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国盗物語  作者: 深谷みどり
第七章
120/201

資格が無効になる日 (11)

 きみにとっての、いちばんを探してくれ――――。


 スキターリェツに云われた言葉が、キーラの内側深くに響いている。もっとも、素直に従おうと考えているわけではない。押し付けられるように云われた、と反発を抱いている部分もある。なにも事情を知らないくせに、とつぶやく声もある。


 それでも忘れられない理由は、半ば無意識に、自分にとってのいちばんを探し始めている理由は、そう告げたときの彼が漂わせていた雰囲気だろう。あのときのスキターリェツは、いつもよりずっと、素に近い部分をさらけ出していた。隠し通しておきたいだろう、痛みすら見せてくれた。そうして本心から、好意を差し出してくれたように感じるのだ。 


 スキターリェツはいずれ戦う相手である。自分より圧倒的な力を持つ存在だ、とキーラは認めている。


 だから忘れられないのかもしれない。紫衣であるキーラが力量を認めている人物の、せっかくの忠告だから、受け入れようと考えているのかも。ちらりと考えた。


(いちばん)


 心で呟けば、ひらめく内容は、いまだにあざやかな夢だ。


 マーネで喫茶店を開いて、大切な想い出にいる男の子との再会を待つ。抱いた当初はそれほどではなかった夢は、抱えているうちにどんどん育ち、大きな存在になっていた。


 男の子が亡くなったことで、その夢はもう叶わないのだ、と理解して諦める決意を固めたけれど、いまもキーラの内側では、夢があった部分がぽかりと大きな空洞になっている。


 その空洞を埋めよう、とは、考えていない。なぜならいまは、空洞を埋めるよりも優先すべき行為があるし、目的もあるからだ。紫衣の魔道士として、アレクセイの味方でい続ける。あの男の子が最期に抱いた願いを叶える、と決めた。だから空洞など気にしない。


 でもスキターリェツの言葉はなぜか、キーラが放置している空洞を強く意識させる。


 そしてときどき、そのままではいけない、と、叱咤されている感覚になる。同時に、あの夜に、アレクセイが向けてきた眼差しを想い起こして、キーラはたまらない気持ちになる。いまはすべきことを優先させる。間違っていない、と云い聞かせている自分に気づいて、愕然とする。間違えていると自覚しているから、自分自身に云い聞かせているのだ。


 だったら自分はどうしたいんだろう、と考え続けて、眠れない夜を過ごす。昼間は仲間たちと共にサルワーティオーに向かっているから、考えないで済む。でも一人になる夜は、くよくよと考え続けていた。眠りは浅く、ちょっとした物音ですぐに目が覚める。


 ――――だから、王都サルワーティオーに到着したころには、キーラはくたくただった。


 大きな門をくぐり、懐かしい街並みに入る。少しだけ、鼓動が早まっていた。いよいよ、魔道士たちと相対するのだ。ギルド長から指示を下されれば、魔道士たちを滅ぼすために行動する。


 間違っているのかもしれない、でも、正しい答えなどわからない。少なくともギルド長の命令に従っていれば、間違えるなんてことはないのだから、と考えながら歩いていると、先を歩いていたロジオンが隣に並んで、そっと話しかけてきた。


「大丈夫か? 真っ青だぞ」

「大丈夫よ。もともとあたしは色白だし」

「ばか。話をすりかえるな。冗談ではなく、本当に倒れそうだぞ」


 苦笑して、心配性ね、と云おうとしたときだ。


「キーラ!?」とひどく驚いた声が、耳を打った。女性の声だ。豊かな知性と教養を感じさせる、年老いた女性の声だ。だれの声かよくわかって、キーラはまったく歩き出せなくなった。気配が近づく。視線を向ければ、やはりローザだった。


 屈託のない様子で、歩み寄ってくる老婦人が、とてもおそろしいものに感じた。ロジオンが戸惑い、キーラとローザを見比べている。説明しなければ、と考えているうちに、嬉しそうに微笑んだローザが口を開く。


「まあまあまあ、なんて偶然かしら! 急にいなくなるから、心配していたのよ。スキターリェツが心配いらないと教えてくれたけれど、それでも、やっぱりねえ」

「……おひさしぶりです、ローザ」


 もどかしく硬直した唇を動かして、なんとか微笑みながら告げた。するとローザは顔をしかめて、キーラをのぞきこむ。何気ない動作なのに、妙にぎくりとした。


「どうしたの? やけに顔色が悪くてよ。無理をしているのではない? ちょっと店で休んでいったほうがいいのではないかしら。ええと、いま、あなたは一人なの?」

「あー、いえ、ご婦人。わたしがキーラの」

「あれえ、ローザじゃないか。どうしたんだい?」


 ロジオンが自己主張しようとしたとき、スキターリェツの声が大きく響いた。先に進んでいた一行から外れて、引き返してきたのだろう。顔を上げれば、スキターリェツだけではない、アレクセイもキーラを見ていた。いつもは強い緑の瞳に、なんだか翳りが見える。


 どうしたのだろう、と考えたとき、「まああっ、スキターリェツさまっ?」と華やいだ声が聞こえた。ぎくり、と、肩が揺れた。今度こそ、息が止まった。アリア。ルークス王国にいる黄衣の魔道士。命令に従うならば、キーラがいずれ滅ぼさなければならない存在だ。


(そうか。あたしの代わりにローザを手伝っていると云っていたから、たぶん、――――)


 ローザと一緒に行動していたんだわ、と、意識のはずれで考えながら、キーラは身体中の力が抜けていく感触を味わっていた。くらあ、と、視界がゆれて、ぶれていく。


 あれ、と、いぶかしく考えたきり、キーラはふつり、と、意識を失った。



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