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国盗物語  作者: 深谷みどり
間章
154/201

(3)

 深く懐に入りこまれた問いに、アレクセイは眉を寄せた。

 最初に覚えた感情は反発だ。なぜ、おまえがそれを問いかける。この国を変えた責任を感じているというなら、なぜ、偽物王子でしかない自分に、このルークス王国を委ねるような態度でい続けている。


 瞬間的にそこまで考え、だが、まぶたを伏せて自制した。


 それは、『ルークス王国王太子として』、云ってはならない詰問である。なにより、スキターリェツは部外者だ。関係ないのに、贄として召喚された異世界人だと忘れてはならない。


 アレクセイは沈黙を置いて、口端をもちあげた。虚勢にも似た挑発、いま、自分を動かす感情はそんな名前だろうか。意識のどこかで、皮肉な心地でつぶやく。


「少なくとも、議院内閣制で治めようとは考えていませんね」


「ふうん?」、驚きも落胆も感じさせない態度でスキターリェツは相槌を打った。あまり熱意を感じられない態度で、「どうして?」と訊ねてきた。


 この問いに答えなければならない理由はあるだろうか。いまさらながらに気づいたが、答えを拒絶するほどの問いでもない。再び紅茶を飲み、ため息を交えながら口を開く。


「現状がその答えと云えるでしょう。これまでの十年間、議院内閣制度において、たしかに有益な政策は実行されていました。ですが現在、看過できぬ問題が発生しているというのに、責任の所在が不明であるだけではなく、対抗しようとする議員がいない、育っていない。それどころか、旧体制の代表格であるわたしに、すべての政務を押し付けている時点で、議院内閣制を続けなければならない理由は消失していると思われるのですが?」

「あっはー。アレクセイ王子、そうは見えないけど、かなりお怒りモードなんだ?」


 にへらと笑う姿に、苛立ちを通り越して脱力を覚える。


「それなりに」、短く云い換えながら、スキターリェツを見る。


 召喚された異世界人。正直に云えば、災いが消えた今でも、このルークス王国に留まっている理由は不明だ。この世界に責任がある、とキーラに語ったようだが、どこまで本気か、知れたものではない。なにを考えているのか、さっぱりわからないのだ。マティアスという青衣の魔道士を探索しているキーラに協力はしているが、次期後継者として勧誘している魔道ギルド長の誘いには、のらりくらりと交わしている。


 だから良い機会だ、と考えたアレクセイは率直な行動に出た。


「あなたは今後、どうするつもりです?」


 まっすぐに問いかければ、きょとん、と、スキターリェツは目を丸くする。そうすると、年齢不詳な顔立ちと相まって、ひどくあどけなく見えるから厄介な人物だと感じる。苦々しさを覚えながら見つめていると、ぷ、とスキターリェツは吹き出した。爆笑する。


「あっ、はははは! 訊いちゃう? アレクセイ王子、訊いちゃうんだ、それっ?」


 やだよー、なんて王族らしくもなくストレート、などと笑い混じりに漏らすものだから、アレクセイは今度、フォークをもちあげた。剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、スキターリェツは両手を挙げて降参の意志を伝えてきた。まあ、ささやかな苛立ちだという自覚はあったものだから、アレクセイもおとなしくフォークを置いた。コホン、と背後で咳ばらいが響く。女官長はカトラリーを粗末に扱うことを好まない。軽く肩をすくめて、改めてスキターリェツを眺めた。ようやく爆笑の気配が退散しようとしている。


「そこまで笑われるとは心外ですね」

「いやだって、笑うしかないじゃん。僕たち、控えめに考えても友好的な関係じゃないし? 忘れてないよー、すべてが終わったら僕を殺す、と、宣言してくれちゃってたよね? あれ、無効にするのアレクセイ王子? 僕はきみの親友の仇だよ?」


 カッコワルーイ、と云う揶揄は、いっそわざとらしいまでの挑発だ。のせられてやろう、と考えて、ふ、とアレクセイは微笑んで見せた。


「あなたくらいいつでも殺せますよ。キーラも協力してくれますしね」


 するとたちまち、顔をゆがめてスキターリェツは顔を背けた。反撃成功。思った以上に爽快だ。余裕を保って微笑みを深めると、陰険な雰囲気でスキターリェツはつぶやいた。


「……やだねー。王子さまってば、なにさまのつもりさ。ちょーっと、キーラが自分に忠実だからって。……まさかと思うけど、キーラを自分のものだと考えてるわけじゃないだろうねー? やめてくれよ、キーラにそんな感情はない。勘違い男は痛々しいよー?」


 ぶつぶつとつぶやいているスキターリェツは、キーラに対して恋情を抱いていない。だがまるで、妹を溺愛する兄のようなありさまである。なるほど、と胸中でつぶやく。


(スキターリェツがこの国に留まる理由のひとつは、キーラ、か)


 わかりにくい相手の、わかりやすい理由に、つい、とりつくろえない苦笑がこぼれる。


 キーラをわかりやすい弱点に据えて、自分にも隠そうともしない異世界人は、つくづくと気楽な立場にあるのだ、と思い知らされた。一人の少女に振り回されている単純な在り様を、少しだけうらやましく感じた。感傷だな、と、すぐに自分を笑ったが。


 ちなみにぶつぶつつぶやいているスキターリェツは「ああ、でもアレクセイ王子の命令に渋々従って、泣きながら僕を攻撃してくるキーラっていいなあ。萌え? いやいや、これは愛。恋情よりも強い兄妹愛だよねっ」などとつぶやいている。かなりうっとうしい。


 ひとつ、息を吐いてアレクセイは立ち上がった。まだ会話は途中だが、もう切り上げてもいいだろう。政務も執らなければならない。頭を下げた女官長の前を通り過ぎて部屋を出て行く寸前、スキターリェツの答えを聞いて、アレクセイは小さく笑った。


(キーラを守る、か)


 ならありがたいと思っていてもいいのだろう。アレクセイはそうして、思考を切り替えた。


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