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国盗物語  作者: 深谷みどり
第八章
127/201

無資格は行動しない理由になりません (3)

 シェーリチの塩漬けに、カポゥスカと牛ひき肉の炒めものをつめたピラシキー、クヴァースと呼ばれるライ麦の発泡性飲料が、アレクセイの今日の夜食だ。睡眠前だからあまり重くならないように、とお願いしたのだが、これはどう見ても多いのではないだろうか。


 それらの軽食をのせたワゴンを押して運びながら、キーラはこっそり首をかしげていた。


 いま向かっている先は、アレクセイの私室だ。客室が与えられているわけではなく、昔からアレクセイ王子が使用していた私室に、アレクセイと名乗る青年は滞在している。


 政権はいまだ魔道士たちの元にあるとはいえ、第一位王位継承者である。現在、アレクセイは、ルークス王国の十年に関する情報収集や貴族たちとの面接、イーゴリ王の探索、と、なにかと忙しい毎日を送っている。食事もとらないときもあるようだ。


 だからキーラは王宮に戻ったら、アレクセイの食事の有無を確認する。まだ食べていなければ、軽食を用意してもらって私室に運ぶようにしている。おかげさまで料理人とずいぶん親しくなった。生活の基本は食にある、という主張を熱く語り合い、ときには調理を手伝わせてもらうほどである。王宮の料理人なのに、気安いとは意外だった。


「王子さま、いる?」


 扉を叩いて呼びかければ、「いますよ」と短い答えが返る。


 ほっと頬をゆるめ、部屋に入る。パストゥス王宮とは異なる、豪奢な内装の部屋だ。南側にたくさんの窓をとった広い部屋で、壁ぎわには硝子製の船を置いた大理石の暖炉がある。他に天井までの本棚に、金の象嵌をした木の机や椅子、衣装箪笥が並べられている。


「今日も来たのですか。まったく、お節介にもほどがありますね」


 机についていたアレクセイが振り返りながらそう云うものだから、キーラはむっとわかりやすく唇を曲げた。なんたる云いざまだ、わざわざ用意してもらったのに。そう云いたかったが、我慢して黙っていた。初めて訪ねた日、そう云うと、「でしたら気遣っていただかなくても結構ですよ」とそっけなく返されたからだ。あんな言葉は、もう聞きたくない。


(放っておけるわけ、ないじゃないの)


 正直に云えば、キーラとしてはアレクセイの襟元をぶんぶん揺さぶりながら、盛大に訴えたいところだ。味方になるって、云ったでしょう。魔道士じゃなくなっても、あたしの決意に変わりはないのよ、と、伝えたい。


 だが、アレクセイの反応が予想できるだけに、なかなか云い出せない。ひっそり溜息を押し隠しながら、ソファセットのテーブルに軽食を並べた。机から立ち上がったアレクセイが、テーブルに並んだ料理を見て、溜息をつく。


「今日も気合が入っていますね。これなら夕食を取ったほうが良かったかな」

「その通りよ。あたしに来てほしくないんなら、王子さまはそうすべきだったわ」


 アレクセイの言葉にカチンときたから、つい、喧嘩腰になって云ってしまう。

以前ならばアレクセイは軽く流していただろう。ところがいまのアレクセイは、真顔で「気を付けるようにします」と返してくる始末だ。どうにもやりきれない。


(なによ、馬鹿王子)


 そこまでキーラに、傍にいてほしくないのか。気遣ってほしくないのか。


 紫衣の魔道士でなくなったキーラなど、アレクセイにしてみたらありがたみのない存在かもしれないが、そこまで邪険にしなくてもいいだろう、と、キーラは考えてしまう。いっそ感情のまま、暴れ回れたらすっきりするかな、と感じる瞬間もある。だから喧嘩しなくて済むよう、キーラはいつも、アレクセイの食事が終わるまで、部屋の外に出る。今日も部屋から出ようと踵を返したとき、「キーラ」、とためらいがちな声を聞いた。


「なに?」


 王宮入りして、魔道能力を失って初めて、名前を呼ばれたような気がする。

 振り返れば、食事の手を止めたアレクセイが、戸惑ったような表情でキーラを見上げていた。眼差しを合わせれば、ふい、と微妙な角度でそらす。もどかしい反応だ。


「王子さま、どうしたの」

「……一人では食べきれないので。手伝っていただけたら、ありがたいのですが」


 思いがけない言葉にまたたいて、それからキーラはちらっと笑った。


 せっかく料理人が用意してくれた夜食だが、アレクセイは残す場合が多いと聞いていた。

 キーラも多いと感じていたのだ、だから残すのは無理ないなあと考えていたけど、こうして依頼してくれた事実が苦笑してしまう程度には嬉しい。ささいな依頼だったが、ようやくキーラを頼ってくれた事実が、本当に嬉しかった。


 黙ったまま動いて、アレクセイの向かい側に座る。豪奢なソファはふわん、とやわらかくキーラを受け止めてくれた。手を伸ばして、ピラシキーを取り上げる。ぱくんと食べながら、アレクセイではなく部屋を眺める。アレクセイを眺めるのは、なんとなく気恥ずかしかった。スキターリェツから聞いた経緯を思い出しながら、内装のあちこちを見つめた。きれいに整えてある部屋だ。


 この部屋にアレクセイが入るにあたって、軽い寸劇が催されたらしい。



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