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国盗物語  作者: 深谷みどり
第十章
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資格は活用してこそ (2)

 急遽、アレクセイの執務室に集まった顔ぶれは、これまでとは少々異なる顔ぶれだった。


 まず、『灰虎』の関係者が呼ばれていない。アーヴィングやチーグルはともかく、ヘルムートは呼ぶのではないかと予想していただけに、キーラはちょっと驚いた。


 だが『灰虎』はアレクセイ即位を見届けた後、ルークス王国を去る予定である。だからかもしれないと考えながら室内を見渡していると、見知らぬ顔と目が合った。


 どこか緊張した面持ちの、まだ若い青年だ。ぎこちないなりに会釈してきたものだから、戸惑いながらもこちらも微笑み返した。誰だと不思議に感じたが、この場に呼ばれたということはアレクセイに信頼されている人物なのだろう。あとでちゃんと挨拶しておかなくちゃ、と、考えているところに、ばたんと扉が開いて、最後の人物が現れた。


「すみません、遅れました!」


 いかにも、身支度を疎かにして駆けつけました、と云う風情のロジオンである。


 アレクセイが微笑み、「いえ、急な召集でしたから」と告げれば、ほっとした様子で表情をゆるめ、キーラの隣に進む。上衣の留め金がひとつ外れている。見かねてキーラがちょちょいと直せば、ロジオンは赤面しながら礼を告げた。気にしなくていい、と肩をすくめながら告げると、ふと視線を感じた。振り返れば、アレクセイがじっとこちらを見つめていた。首をかしげると、さりげない仕草で視線を外し、たかと思えば、そのまま皆を見渡した。集まっているのは、アレクセイにスキターリェツ、ギルド長に侍従長、名も知らない青年にロジオン、そしてキーラ、と云う顔ぶれである。


「朝早くから、お集まりいただき、ありがとうございます」


「まったくだよー」と軽い調子で云ってのけたのは、もちろんスキターリェツだ。そのままちらりと新顔の青年に視線を流したから、アレクセイがユーリーと云う名前と、簡単な経歴を紹介する。それから促されたキーラは、ひとつ頷いて、一歩前に進み出る。


「本当に朝早くからごめんなさい。でも人騒がせなのは、突然、こんな時間に現れた不審者であって、あたしじゃないわよ? 睡眠不足の恨みはそのひとにぶつけてね」

「ふむ。その不審者とは?」


 いつもとまったく変わらない様子のギルド長に訊ねられ、ため息のように告げた。


「マティアス。これまで探索してきた青衣の魔道士が現れたの」

「逃げられたのか?」


 表情を引き締めたロジオンが訊ねてきたから、キーラはぎこちないながらもうなずいた。


 そうして朝に起きた出来事を話す。すでに報告しておいたから、アレクセイの様子は変わらない。初めて話を聞かされたそれぞれも、動揺はしていない。ただ、さすがにマティアスが残した言葉には疑問を抱いたようである。いちばんにスキターリェツが口を開いた。


「次は精霊王を消滅させろ、か。……なんであいつに指示されないといけないんだろうね?」

「まったくその通りですが、いま、それを云っても仕方ないでしょう」


 云いながらアレクセイはロジオンを見つめる。ロジオンは納得したようにうなずいた。


「だからわたしが呼ばれたのですね。……残念ですが殿下。わたしは長く、精霊たちと共に生活しておりましたが、精霊王の詳細を知らないのです」

「ええ、キーラから報告を受けています。……精霊王とは精霊を治める存在だが、特定の里に留まらず、ただ一人、秘められた領土から森を管理している。肉体から解放された意志を、ルークス王国にある森の隅々まで広げて、木々の成長を管理している、とね」


「ほう」と興味深そうに合いの手を打ったのはギルド長だ。ロジオンは苦笑してうなずいた。ちらりと寄越してきた眼差しは、よく覚えていたな、と云う意味だろうか。当然である、キーラは紫衣の魔道士なのだ。記憶力は鍛えられているから忘れるはずがない、と考えていると、ギルド長が楽しそうに笑って、キーラに問いかけてきた。


「さてさて。いまの説明から、魔道士として考えられる事態はなにかのう、紫衣の魔道士にして、魔道ギルドのルークス支部長どの?」

(きた……)


 つくづく、人を試すことが好きな爺である。なんでいつもこうなのだ、と云いたい。


 だが、「わからないのか?」と失望したように云われるのは業腹だ。しぶしぶ口を開いて、あれから組み立てた推論を、それぞれの興味深そうな眼差しを意識しながら口にする。


「精霊王とは人間である、と、あたしは考えています」


 精霊と人間。かつて接触した事実を思い出せば、両者に、それほど大きな違いはない。もちろん身体的特徴は異なるし、魔道士と云う意味なら扱う術式が違う。それでも、同じように生き、同じように死ぬ。生物と云う意味で、違いはないのだ。


 だから精霊を治めるという精霊王も特別な存在ではない、という想像の余地がある。ただ、精霊たちが伝える情報の、肉体から解放された、と云うくだりが魔道士たちには特別な意味となる。それは意識体になったという意味ではないかと推測できるのだ。また、肉体と意識のつながりを断ち切った意識体になることは、統一王国時代から魔道士の最終目的だとも云われている。


「つまり、幽霊になることが? いささか変態的な目的だね」


 顔をしかめながらスキターリェツが身もふたもない感想を口にすると、視界の隅で青年が吹き出しそうになっていた。あわてて咳払いして誤魔化すさまを見ながら、ううん、と、首を振りながらキーラは悩んだ。どういう説明をしたらいいだろう。たしかに、幽霊と意識体は似ている。だが、たしかに違うものなのだ。説明を考えていると、ギルド長が「七十点じゃな」とつぶやいて、キーラから説明を引き取った。


「たしかに、意識が肉体から切り離されているという点では、幽霊と意識体は同じと云えるのう。じゃがな、幽霊はしょせん、世界に残った情報じゃ。人間の残骸とも云う。他者を治めたり、領土を管理したり、と云う主体的な行動はできぬよ。生きておらぬからな」

「意識体は『生きている』意識なんだ。老いや病気といった、肉体の影響を受けない存在といえばわかるかな」


 さらにロジオンがギルド長の説明を補足して、魔道士ではない面々を見渡した。


 侍従長もユーリーも消化不良を起こしたような表情をさらしており、スキターリェツは完全に理解を放棄した表情だ。ただ、アレクセイは苦笑を浮かべながら、口をはさんだ。


「魔道的な詳細はわかりませんが、要するに精霊王とは、災いとは異なり、意志を持った存在である、と。そう考えてよろしいのですね?」

「ええ。『生きている』から。人間と同じように、企みごとも出来る存在だと考えて」

「なるほど。だから、『精霊王とは人間である』、か。ルークス王国が建国されたころから存在し、精霊たちを治めてきた人間・・に気をつけろ、とマティは云ったわけだね」


 スキターリェツが簡潔に事態をまとめたところで、それぞれは顔を見合わせた。マティアスに伝言を託されたときから、キーラの頭を占めていた疑問をようやく抱いたらしい。


 なぜ、マティアスは、ルークス王国の秘められた事実を指摘できたのか?


 アレクセイが「侍従長」と短く呼びかけると、侍従長とユーリーがそろって頭を下げた。


「至急、我が一族に伝わる文書を探らせましょう。精霊や精霊王に関する記述をすべて」

「お願いします。……ロジオン」


 二人の報告を受け、アレクセイは続いて、ぽかんとしていた元魔道士に声をかけた。

 二度呼ばれ、ロジオンは慌ててアレクセイを見た。アレクセイはひとつ頷き、


「ご足労ですが、滞在していた精霊の里に行っていただけますか。先日、こちらが精霊たちを監禁していた件を謝罪するがてら、精霊王に関する情報を集めて来てください」

「ならば、わしも行こう。年寄りもおったほうが、箔がつくじゃろ?」


 ロジオンはためらった様子だったが、ギルド長を見て、アレクセイにうなずいた。


 そうしてアレクセイはスキターリェツとキーラを見て、ゆったりと笑いかける。なにを指示されるかと身構えていたキーラは、続いた言葉に拍子抜けした。


「お二人にはお願いすることはありません。キーラ、報告、ありがとうございます。どうぞ、魔道士ギルド、それぞれの支部長としての仕事にお戻りください」



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