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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十章
168/201

資格は活用してこそ (3)

 なんだかねえ、と、王宮の廊下を歩きながらぼやいた人物はスキターリェツだ。

 歩きながら隣を見ると、スキターリェツは自分の考えに沈んでいるらしく、キーラの視線に気づかない。とりあえず放っておこうと視線を前に戻せば、もう一度繰り返される。


「なんだかなあ」

「あなた、あたしに話を聞いてほしいの、それともほっといてほしいの?」

「あ、ごめん。キーラが隣にいるって、忘れてた」


 たまりかねて訊ねると、やや失礼な答えが返ってきた。


 まあ、怒り出すほどのことでもないか、と、考えながら、いつになくぼんやりとしているスキターリェツの手を取った。「え、」と驚いた声が聞こえたがかまわず、侍女や兵士が使用している食堂に導く。


 いまは朝食の時間だ。見知った顔とあいさつを交わしながら、空いている席にスキターリェツを座らせた。すぐに踵を返して、朝食を二人分受け取って(顔見知りの侍女が手伝ってくれた)、キーラも着席する。食前の祈りを済ませ、「さ、食べましょ」と話しかけると、ようやくスキターリェツは動き出した。


「ええと、キーラ?」

「なによ。食べたくないわけ? お腹空いてないの?」

「や、空いているけど。どうしてここに?」

「お腹空いているときに考え事をしてもしかたないでしょう」


 あっさり云い放って、まずはスープを飲んだ。野菜だけのシンプルなスープだが、香辛料がピリッとしていてすっきり目が覚める。ふうと息を吹きかけながら食べていると、スキターリェツも朝食を始めた。「うま」、と小さくつぶやいたから、にやっと笑いかける。


「でしょう。こちらの料理人も腕は確かなのよ」

「てか、こっちの料理がおいしいってどうして知ってるのさ。きみ、王宮にいたけど、客人としてだからこっちの料理は知らないはずだろ?」


 スキターリェツがそう云うのも無理はない。


 王宮には二種類の料理人がいる。王族や王宮の客に料理を出す第一室の料理人と、王宮で働く者に料理を出す第二室の料理人だ。以前、キーラは客人として滞在していたから、親しくなった料理人は第一室の料理人なのだが、近ごろとある伝手で第二室の料理人と親しくなったのだ。ちなみに、先日、アレクセイを連れて行った屋台は、第二室の料理人の親族が料理を作っている。そう説明すると、スキターリェツは素朴に訊ねてきた。


「その伝手って?」

「ローザよ」


 短く応えると、「あー」と唸って、スキターリェツはさじを動かす手を止めた。


 そのまま食事を中断させた青年を放っておいて、キーラはざくざく食事を進める。今日はいつもより食事時間が遅れたから、お腹の空き具合がいつもよりひどい気がする。豪華にも朝から白パンだ。さすが王宮の食堂、と考えていると、スキターリェツが口を開いた。


「ローザは」

「息子さんが戻ってきたからね、元気になってきたわ。ただ、喫茶店は閉めようかと考えているみたい。年が年だし、ね」


 実は、ローザが経営する喫茶店を任せたいと云う話もあったのだが、キーラは断った。


 かなり心が動いたが、すでに魔道士ギルドの支部長になると決めたのだ。その上で喫茶店経営を引き受けたら、どちらも中途半端になるとわかりきっている。残念だったが、すごく残念だったが、キーラにとっても大切な店だからこそ、丁重にお断りしておいた。


 テーブルの向かいで、スキターリェツは困ったように手を止めたままだ。食べないなら食べるわよ。そう云ってもよかったが、黙っておいた。いまは黙って待とうと決めた。


 スキターリェツがなにを考えているのか。


 わからないようで、実はわかっているような感覚がある。以前はなにを考えているのか、さっぱりわからない人物だったが、あれから交流を重ねてきたのだ。それなりに理解できている部分がある。少なくとも、元の世界に戻ることを選択しなかったことから、まるきり薄情な人間でもなければ、無責任な人間ではないと認識している。


「アリアやカイは、仇を取ることを望むと思うかい」


 やがてスキターリェツの口からこぼれた言葉は、思いつめた響きのある言葉だった。


 食べながらキーラは「さあ」と答えておいた。あいまいな答えに不満を抱いたのか、スキターリェツはまっすぐに見つめてくる。まるで甘えているかのような、まっすぐな批難の眼差しを受けて、キーラは苦笑してしまった。


「あのね。あたしはその二人についてあまり知らないのよ。どうして答えられると思うの」

「アリアとは親しかっただろ?」

「親しいというか、そうね、アリアはあなたのことばかり話してたわね」


 そうしてキーラは、恋する乙女の厄介さを発動したアリアから牽制されていた。


 いま、二人で食事をしているとアリアが知ったら怒り出すだろうか。それとももっとスキターリェツの世話をしろと怒り出すだろうか。自分の考えを振り返り、キーラは笑った。


(あたしって、アリアに対して、怒りんぼのイメージがあるのね)


 それこそアリアが怒り出しそうだ、と考えながら、スキターリェツを見つめる。痛いような心地でスキターリェツはキーラの言葉を受け止めたようだ。


 正直に云えば、意外である。スキターリェツはアリアの好意を軽やかに受け流していた印象があっただけに、アリアの話をしても、もっと飄々と振舞うと考えていたのだ。だが、たしかにいま、スキターリェツのなかにアリアがいる。


 どんな言葉を続けようか。キーラは迷いながら、実は、云いたい言葉などきまっている。


「あのね。二人が仇を取ることを望んでいたとして、あなたはその通りにするわけ」

「それは」

「それがもし、引き受けた役目の妨げになったら、どうするの。役目を全うできない云い訳に、二人の名前を利用するわけ?」


 そうだとしたら、二人に気の毒ね、と、云い放って、キーラはパンをちぎった。


 キーラはアリアやカイを深く知らない。だから二人の希望など、彼らがいない場所で断言できるはずがない。断言してはならない、と、このときのキーラは自分を戒めていた。


 今朝、現れたマティアスに攻撃をしかけておいてどの口が云うのか、と云うありさまではある。だが、キーラにも言い分はある。マティアスを攻撃した理由は、キーラ自身が、マティアスが気に入らないからである。短気と揶揄された攻撃の理由に、アリアたちを持ち出してはならなかった。自分が、そうしたいから、マティアスを攻撃したのだから。


 だからマティアスになぜ怒るのかと問われたときに応じた言葉に後悔しているのだ。アリアを殺したからよ、ではなく、あなたが気に喰わないからよ、と答えればよかった。


「……たくましくなったなあ、キーラ」


 わざと辛辣に応えたキーラを怒り出すでもなく、スキターリェツは苦笑を浮かべた。


 テーブル越しに手を伸ばして、よしよし、と頭を撫でてくるから振り払ってやろうかと考えたが、止めておいた。まだ揺れている眼差しが、どこか、キーラ以外を想っている。


「あたしはわりとこんな感じよ?」

「あー……。そっか。そういうことにしておこう。さ、食事食事!」

「ちょっと、その態度はなんなのよ」


 唇を尖らせたが、猛然と食事を再開させたスキターリェツは軽やかに無視してくれた。

 それでこそ、この、異世界人である。



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