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国盗物語  作者: 深谷みどり
間章
156/201

(5)

「おはよう、王子さま」


 それから数日を数えた朝の出来事である。


 アレクセイがいつものように身支度を整えて食堂に向かえば、いつものような朝食の用意はされていなかった。女官長もおらず、代わりにアレクセイを待ちかまえていた人物は、数日ぶりに姿を見かけるキーラと、もう二人。ヘルムートとアレクセイ・・・・・だ。唐突に現れた自分自身に、さすがに驚いて足を止めると、満足そうに笑うキーラが見えた。そうか、とすぐに思い出す。


「パストゥスのときと同じですね? わたしの姿を」

「そう。ロジオンに王子さまの姿を重ねたの。今日一日はこのままでいてくれる予定よ」


 魔道のからくりをざっくりと説明したキーラは、ふと、ためらいを見せた。


 なぜこんなことをしたのか。もちろんアレクセイは訊ねようとしたのだが、キーラの云いよどんだ様子に閃くものがあった。わざわざアレクセイの偽物を用意する意味。考えてみれば、それはたったひとつしかありえない。強ばったロジオンの様子も裏付けている。


「わたしに休暇を用意してくださったのですか」


 苦笑を浮かべながら問いかければ、キーラはばつの悪そうな表情を浮かべる。ちらりとアレクセイを見上げ、すぐに視線をそらし、いつになく歯切れの悪い口調で答えた。


「いまの状況も、優先順位もそれなりにわかっているつもりよ。おせっかいだと自覚もしてる。……ただ、もしかしたらいまの王子さまには必要じゃないか、と思って、提案だけしてみようかと考えたの」


 ――――いまのアレクセイには必要じゃないか、と思って。


 訥々と伝えられた内容に、苦笑が深まる。たしかにアレクセイは執務とは関係ない時間を必要としていた。街に出て、雰囲気を味わいたいと願っていた。


 だが、それをなぜ、王宮から魔道ギルドに移ったキーラが察しているのだろうと考えれば、理由などわかりきっている。アレクセイの最近を、何者かが、キーラに伝えたからだ。


「ユーリーですね」


 思い当たる人物、補佐役として抜擢した文官の名前を告げれば、もごもごと「云い訳」を並べていたキーラがぴたりと沈黙する。むっつり黙り込んだ理由は、文官が咎められると考えたからだろうか。そこまで仕事中毒のつもりはないが、と考えながら仲間を見つめる。


 青みがかった灰色の瞳は、いつも通りに揺らいでいない。見事な人選、と感心した。冷静沈着な副団長ならば、偽物ロジオンのフォローもしてのけるだろう。


 いまも『灰虎』の仲間たちは客人として王宮に滞在している。アレクセイの即位を見届けた後、ルークス王国を立ち去る予定となっているが、それまでの宿賃代わりだ、と、懐深い仲間たちは自主的にアレクセイに助力してくれているのだ。


「お手間をとらせますね」

「報酬はちゃんと請求するつもりだ。――――キーラ・エーリンに」


 ひとこと詫びれば、ヘルムートは短く応えた。


 想定外の内容だったのか、「ええっ」とキーラが声をあげた。「ちょっと待ってよ、天下の『灰虎』をこき使ったらいくらぐらいかかると思ってるのよ?」と気色ばんでヘルムートに問いつめている様子を眺めて、軽く噴き出した。


 結局、仲間に頼っている。そう考え、複雑に感じていた気持ちが、すっかり吹き飛んだ。キーラとヘルムートのやり取りは適当に聞き流して、ずっと沈黙したままの偽物、ロジオンに視線を向ける。


「お願いしても、大丈夫ですか」


 すると、ロジオンは、ふっ、と笑って見せた。あからさまに、やさぐれている。


「大丈夫なわけがない。大丈夫なわけがないでしょう。しかし手段を選ばぬキーラに逆らおうなんて、そもそも無謀なんですよ。レフをしつけられなかったことへの懲罰とかなんとか云われましたが、納得できるはずもありません。ですが、わたしも男です。たとえだまし討ちに近い形であろうとも、一度、了承した依頼には全力で応えます。ばれたらやばいと重々承知の上ですが、いざとなったら、ヘルムートどのにおすがりしますよ……っ」

(本当に、大丈夫なのか)


 むしろ、ロジオンの精神状態が。


 思った以上にプレッシャーを感じているらしい、ロジオンを眺めていたら、止めておいたほうが彼のためだとも感じるが、どうやら傍らで、ヘルムートに言い負かされたらしいキーラを想えば云い出しづらい。相手は、『灰虎』のお財布事情を握るヘルムートなのだ。すでにいまの時点でも、キーラに何らかの要求をすると思われる。ヘルムートにむしりとられ、善意によるせっかくの提案も却下され……、それは、あまりにもキーラが気の毒だ。などと、うそぶいてみる。


「では、朝食は街でとるのですね?」


 ロジオンは気の毒ではないのか、と云う設問には面倒だから気付かぬふりをして、ちょっと暗雲を背負ったキーラに語りかけた。「あー、うん」、ひとまず虚ろに応えたキーラは、しかしすぐに気分を切り換えたらしい。にっこり、と微笑んで、アレクセイに向かい合う。


「おいしい屋台を見つけたからね。料理長の料理も美味しいけど、たまにはいいでしょ?」

「そうですね」


 ――――あれこれの事情を考えれば、キーラの提案にのるべきではないとわかっていた。


 だが、必要なのだ、と、アレクセイ自身は感じていたのだ。どうしようもないほど覚えていた違和感は、日を追うごとに強くなるばかりだった。もともと思い立ったらすぐに行動してきた彼である。だからこそ、キーラの提案はちょうどよかった。


(利用させてもらおう)


 心のなかでつぶやいて、アレクセイはあっけなく、本日の予定を変更したのである。



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