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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十章
174/201

資格は活用してこそ (9)

 あふ、とこぼれたあくびを右手で押さえ込んだ。これで五回目である。無理もないよね、とキーラはひとりごちた。基本的に、キーラは徹夜しない。疲労を溜め込むばかりで、非生産的な行為だと考えているからだ。


 だが、昨夜はしかたなかった。


 なにせ、期限が迫っているにも関わらず、ブラッドの提案を受け入れたからだ。魔道士たちの負担を増やした自覚がある。ルークス王国に到着している紫衣も奮闘しなければならない状況も理解している。ならば、多少の無理もしなければならないだろう。


(とはいえ、あと四日、ううん予備を除外して三日か。この調子で進めたら、肝心の式典で失敗する可能性が高くなるわね)


 だとしたら、魔道士たちには無理にでも休養を取らせなくちゃ、と考えながらも、キーラは頭が痛い。魔道士とは半端なオタクなのだ。昔、アレクセイに告げた言葉を思い出す。


 だからこそ、夢中になっている研究から離れることを嫌がる。ましてや研究資金はギルド負担で、異世界渡りの技術を魔道で再現させるという、魔道士には垂涎ものの研究だ。


 嫌がる輩が続出するだろうなあ、と息を吐き、いざとなったら実力行使もためらうまいとキーラは考えた。さくっと手刀で済ませようと考えるあたり、徹夜疲れが出ている。


「キーラ!」


 考えにひたっていたからか、近づいてきた二人に気づくのが遅れた。呼びかけられ、ぼんやりと顔をあげる。同じ顔をふたつ見つけ、ぱちぱちとまたたいた。呆れと苦笑。同じ顔をした二人の少女は、それぞれの表情を浮かべて言葉を続ける。


「我らを迎えに来たにしては、ずいぶん、気合が足らぬのう」

「リュシシィ」

「やはり支部長の仕事は大変ですのね。迎えに来てくださってありがとう、キーラ」

「メグ」


 港湾都市マーネを守護する三姉妹のうち、二人である。

 さすがにマーネを離れられない市長ベルナルドの代わりに、次女リュシシィ、三女メグが即位の式典に参加するために訪れたのだ。長女カールーシャは留守番である。当たり前だ、マーネを魔道的に守護する魔道士が全員、守護地を離れるわけにはいかない。


 そうしてはるばる船に乗ってやってきた二人を、キーラは迎えに来たというわけだ。二人は王宮の客人だから、ギルドに泊まらない。だが友人に会える機会を逃したくないだろうとアレクセイが気を回して、迎え役に指名してくれたのである。素直に嬉しい。


 まあ、微妙に気まずい気分になったが、細かく考えてもどうしようもない。キーラはにまっと笑って、二人の友人を抱きこんだ。


「おひさしぶりー」


 ふわり、と二人の髪から花の匂いが漂う。長い船旅だっただろうに、この二人ときたら、身だしなみに隙がない。見習わないとな、と考えていると、二人からも抱き返された。


「相変わらず子供じゃな。ま、キーラらしくもあり、安心もするが」

「リュシー、どうしてそんなにひねくれていますの。ひさしぶりに会えて、嬉しいですわ」

「だってよ? リュシー、足りない言葉があるんじゃないの?」


 腕を解きながら訴えれば、気取り屋な友人は、ふふん、と鼻で笑う。


「ひさしぶりと云いたいところじゃがの、成長の跡も見当たらない友になにを云えと?」

「あ、失礼な。お互いさまのくせに。というか、あたしにはいろいろあったんだよ?」

「知っておる。だが、それが手抜きの理由になると? なんじゃ、その、適当に選びましたと云わんばかりの服装は。支部長だからこそ、気を遣えと云うのに」


 そう云われて、改めて服装を見下ろした。

 簡素な印象を与える白の上衣に、濃紺の下衣。問題のある組み合わせだと感じないのだが、と首をかしげていると、大げさな溜息をつかれた。「式典の後でいくつかみつくろってくれるわ」、とリュシシィは云いながら肩をすくめる。むう、と、納得できない気持ちが芽生えたが、疲れているだろう友人たちを、早く休めさせたい。


 だから二人の少女と、二人の背後に立つ護衛たちとを、待合場所で待たせている馬車の近くに誘導する。あらかじめ受けた、二人の要望通りに控えめな外装の馬車である。少なくとも、王宮の客人が乗っているとは、だれも思わないだろう。


 それでもふわふわな感触の、上等な椅子に腰かけて、二人の少女たちは溜息をついた。やはり疲れていたらしい。一呼吸おいて動き出す馬車のなかで、三人は向かい合う。落ちていた沈黙がくすぐったくて、キーラがくすりと笑うと他の二人も微笑んだ。


「まったく、これほどの長旅は、本部からマーネに向かった時以来じゃぞ」

「おかげさまで素敵な気分転換になりましたけど、疲れは否定できませんわね」

「ま、簡素な迎えで助かった。ウムブラの王太子にされたような迎えでは、それこそくたくたになっていたであろうからな」


 うんざりしきったリュシシィの言葉に、ふと、顔をあげる。キーラの疑問を感じ取ったのか、軽く肩をすくめたリュシシィは「待たされたからな」と簡単に答えた。キーラも苦笑を浮かべる。同じように待たされた身としては、気持ちがわかると云うものだ。


 そう。実は、ウムブラの王太子も、この日にルークス王国に到着したのだ。


 それも、ウムブラ王室専用船でのご訪問だ。だったら一般船に影響のない到着時間となるよう便宜をはかればよかったのに、見事に、ぶつかる時間帯でのご到着である。代わりにアレクセイがあちこち調整の指示を飛ばした事実を知っているから、キーラはしっかりと「なんだかいけ好かないやつね」という感想を抱いた。遠目に見えたウムブラ王太子の一行が、非常に仰々しい様子だった事実も拍車をかけている。


「なあに。自分の影響力をはかりたいのであろ。意外にちいさなかただ、ウムブラの王太子どのは」

「リュシー。云い過ぎですわよ。そもそも権力者とはそういうものではありませんか」

「まったくフォローになっておらぬな、妹ぎみ?」


 くすくすと笑いながら、二人の姉妹は辛辣に語る。二人の口調に、キーラは気づかされた。どうやら、かの王太子さまは港湾都市マーネでなにか面倒を起こしたらしい。


「面倒というか、厄介事をな」

「よくあることですわ。マーネとの輸出入税率を変えろと云い出しましたの。もちろん、自国に有利な税率でね。ベルナルドさまが困惑してらっしゃいましたわ」

「あらら」


 なるほどねえ、と、キーラは改めてウムブラの王太子に対する評価を下げた。


 ルークス王国や魔道士ギルドに対する対応と云い、本当に、気に喰わない王子さまだ。自国の益を追求するのは、王族ならば当然である。だが、やり方が気に喰わない。


(恩着せがましいというか、鼻持ちならないというか)


 あれ、ふたつとも同じ意味だっけ、と考え込む。ちなみにマーネ市長ベルナルドの心配はしていない。ギルド長の同類に、どんな心配が必要だと云うのか。


「……我らが魔道士ギルドにも、ずいぶんな要求をしたそうじゃな」


 らちもないことで考え込んでいると、ためらいがちに、リュシシィが切り出した。


 ああ、伝わっている。キーラは顔をあげて、リュシシィを見返した。苛立ちと不安とが混ざり合った表情をしている。隣のメグも軽く唇を噛んでいた。


(これが、魔道士たちが抱いた、素のままの感情よね)


 そう思いながら、にやっとキーラは笑った。


「大丈夫よ」

(そう、だいじょうぶ)


 云いながら、キーラは満面の笑顔を浮かべる。自分ではまだ二人を安心させられない。実績がない。でもいまはまだ、長年ギルドを支えてきた狸たるギルド長が健在なのだ。


「じいさまが、やすやすとウムブラ王太子の要求を呑むと思う?」

「思わぬ」

「さすがにそこまで、分別を失ってはおりませんわ」


 二人の姉妹は即答して、ふわりと表情をゆるめた。顔を合わせて、くすくすと笑い出す。


「いやですわ、わたくしたち、やっぱり疲れていたようですわよリュシー」

「じゃな。今日はゆっくり休ませてもらおう。王宮ならば、くつろぎ放題じゃ」

「だね。いい宿泊施設だよ、王宮は」


 お風呂は広いし、食事は美味しいし、部屋は豪華だし?

 にやにや笑いながらそう付け加えれば、華やかな笑い声が、いっそうはじけた。



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