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国盗物語  作者: 深谷みどり
第八章
135/201

無資格は行動しない理由になりません (11)

(え、)


 いやな名前を聞いた、と、いちばんに感じた。


 少なくとも、ここで聞きたくない名前だ。なんで。なぜ、いま、その名前を聞かなくてはならないのか、と、キーラは硬直した。やがて、ぎぎぎ、と動いて、仲間たちの反応を見る。チーグルは眉間にしわを寄せており、残る二人はそろって横に、首を振っていた。


 どうやらアレクセイの訪問は、彼らにとっても想定外であるらしい。それはそうだろう。そもそも今回の作戦は、スキターリェツに依頼されたもの。アレクセイは関わっていないし、知らせてもいない。


 なのになぜ、この時機に、やってくるのか。混乱していると、扉の向こうが騒がしくなった。「あ、待て!」、そんな声も聞こえる。なにが起こったのか、と考えている間に、扉が動いた。開いた先に、アレクセイが立っている。


「夜分遅くの訪問、失礼いたします」


 悠然と微笑んで、ゆっくり部屋に入ってくる。ちらりとチーグルらと視線を交わし、まっすぐに寝台に進む。呆然と見つめたが、キーラには視線を向けない。唇を結ぶと、「娘」、と王弟から呼びかけられる。「手を貸せ」と云って、身体を起こそうとしているから、なにも考えないまま、王弟の身体を支えた。軽い身体を枕で支えて、王弟もアレクセイを見る。


「たしかに非常識な訪問だな。十年の間に、礼儀も忘れ果てたか」

「急を要する用件でございましたので。ですがその前に、……よろしいでしょうか?」


 了承を求めると同時に、すでにアレクセイは動いている。身をかがめて腕を伸ばし、王弟を抱え上げた。くるりと踵を返しながら、「キーラ」と呼びかけてくる。はっと見あげると、眉を寄せたアレクセイが、つい、と顎で扉を示す。


「あなたも部屋から出てください。モルスの煙の効果をご存じでしょう」

(忘れてた)


 会話に夢中になった事実に続く、二度目の失態だ。アレクセイに続いて部屋を出て、侍従たちが遠巻きにしている廊下に出た。ふと眉を寄せる。魔道士がいない。だからアレクセイがここまで来られたのだろうが、どうして魔道士がいないのか、と云う疑問がある。


「魔道士たちはどうした」


 同じ疑問を抱いたらしい王弟が訊ねると、廊下を進みながら、アレクセイが応える。


「魔道士ギルドのギルド長と異世界人にご協力いただきまして。捕縛いたしました」

「罪状は」

「さて、……なににいたしましょうか。傷害罪、内乱罪、強要罪、さまざまにあてはまる罪名がございますから、叔父上と相談して決めましょうか」


 やがてたどり着いた先は、王の部屋から少し離れた場所にある部屋だ。モルスの匂いが少しも漂っていない、安全な部屋だ。いささか女性的な内装だから、王妃の部屋だろうか。どうやら部屋を整えたらしい侍女が寝台近くに立っていて、アレクセイと王弟を見るなり一礼した。「ご苦労」と短く告げたアレクセイが寝台に王弟を横たえる。ふう、と王弟が息をついた。キーラもいまさらであるが抑えていた呼吸を戻して、深く呼吸を繰り返した。


「ところで、そなた、この十年の間に、ずいぶん面変わりしたようだな」


 とっさに息をつめた。なぜならまだ、ここには侍女がいて、廊下から侍従がのぞきこんでいる。第三者がいる状況で、アレクセイが偽物だと騒がれたらまずいのだ。ところがアレクセイはゆったりと微笑んで、「おかげさまで」と返した。王弟も、ふ、と微笑み、人払いを侍女に命じる。アレクセイもカジミールらに見張りを頼んだ。チーグルとキーラ、アレクセイと王弟だけが部屋に残る。セレスタンが扉を閉めたあと、王弟は口を開く。


「さて、……さまざまに帳尻を合わさなければならないことがあるようだな」

「そうですね。魔道士たちによって、めちゃくちゃにかき回されたものですから、国内国外、共に問題が山積みだ。どうしたらよいのか、わたしも頭が痛いですよ」


 わずかに本気が混じる声音に、平然とした様子で王弟が応える。


「簡単であろう。十年前、王弟による王位簒奪が起きた。第一位王位継承者はかろうじて逃れられたが、魔道士どもの支援を受けた王弟は兄王を殺し、自らが王位について、以降十年、自らが考え出した政策を実行してきた、と、事実・・を知らしめれば良い。そうして十年を経て、正統なる王位継承者が味方を得て戻り、簒奪王を捕縛したとな」


 それは、自らの死刑執行書に署名する言葉だった。


 キーラは眉間にしわを寄せる。アレクセイはじっと王弟を見つめた。王弟は穏やかな様子でアレクセイを見つめ返している。すい、と、目を細めてアレクセイは口を開いた。


「納得できないな。兄殺しまで実行しておいて、なぜ、そこまで物分かりがいい?」

「『アレクセイ』、叔父に向かって言葉が過ぎるのではないか」

「あいにくだが、こっちが地なんでね。そもそも、おまえはおれの叔父じゃない。おれが敬愛を捧げる相手でもない。わきまえなければならない礼儀など知らないな」

「正直なことよ。……そなたは、アレクセイのなんだ?」


 王弟の問いかけに対して、奇妙にも、アレクセイは唇を結んだ。


「かけがえのない友人ですのじゃ。そのものはアレクセイ王子の親友であり、三か月ほど前、かの王子が命に代えて護りきった存在でもあります。亡くなる前、王子はこやつに、自らに擬態し故国を解放してほしいと依頼したのですじゃ」


 沈黙したアレクセイの代わりに、進み出たチーグルが王弟に応える。王弟はチーグルを見て、アレクセイを見て、そっと瞑目した。


 キーラはアレクセイを見た。なぜ、即答しなかったのだろう。不思議に感じたが、痛みを漂わせている横顔を眺めているうちに、ふいっと閃いた。そうか、と、ようやく気付く。


「――――あれは、この十年、しあわせであったか」


 瞑目したまま、王弟がつぶやくように問いかけてきた。今度もチーグルが応える。


「さて。しあわせかどうかは、本人だけが知る事実でしょうな。であるからこそ、わしらに訊ねられても、正しい答えにはなりませんのじゃ」

「そうだな。たしかに、そうだ」


 苦笑を浮かべて告げた王弟は、静かにまぶたを開けた。唇を結んだまま、立ち尽くしているアレクセイを見つめる。じっと見定める眼差しを向けて、「負けたからだ」と告げる。


 いぶかしげに眉を寄せたアレクセイに笑いかけながら、王弟はさらに言葉を継いだ。


「わたしは兄王を殺害することはなしえたが、国を背負うことができなかった。しょせん、軍人上がりだからな。国を奪うには器が足りなかったということであろうよ。あげく魔道士の操り人形になるしかなかった簒奪者に、未来などあっても良いと思うか」


 瞠目したアレクセイに、そなたはわたしを利用するがよい、と、王弟は続けた。


「王族ではない。しがらみもない。それでも、アレクセイに守られた事実だけを理由に、この国を背負おうとしているそなたに、詫びの証として、わたしのすべてを委ねよう」


 わたしを処刑するがよい、と繰り返して、王弟は目を閉じた。



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