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国盗物語  作者: 深谷みどり
第八章
131/201

無資格は行動しない理由になりません (7)

 途中で休憩をはさみ、たどり着いた街は予測通り、寂しい印象がある街だった。

 街から望める高台に、くすんだ赤色の城がある。石ではなくレンガ造りの城とは珍しいな、と考えていると、一足先に宿屋を探すために街に入ったキリルが戻ってきた。ひょい、と、窓から馬車のなかをのぞきこむ。おとなしい雌虎を眺め、むずかしい顔をする。


「キーラ。レジーナは馬車のなかに押し込めていても暴れ出しませんか」

「大丈夫だと思うけど、……やっぱり宿屋では虎の出入りは厳禁だった?」

「あたりまえでしょう、猛獣なんですよ! ましてやいまのあなたは魔道士でもない、ただの一般人ですからね。安心しろ、と云える根拠がないです。事実、僕たちだって身構えるところがあるんです。戦いも知らない、民間人はますます安心できないですよ」


 そうか、とつぶやいて、レジーナの首筋を撫でる。


 ごめんね、と話しかければ、気にするな、と云わんばかりに指を舐められた。ひょい、と、先にチーグルが馬車から降り、心を残しながら、キーラも馬車を降りる。ごめんね、ともう一度話しかけて、馬車の扉を閉じた。


 それにしても、と、馬車を引く馬たちを感心して眺める。すぐ近くにいる猛獣の気配に動じていない。スキターリェツがなにかしたらしいが、さすがに詳細はわからない。


 惜しいな、と心のなかだけでつぶやいて、先に歩き出しているチーグルとキリルに続いた。宿屋の手続きはもう終わっている、と教えられて、カジミールとセレスタンがいない事実を不思議に感じた。きょろきょろと二人を探しているキーラをキリルが振り返る。


「二人なら、裏付け調査に向かいましたよ」

「え? でも必要な情報はスキターリェツが渡してくれたんでしょ?」


 するとキリルは、わかりやすく呆れた表情を浮かべた。くるりとキーラに向き直って、「だからなんです」と続ける。真っ向から切り返され、戸惑ったキーラは口ごもった。


「ええと、だから、調査は必要ないんじゃないかな、って」

「スキターリェツが渡してきた情報は、最新の情報ではないでしょう。僕たちはこれから少数で王城に忍び込むんです。ギルド長による守りがあるとはいえ、魔道士に立ち向かうんだ。どれほど慎重になっても、慎重に過ぎることはありません」


 それにそもそも、と、キリルの美少年顔が、苦みを帯びる。


「僕はあなたほど、あの人間を知らないので。知っていることはアリョーシャ王子を害した人物が仲間だという事実だけなので、信頼しようとは思えないんですよ、あしからず」


 まわりの目を気にしたのか、婉曲的な表現だった。


 なにも云えないでいると、そのまま、キリルは歩き始める。二、三歩、先を進んで、再びキーラを振り返って、「遅いですよ!」と一喝する。あわててキーラも足を動かした。


(あたし、いろいろと足りないのかしら)


 キリルが抱く、スキターリェツへの不審を目の当たりにして、そう感じたのである。


 警戒心というべきか、あるいは、情というべきか。

 スキターリェツの仲間、マティアスが想い出の少年、本物のアレクセイ王子を殺害した事実を覚えている。けれど、その事実がすなわち、スキターリェツへの警戒心へと結びついていない。以前、ルークス王国に一人でいたときはバリバリに警戒心を働かせていたのに、と、思い出す。そう思うと、ますます縮こまりたい心境になる。


 しかたないと云えば、しかたないのかもしれない。なぜならスキターリェツは、なぜか初めて会ったときからキーラに対し、好意的だった。いろいろとからかうけれど、いろいろと企んでキーラももちろん利用しているひとだけど、それでもあの夜から警戒が働かなくなった。


 そもそも、と、反省する心地で考える。いま、アレクセイの味方でいる事実にも、こうして簒奪王を取り戻しに行かせる事実にも、なんらかの思惑があるだろうに。


(もしそれが、アレクセイを傷つける結果に結びついたら……?)


 ようやく思い至って、ぞっとする。アレクセイの味方でいると決めたのだ。それなのに、アレクセイの足を引っ張っていたら、本末転倒だ。ぶるっと怯えていると、すっとチーグルが隣に並んだ。ささやくような声で、キーラに話しかける。


「大丈夫じゃよ。だからこそ、ニコライもアーヴィングらも、サルワーティオーに残ったのじゃ。そうしておまえさんを送り出した。アレクセイ王子を傷つける結果にならん」


 アレクセイの身は守られている、と云うささやきに、肩から力を抜いた。

 それにの、と、チーグルは続ける。


「少なくとも今回、スキターリェツとやらが企んだ内容には悪意はないように感じるぞ。あの男は味方すると決めたときには芯から味方する男じゃろう。じゃからこそ、いまは、安心しても良いように感じる」

「でもそれは、災いを倒すまで、ですよね」

「そういうことになっておるの」


 スキターリェツがアレクセイの味方になった理由は、災いを倒すため、という名目だ。


 ふと、キーラは唐突に気づいた。


 だからアレクセイは、災いを倒そうとするキーラを邪魔だと感じたのだろうか。ルークス王国には、アレクセイを悩ませる要因がたくさん存在する。スキターリェツまでもこき使って問題を片づけようとしていた状況なのだ。だから災いを消滅させようとするキーラの行動は、アレクセイの苛立ちを誘っていたのだろうか。


(……わからないわ……)


 アレクセイの思惑を考え始めたら、キーラはたやすく行き詰まる。


 少し前まで、心を開いてくれた感触があっただけに、距離を置かれている現状は素直にくやしい。でも、と、思い直した。だからこそ、話を聞かなければならないのだ。


(チーグルに、感謝ね)


 確かに云われた通りだ。自分の頭で考えていても、アレクセイのしあわせは見えてこない。なにを望んでいるのか、なにをしたら喜んでくれるのか。サルワーティオーに戻ったら直接訊ねてみよう、と考えた。気分が浮上していく。もちろんその前には、簒奪王を救出しなければならないのだろうけど、そのくらい、こなさないと、と、こぶしを握った。


(がんばれっ、あたし)


「キーラ? 今度は進み過ぎですよー」


 意気込んで歩いていると、いつのまにか、立ち止まっていたキリルに呼び止められた。

 いまいち、しまらない。羞恥に頬を熱くしながら、あわてて引き返し、レンガ造りの宿屋に入っていった。



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