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国盗物語  作者: 深谷みどり
第九章
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反撃するための資格 (15)

 小さな笑声が部屋に響いている。こぽこぽと紅茶を茶器に注いでいたキーラは手を止めて、笑い続けているアレクセイを振り返った。率直に感じた意見をぶつける。


「王子さま。ここは笑うところじゃないと思うんだけど」


 書類を決裁していたアレクセイは、「失礼」と軽く詫びたが、顔は笑ったままだ。何がそんなに楽しいのか。この青年の笑いツボはいまいちわからないなあ、とキーラは考えながら、用意し終えた紅茶をテーブルに運んだ。すでに夜食も並べている。今日は甘くない焼き菓子だ。いつもより軽いが、量はしっかり二人分だ。だから今夜もアレクセイに引き止められて、キーラはアレクセイの私室にいた。ついでに、既に報告し終えた災いを消滅させたありさまを改めて語っていた、と云う次第である。


「ギルド長や他のやつらの困惑を想像するとね。……まったく、あなたらしい」


 仕事を中断させて、アレクセイはそう云いながら、室内を移動した。軽めな夜食を見て唇をゆるませ、キーラが淹れた紅茶を飲む。見届けて、キーラも菓子をつまんだ。かしりかしりと、木の実がたっぷり入った焼き菓子を堪能して、首をかしげる。


「わたしらしいって、どういうこと?」


 焼き菓子には手を付けず、紅茶を楽しんでいたアレクセイが苦笑する。


「わたしたちのルールが通用しない、と云うことですよ。好意的に云えば、毒気を抜かれる。あまりにも普通だから、戦闘意欲がそがれる、と云うことです」

(そういえば、昔、スキターリェツにも云われたっけ)


 普通の女だから、なにかを破壊しようとする人間には足手まといにしかならない。

 スキターリェツの言葉を改めて思い出し、当時に覚えた感情がまったく浮かんでこない事実に気づいた。悔しさも納得も、まったく感じない。平坦なのだ。たとえて云うなら、あなたの瞳は濃藍色ですね、と云われた感覚だ。そんなこと、もう承知している事実だから、何も感じない。


「それは、あなたにとって都合の悪いこと?」


 ただ、アレクセイにとって、キーラの特徴がどういう意味を持つのか、が、気になった。


 アレクセイは驚いたように動きを止め、キーラを見返した。

 キーラが浮かべているまじめな表情に困惑した気配を漂わせたが、それでも茶器を唇から放し、軽く考え込む。「そうですね」、場をつなぐようにつぶやきながら、やがて、アレクセイは唇をゆるませる。


「いまはそれほどでもありませんよ。慣れました」


 微妙に引っかかる物言いである。いまは、と云うことは、以前はどうだったのか。


 むむ、と眉間にしわを寄せれば、アレクセイの微笑みはますます深くなった。キーラの複雑な心理などお見通しらしい。だったら、なにか云ってほしいのに、アレクセイはなにも云わない。


 しばらく不毛なにらめっこが続いて、やがて飽きたキーラは菓子をつまんだ。


 まあ、と、考える。なにも云わないということは、結局、問題はないということだろう。慣れました、と云う言葉に、なんだか申し訳ない気持ちになるが、よくよく考えればお互いさまだ。過去を振り返れば、キーラも結構、ひどい扱いを受けている。職を失うわ、だまされるわ、あげくに犯罪者でもないのに魔道封じの腕輪を無理強いされ、監禁された。


(そう考えると、あたしってお人好しなの?)


 いま、その犯人とこうして和やかに夜食を一緒にしている自分は、軽く驚きの対象だ。そんなことを考えていると、アレクセイが「そうそう」と思い出した様子で口を開いた。


「確認し忘れていました。あなたはそれで、スキターリェツに協力するのですか?」

「そのつもり。その代わり、スキターリェツにもこちらの目的に協力してもらおうと思って。……なにか、不都合があった?」


 あっさりと答えると、アレクセイはあからさまに顔をしかめた。


 スキターリェツに協力する過程で、アレクセイが不利益をこうむることはないと考えたから引き受けたのだが、キーラには気付かない問題があったのだろうか。「いいえ、別に」、そう応えたものの、アレクセイの様子に変化はない。変わらず、不機嫌そうだ。ため息をついて、キーラはアレクセイを睨む。


「嘘つきね。そんなに不機嫌そうに否定されても信憑性がないわよ」

「いいんです、気にしないでください。ただ、もし」

「もし?」

「……わたしの目的とスキターリェツの目的がぶつかることになったら、あなたはどちらを優先させるのか、と考えただけですから」


 思いがけない言葉だった。きょとん、と見つめ返せば、アレクセイは居心地悪そうに身動きする。遅れて気づいた。まあ、色めいた方面で誤解してしまいそうな言葉ではある。


(でも、ありえないから)


 しかし、そうとわかっていても、ちょっと意識させられた身には応えにくい言葉だ。平常心、平常心。云い聞かせながら、かしかし、と焼き菓子をかみ砕く。うん、と吹っ切るように大きくうなずいて。


「そんなの、王子さまを優先させるに決まってるじゃないの」


 あっけらかん、という響きになるように意識して、言葉を放り出した。


 キーラの答えを聞いたアレクセイは、驚いたように目を見開いて、やがてゆるゆると微笑みを浮かべた。キーラはちょっと目をみはる。ほとんど初めて目にする青年の笑顔だった。この上なく満足そうで、少しばかり照れたような、それでいてとても素直だと感じる。


 見届けたキーラも、ちらり、と気恥ずかしい心地で笑う。決めていることを正直に云っただけだ。キーラのいちばんは既に決まっている。でも口にすると、やはり恥ずかしい。


「……あなたの使い道、ひとつ、思いつきましたよ」


 ひどく甘やかな表情で、偽悪的な言葉を云う。アレクセイらしいな、と、キーラは笑った。



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