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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十章
181/201

資格は活用してこそ (16)

 その朝の目覚めは、いつもとは違う感触で迎えていた。


 がらんがらんと鳴り響く大鐘よりもずっと早くに起床したキーラは、冷たい空気に震えながらも、うん、とベッドの上で背伸びをした。それからさらに身体を伸ばして、すぐ近くにある窓にかけた、分厚いカーテンを開いた。まだ暗い空に、今日の天気を予想させるものはありやしない。けれど、濡れていない道路だけは見えて、ほっと息を吐いた。


(よかった。少なくとも雨は降ってないみたいね)


 なにせ今日は、アレクセイの即位の式典があるのだ。晴れでも雨でもたとえ嵐でも、式典は決行される予定だが、準備に関与してきた人間としてはやっぱり晴れていて欲しい。


(できれば今日一日、晴れていてくれますように)


 手短に祈って、ベッドから降りる。素足に床が触れ、その冷たさに思わず硬直したが、諦めて真っ暗な室内を手探りで歩き始めた。ろうそくに火を灯し、洗面を済ませる。


 鏡に映る顔は、まったくいつも通りの自分だった。


 さいわいにも、ここ数日の研究疲れは現れていない。目の下にクマはないし、頬もこけていない。ごく普通の、健康的な十八の少女が鏡向こうから見つめ返している。


 キーラは、にこ、と笑ってみた。ちょっとぎこちない笑顔は、正直に云えば、変な顔だ。くしゃくしゃにつぶれてしまったような顔、と感じ、そう感じた自分にがっかりした。


(まあ、自分の顔に陶酔する趣味がなくて安心するべきなんだろうけど)


 でも年頃の乙女として、少しくらい、自分がかわいいと思いたい瞬間もあるのだ。


 キーラは脳裏によぎる面影に、ため息がこぼれた。どうして男のくせに、女の自分よりきれいな顔をしているのだ。くやしい気持ちでつぶやいて、哀しい心地でため息をつく。


 たとえ偽物であろうと、王子さまの隣にはお姫さま。それが定石だとわかっている。


 心によぎった感情は、切ないとしか云いようがない感情だったが、キーラはもう一度鏡をのぞきこんだ。にま、と、口端をもちあげる。相変わらず変な顔、でも、無理をしていない、自分らしい顔だと感じたから、ちょっと気に入った。さっきの笑顔よりマシだし。


 それに、たとえばキーラの顔が、と匹敵するくらい綺麗でも、意味はないだろう。キーラはお姫さまではなく、ただの魔道士だ。だから王子さまの隣には立てない。


(支えることはできるけど)


 負け惜しみのようにつぶやいて、ぱん、と、キーラは頬を叩いた。


 悲観的に沈み込むことはいつでもできる。だからいまはさくっと気分を切り換えて、今日一日を滞りなく過ごせるよう気合を入れよう、と考え直して、鏡の前から離れた。


 夜着を脱ぎ捨てて、簡易な服装に着替える。魔道士としての正装は、王宮の控室に用意している。あと他に必要なものは、と考えながら部屋を見まわしたときだ。扉が叩かれた。


 ぎくっと身体がこわばった。


 だってまだ、早い時間なのだ。だれが来たんだ、といぶかりながら、玄関に向かう。用心のために、すでに力を集めていた。右手に集めた力をいつでも放てるように構えながら、左手で鍵を開けて、そろっと開けた。すると男の手のひらが差し込まれ、グイと開かれる。


「キーラ!」


 焦った様子で扉を大きく開いた人物は、なんと精霊の里に旅立ったはずのロジオンだ。

 キーラは一瞬呆けて、ガツンと腕をつかまれたときに、はっと我に返った。


「なによ?」


 右手を振って力を散らせながら、気が抜けた反動できつくなった口調で問い質した。

 だがロジオンは腹を立てた様子もなく、ひたすらぐいぐいとキーラの腕を引っ張る。ロジオンらしくない態度に、キーラは驚いて相手を観察した。ロジオンは防寒用のマントに身体を包んでいるが、ところどころ、擦り切れていると気づく。頬にも切り傷があり、血が黒く固まっているようである。まるで攻撃でもされたかのような、と感じて、なにかがあったのだ、と気づく。再び緊張を取り戻して、キーラはロジオンに腕をつかまれたまま、扉の鍵を閉めた。そうして引っ張られるまま、走り出す。


「なにがあったの。どこにいくのっ?」

「王宮に。即位の式典をできれば中止させるんだ!」

「なにを云ってるのよ!?」


 二人が飛び出した先、街はすでに目覚めて動き始めている。今日という日のために、いつもより華やかに飾り付けられた道路を、キーラとロジオンは怒鳴り合いながら走った。すでに目覚めて歩いていた人々が、何事かと目を丸くして二人を振り返っている。


「出来るわけないでしょ、式典は今日なのよ!?」

「だがそうしなければ、街に大きな被害が出る!」

「どういうことよ。――――なにが起こるって云うの!」

「精霊王だ!」


 ひときわ大きく叫んで、ロジオンは唐突に足を止めた。ちょうど魔道士ギルドの近くだ。


 崩れ落ちるようにしゃがみこみ、はあはあ、と大きく肩を揺らしているさまを見て、キーラも足を止めた。そういえば体力少なかったっけ、と思い出しながらロジオンをのぞきこめば、急に顔をあげて後ろを振り返るから、あわててのけぞった。せめて文句を云おうと口を開きかけたが、ロジオンが一心に空を見つめている事実に気づく。キーラも同じ方向を見た。だが、なにもない。しかし、ロジオンは鋭く舌打ちした。


「来たか……!」

(なにが?)


 いぶかしんで、もう一度、空を見つめ直す。なにもない、ように見えた。

 けれど、ロジオンの厳しい表情に気づき、さらに目を凝らした。すると陽が昇り始めた東の空に、ぽつん、と、黒点が見えた。なにせ太陽の光がまばゆいから定かではない。でも確実に見えるようになったそれは、だんだんとこちらに向かっているようだった。


「なに、……あれ」


 我ながら頼りない響きで訊ねれば、ロジオンが吐き捨てるように教えてくれた。


「遺跡だ。――――ルークス王国に点在していた遺跡を、精霊王が目覚めさせた。災いを滅ぼした我々に、鉄槌を下すために!」



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