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国盗物語  作者: 深谷みどり
第九章
142/201

反撃するための資格 (6)

(あたしに出来ることはなにかしら)


 案内された部屋で身体を休ませながら、キーラが想うことと云ったらそんなことだ。


 そもそも深夜を狙って城に忍び込んだため、与えられた休息の時間は短い。だが眠ろうとしても、名前を捨てた青年の様子が気がかりで眠りにつけそうになかった。いつになくはかなく見えた青年は、なんともやりきれない気配を漂わせていた。自嘲、にも似ている。


 ――――青年をやりきれなくさせているのは、アレクセイ王子の居場所を奪った事実だ。


 本物のアレクセイ王子がどんな存在だったのか、『灰虎』以外の誰も知らない。アレクセイと云えば、目の前の青年を示す名称となっている。青年は確かに、名前もなにもかも捨て去ったが、本物のアレクセイ王子も名前もなにもかも捨て去っている。『アレクセイ』は生き続けるけれど、それは亡き親友ではない。そんな事実が、きっととても哀しいのだ。


 ごろり、と寝返りを打って、キーラは宵闇が落ちた天井を見た。あれから迎えに行ったレジーナの眠っている気配がすぐ近くにある。ちょっとだけ和んだ。でもすぐに、青年を想う。考える。どうしたら青年をしあわせに出来るのだろうか、と。


 いっそ、偽物王子としての役割なんて放り出してしまえ、と云いたくもなる。そうしたらアレクセイはアレクセイとして扱われるし、ミハイルもミハイルとして感情を解放できる。でも云えやしないし、云うつもりもない。なぜなら偽物王子としての役割は、青年にとって、友人から委ねられた大切な贖罪だと気づいているから、なおさら。


 あの瞬間、本来の青年自身、ミハイルとしての時間を与えれば解放されるのではないかと考えたのだ。だから、そう呼びかけた。でも呼びかけた瞬間に気づいた。気づかされた。


 それは青年にとって、現実逃避でしかないのだ。


 本来の自分とやらに戻ったところで、やるせない、と感じる現実が変わるわけではない。


 だったらあきらめるしかない。もう、アレクセイは自分なのだという現実を生き切るしかないのだ。やるせなさを覚えながら、そう、自分を見極めている青年に気づいた。


(だから、なにも云えなかったのよ)


 青年の抱える事情は、すでに青年が解決すべき領域だ。キーラが叶わない夢を一人で処理したように、青年もやるせない感情を一人で処理するだろう。他者の慰めなど、余計な雑音など不要なのだ。だからキーラは黙って立ち去ったし、青年もなにも云わなかった。


(ちゃんと云ってね、王子さま)


 もはや、キーラの力が必要ならば、何でも云え、という心地である。


 あれだけ言葉を並べたのだから、遠慮なく云いつけると本人も云ったのだから、ちゃんとキーラを利用すると思うのだが、ときどき、青年はとてつもなくお人好しになるから不安にもなる。キーラの魔道能力が失われた事実など、青年が気にする必要はないのだ。


 とろり、とようやく眠気がやってきた。ふう、と、まぶたをつむろうとしたとき、むくり、と傍らの生き物が身体を起こす気配がした。


「レジーナ?」


 そっと呼びかければ、グるる、と低く唸る声が響く。普通ではない。


 眠気を蹴り出して、キーラは身体を起こした。感覚を研ぎ澄ます。耳がかすかな音を捕らえた。ばたばたと走る音だ。なにか、起こったのだ。着の身着のままで寝台に入っていたからすぐに動ける。動き出したレジーナを追いかけるように、扉に近寄り、開けた。



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