとつうなずいて、すぐにキーラは眉を寄せた。


「ロジオンの報告をお聞きになりましたか? 天空要塞の確認が必要だと思われますが」


 どんなに派手な魔道であっても、しょせんは目くらましなのだ。天空要塞が実際に動きを止めたかどうか、確認しなければなるまい。そう考えて訊ねれば、文官もうなずく。


「ご心配なく。すでに殿下の指示によって兵士が動いております。ですがその前に、エーリン支部長。これはわたくしの疑問なのですが、魔道によって王都全体に結界を張ることは可能でしょうか」


 なるほど。魔道士ではない、一般人らしい疑問である。

 どう応えたものか、と考えこんでいる間に、さっさとブラッドが疑問に答えた。


「いや、できないな。範囲が広すぎる。今回、暗闇の魔道が王都全体に発動した理由は、あらかじめ設置しておいた魔道具のおかげだ。ちなみに使った魔道具は、暗闇の魔道向けに特化したものだから、防御結界に切り替えることは不可能だな」

「……なるほど。失礼いたしました」


 少しばかり落胆した様子を見せたが、文官はすぐに思考を切り換えた様子で頭を下げた。キーラは軽く頭を振った。たとえ攻撃されても魔道で防いだら。そう考えるのは自然だ。


 とにかく、いまは王宮に向かわなければ。


 そう考えながらも、この後が気がかりで振り返れば、魔道に集中しているはずの仲間たちは、眼差しだけをキーラに向けて、にやっと笑った。代表して、ブラッドが口を開く。


「行ってこい。ここは任された」

「……ん!」


 おおらかな笑みに、キーラもつられて微笑んだ。

 きっと大丈夫。だって最高位の魔道士たちがそろっているんだから、と強い気持ちでひとりごちて馬車に乗り込む。文官も乗り込み、たちまち、馬車は走り出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=646016281&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ