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国盗物語  作者: 深谷みどり
第七章
122/201

資格が無効になる日 (13)

 喰われる。貪られる。消えていく。


 かつてロジオンの記憶を通して、知っていた感触だ。だが、経験したくなかった。痛みはない、手足が実際に食まれているわけではない。けれど自分が削られていく感触だ。魔道能力が、自分から消えようとしている。留めようとする余地などないほど、涙があふれ、流れていった。生理的な涙なのか、それとも、精神的な衝撃による涙なのか。わからない。でも徹底的に、食われていく感触だった。

 どこまでも貪欲に、容赦なく、なにもかも。


 ――――どのくらいの時間が、流れたのだろう。


「キーラ!」


 だれかが呼んだ気がした。

 けれどもはやどうでもよくて、呆然と動かないでいた。失われた、なにもかも。


 ぽかり、と放り出されても、なにも見えない。わからない。大気にあふれている力は、まったく見えなくなっていた。魔道能力が喰われたからだ、と、よくわかっていた。


 落下し続けて、どさり、と温かい感触が受け止めてくれた。ばたばたと駆け寄る気配がする。ああ、そういえば。記憶を探った。ロジオンも同じように放り出されていたっけ。


「キーラっ?」


 おそろしい災いが遠ざかっていく。彼らがなにかしたのだろうか。でも自分を抱えてくれている、圧倒的に安心できる気配がだれのものなのか気づいて、ようよう、キーラは顔を動かしていた。あざやかな緑色の瞳を見上げて、「ごめんなさい」、つぶやいたのだけど、無様に掠れていたから聞こえなかったかもしれない。アレクセイはぎゅっと眉を寄せた。


「あたしの力、喰われちゃった……」

(だからもう、あなたの力になれないわ)


 心のなかで云い直して、キーラはまぶたを閉じた。ひと筋、流れていった雫が悔しくてたまらない。あの子の願いも、あなたの願いも、叶えられなくなった。最後の意識の欠片でそう考えて、再び、キーラは意識を失った。


 次に意識を取り戻したとき、今度こそ、やわらかい感触に包まれていた。


 清潔な匂いがする。ほう、と安心して息を吐き出して、ぱちりと目を開けた。今度も見知らぬ部屋にいるようだ。ただ、心地よく整えられた部屋だった。窓から夕陽が差し込んでいて、窓際に佇むひとを照らしている。目を細めて、キーラは口を開いた。


「じいさま……?」

「目が覚めたのじゃな、キーラよ」


 かすかにきしんだ声で応えて、ギルド長はゆっくりキーラが横たわる寝台に近づいた。

 驚いた。いっきに老け込んだように見える。思わず手を伸ばせば、しわだらけのかさついた手が、握り返してきた。なんとなく安心して、へにゃりと笑った。


「どうしたの、じいさま。疲れているみたい」


 そう問いかければ、ギルド長は笑った。

 ただ、笑顔とは感じ取れない微笑みだった。哀しみが形作る、痛ましい微笑に、キーラも哀しくなる。ぎゅ、とギルド長の手を握れば、同じ強さで握り返される。


「……おぬし、自分の現状をわかっておるか?」


 そろりそろり、と慎重な様子で訊ねられ、ああそうか、とキーラは唐突に気付いた。

 ギルド長は、自分に起きた出来事に衝撃を受けているのだ。後継と見込んだ娘が魔道能力を失ったから、――――ううん、ちがう、と閃いた考えを自分で否定する。


(じいさまはそんなことを嘆いているわけじゃない)


 もっと深く、もっとやさしい理由でキーラを案じているから、ギルド長はこうして憔悴しているのだ、と気づいた。泣き出したくなった。でもいま、泣き出してしまったら、ギルド長の哀しみがますます強くなる。だからわざと甘えることにした。


「じいさま。あたし、お腹空いた」

「ほ」


 さすがに驚いたようにギルド長は目をみはって、崩れるように、今度こそ本当の微笑みを見せた。ああ、よかった。安心したキーラから、ギルド長はゆっくり手を放した。


「では、消化にやさしい粥でも用意するかの。甘い粥が良いか、辛い粥が良いか」

「甘い粥」

「ふむ。ではひさびさに腕を振るうか。待っておれよ、キーラ。いま、じいさまがとっておきの粥を作ってやるからの」


 云いながらギルド長は部屋を出て行く。ぱたんと扉が閉じる音が響いて、キーラは握り込まれていた手のひらを見つめた。温かな感触が流れ込んだ気がする。だが、それだけだ。力はまったく見えない。試しに魔道を発動させようとした。でもなにも変わらない。


 なにも、起こらない。災いに能力を喰われてしまったからだ、と、よくわかっていた。


(なんだか、あっけないなあ)


 心のなかでつぶやいて、キーラはとろとろとまぶたを閉じた。


 ギルド長が戻ってくるまで、たぶん、充分な時間がある。それまで休んでいよう、と考えた。甘えている、と、よくわかっていたが、いまはまだしっかりしていられなかった。


 疲れていたのだ、とても。――――とても。



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