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国盗物語  作者: 深谷みどり
第八章
129/201

無資格は行動しない理由になりません (5)

(なによ。なによなによなによ!) 


 ずかずかと王宮の廊下を進む。瀟洒なワゴンががらがらと乱暴な音を立てている。

 だが感情が鎮まるにつれて、だんだんと恥ずかしく感じ始めた。アレクセイに訴えた部分もそうなら、いま感情的になっている自分も恥ずかしい。まだ廊下の途中だが、足を止めて、ぺちぺちと頬を叩いた。頬に手を当てたまま、ほう、と息を吐く。


 そうして過ぎったものは、空回りしているなあ、と云う思考だった。


 なんといっても、魔道能力を失ったのだ。そもそもキーラはただの魔道士ではない。世界最高峰に位置する紫衣の魔道士だった。だからどうしても、魔道能力を失ったという事実によって、自分もまわりも変わらざるを得ない現実を悟ってはいる。


 たとえばギルド長はいまだに、哀しみを漂わせている。チーグルは意外にも平然としているが、アーヴィングやキリルは過保護になった。セルゲイやヘルムートはあまり態度を変えていないが、災いを消滅させる方法を探しているキーラを不思議に感じているようだ。


 ただ、キーラは、あくまでもキーラなのだ。


 能力は失ったが、現実として、人格は変わっていない。だから態度が変わったひと、自分を見て態度を変えるひとたちをみたら、やっぱりどうにかしたいと感じる。


(だから、かしら……)


 いまのルークス王国の状況を眺めて危機感を覚えている、と云う理由は正直に云えば偽りだ。キーラを動かしている本当の理由は、まわりを安心させたいという勝手な理由である。あるいはアレクセイがキーラを邪険にする理由は、自分勝手な理由で行動する彼女に気づいているからだろうか。必死で本物のルークス王子であろうとしているアレクセイにしてみたら、ちょこまかと動き回るキーラは、目障りで仕方ないのかもしれない。


(マーネ、か)


 四年間過ごしていた都市を、そこに暮らしている友人たちを思い出した。


 カールーシャは、リュシシィは、メグは。それからついでに市長のベルナルドは元気だろうか。キーラの魔道能力が消えたと知って、さぞかし驚いただろう。なにがあった、と迫ってくる一同をまざまざと思い浮かべて、ちょっと笑った。


 それから、いまのキーラなら、喫茶店で雇ってもらえる事実にも気づく。なにせもう、紫衣の魔道士ではない。力試しを挑まれても、おとなしく自警団に頼ればいい。なにしろ、いまのキーラは多少体術が優れているとはいえ、ただの一般人。自警団を頼っても不満はどこからも出ない。


 マーネに帰る、と云う選択肢は、たしかに望ましいのだ。


(でも、あたしの意見は同じよ。ここでマーネに帰っても、みんなが気になってしかたないわ)


 ロジオンに記憶を探る術をかけるときに云った、自分自身の言葉が大きく響いている。


 まだ、ルークス王国は安定していない。そんな状況でマーネに戻れるはずがない。キーラにだって人並みの情はあるのだ。関わったひとたち、ロジオンやレフ、アリアやスキターリェツ、『灰虎』やギルド長、そしてだれよりもアレクセイが気になるにちがいない。


「だから、まだルークス王国にいたいのよね……」

「いたらいいじゃないか。だれもいなくなればいいなんて思っていないよ」


 苦笑してつぶやけば、いつのまにか現れていたスキターリェツが応える。


 驚きはない。廊下の向こうから手を振って近寄ってきた彼に気づいていたし、むしろ、そう云ってもらいたくて口に出していた、と云う計算がある。予想通りに、云ってほしい言葉を云ってくれたスキターリェツに「ありがとう」と伝えた。自分の狡さをキーラは自覚していたが、スキターリェツはおおめに見てくれるだろう、と云う甘えがあった。事実、スキターリェツはほがらかに、にこにこと笑っている。


「どうしてネガティブになっているのさ? 毎日、がんばってるんだろ?」


 アリアから聞いてるよ、と続けられて、キーラはちらっと笑った。ワゴンを示して、


「いま、王子さまの部屋から帰ってきたところなの。わかるでしょ?」


 そういう形で訊ねた理由は、スキターリェツがアレクセイの手伝いをしているからだ。キーラよりずっと多くの時間を一緒に過ごしている。もっとも相性が悪い二人だから、舌戦混じりでうるさいらしい。ともあれそうした事情で、アレクセイの様子に詳しいはずだから、と、キーラは説明を省いた。はたしてスキターリェツは「ああ」と苦笑する。


「意外に若いよね、彼。より正確に云えば、青いって云うべき?」

「あなただって若いじゃないの、スキターリェツ。たいして年齢は変わらないでしょ」


 呆れて口をはさめば、「僕、苦労しているもん」と云い放つ。

 たしかにその通りだ。一方的な事情で異なる世界に召喚され、召喚した国の政変に巻き込まれている。素直に納得していると、苦笑したスキターリェツが促してきたから、二人は一緒に厨房に向かった。


「で、正確なところ、なにがあったのさ。さっきの言葉から推理するに、王子がマーネに帰れ、とでも云ったんだろうけど、どんなきっかけでそういう展開になったんだい」


 気遣うように、ではなく、わくわくした様子で訊ねられた。

 妙に楽しそうな様子に思わず半目になりながら、キーラはしぶしぶ話し始めた。だが話しているうちに、別にアレクセイの力を借りなくてもいいのではないかと気づいた。そもそも神殿に対してより影響力が強い人物は目の前のスキターリェツだ。唇を横に結んで、なにやらこらえている様子のスキターリェツを見あげる。にっこり笑って、彼は云った。


「だめだよ。僕も許可できない」

「……まさか、あなたもあたしが紫衣の魔道士じゃないから、って云うの?」

「それもある。いまのきみ、魔道士たちが襲いかかっても対処できないだろ?」

「……。……まあ、そうだけど」

「それに、レフくんの見解は正しい。僕たちも同じことを考えた。今回、キーラが地下施設に運ばれた件では、魔道士だけではなく神官も絡んでいるんじゃないかって、さらに調査を進めているところなんだ。そんな状況で、よりにもよってきみが神殿に向かうなんて、危なっかしくて仕方ないよ。王子じゃなくても、許可できない。心配だから」


 まっすぐにキーラを気遣う言葉を付け加えられると、まるで自分がわがままを云っているように感じる。しばらく沈黙して、ためらいながらキーラは口を開いた。


「じゃあ、どうしたらいいの?」

「ん?」

「もうあたしは用無しだろうけど、まだ、マーネに帰りたくないの。なにか、手伝いたいの。出来ることはまだ、あるはずだから。……心配してくれるのは嬉しいけど、もう大丈夫なんだって、安心してほしいの。どうしたら、みんな、元に戻ってくれるの?」


 するとスキターリェツは考え深い眼差しでキーラを見た。強い眼差しを受け止めきれなくてキーラはうつむいた。


 子供のようだ、と、自分で感じている。なにもしなければいい、とわかっているのに。マーネに帰ればいいとわかっているのに、駄々をこねている。


 やがて、ぽんぽんと大きな手のひらがキーラの頭をやわらかく叩いた。おそるおそる見あげれば、考え事をしている横顔が見える。そうして黙り込んでいたスキターリェツは、やがて、うん、とうなずいた。


「じゃあ、キーラには仕事をお願いしよう」

「え?」


 驚いて、思わず足を止めた。ゆっくりとスキターリェツも足を止めて、キーラを振り返る。にっこり、と、いつもの笑顔をたたえて、けろりと云い放つ。


「いま、行方不明となっている王さまを助け出してほしいんだ。やってくれるよね?」


 ぽかんと口を開ける。やれ、と云うなら出来る限りをするつもりだったけど。


(もしかしなくてもそれは、とっても大変なお仕事じゃないのかしら……?)


 紫衣の魔道士でなくなったキーラが、承っても大丈夫なのか。不安を覚えたが、揺らぎのないスキターリェツの笑顔に、だんだん落ち着いてくる。キーラは少し考えて、頷いた。



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