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国盗物語  作者: 深谷みどり
第七章
114/201

資格が無効になる日 (5)

「ここが目的地?」


 キリルが不思議そうにつぶやき、きょろきょろとあたりを見回している。他の面々も戸惑った様子だ。


 さもありなん。一見したところ、ここはありふれた森の一角に見える。広場と云うほど開けていなくて、手入れされていない枝がぼうぼうに伸びており、途中、折れ曲がっている樹もある。あえて特徴と云えば、奇妙に大きな岩があるくらいだろうか。それにしたって、珍しい風景ではない。だから驚くのも無理ないなあ、と一行を見回して、ロジオンとギルド長の二人は、落ち着き払った様子でキーラを眺めている事実に気づいた。


(ロジオンはともかく、じいさまの落ち着きっぷりは小憎たらしいわね)


 そこが頼もしいんだけど、と思考の隅で考えながら、キーラは首筋にかけていたペンダントを外した。

 右手に持って、すたすたと苔むした岩に近づく。左手でがりがりとコケを削り取り、岩の表面にある凸凹をなぞった。精霊の長に教わった通りに、統一帝国の文字が並んでいる。ペンダントトップを右手で持ち、つづりの最初にくる、文字に押し当てる。


 ぽ、と、黄金色の光が手元に灯った。


「ほう?」


 キーラの行動を見守っていた一行はざわめき、ギルド長は感心したようにつぶやいた。


 次々と文字にペンダントトップを押し当てる。ぽ、ぽ、ぽ、と黄金色が点灯する。全部で七文字。最後に、こつこつこつ、と三回、ペンダントトップで岩に触れる。ぱあっと黄金色が強まり、そして、ふっと、いままでの反応が嘘であるかのように、消えた。


 ふう、とキーラは息をついた。手に持っていたペンダントトップはさきほどまで熱くなっていたのだが、急激に冷めている。施設がちゃんと働いている証拠だ。ひとつ、うなずいて、立ち尽くしている一行を振り返った。


「結界が開きました。進んでください」

「つっても、なにも変わってねえぜ?」


 アーヴィングが疑わしげにつぶやくものだから、キーラは思わず苦笑した。


 たしかに、なにも変わっていない。この機能は魔道を使ったものではないから、空気に含まれた力の変化も感じ取れないだろう。だが、ルークス王国への道は開いているのだ。


 と、いちはやくロジオンが動いた。さくさくと落ち葉を踏んで、キーラの隣を通り過ぎる。五、六歩ほど進んで、くるりと振り返った。ふ、と笑って呼びかける。


「大丈夫だ。だまされたと思ってこちらに来てくれ。空気がちがうから、わかる」

「おもしろそうじゃの」


 いち早く反応した人物は、チーグルだ。続いて歩み出して、ロジオンの隣に並んだ。


「たしかに、空気がちがうのー」

「でしょう」


 顔を見合わせて言葉を交わす二人に興味を誘われたのか、『灰虎』の面々は次々に向こう側に向かった。たどり着いた先でちがいを実感したのか、にぎやかに騒いでいる。


 ふと気が付けば、ヘルムートが隣に立って、キーラの手元を見つめていた。


 早く進んでくれないかな、と考えながら見上げると、すい、と手を取られた。熱心にキーラの手を見つめている。いや、正確にはキーラが握っているペンダントトップだ。


「これは?」

「精霊の長からもらったの。統一帝国時代の装置を動かすための鍵らしいわ」

「琥珀だな」

「ええ、そうよ。琥珀。統一帝国時代は、琥珀をよく用いていたみたいね」


 云いながら、キーラはヘルムートがなにを考えているのか、察していた。

 琥珀の紋章、――――アレクセイの身分を証明している、ルークス王家の紋章だ。


 王家の人間を守る意思が宿っている、とも云われた不可思議な物体だ。紫衣の魔道士として断言できる。あれはただの琥珀だ。少なくとも魔道的な力は宿っていない。

  

 だがそれは、精霊の長に与えられた、このペンダントも同じなのだ。こちらにも特別な力は宿っていない。それなのに、ちゃんと統一帝国時代の施設に近づければ作動する。


 だから、アリアたちが求めた王家の紋章にも、統一帝国時代の施設に関する役割があるのではないか、と推測していた。次代精霊王の意思が宿る、という一事を別にしても。


「アリョーシャは亡くなる直前、こうも云っていたそうだ。紋章を守れ、と」


 アリョーシャ。ヘルムートに限らず、『灰虎』の団員は、亡くなった王子を示すとき、愛称を呼ぶ。なにげない事実に少し切なくなりながら、キーラはヘルムートの言葉を継いだ。


「亡くなる直前にまで、王家の人間が気にかけざるをえない代物ということね。つまり、」

「ああ。統一帝国時代の施設とやらを動かす代物、と云う可能性があるな。ただそれなら、なぜこの十年間、やつらは手出ししようとしなかったのか。そしていま、襲撃してきているにもかかわらず、なぜ王家の紋章を狙わないのか」

「鍵を無くしたら、普通は探すものだけど。見つからないとわかったら、別の方法で開けようとするものでしょう。だから十年間、紋章を狙わなかった、と云う考えは不自然?」

「十年、という期間がネックだな。いささか、悠長に過ぎないか」

「なら、」

「二人とも。あちらに行かなくていいのですか?」


 さらに話し合おうとしたとき、急に、アレクセイが話しかけてきた。


 ヘルムートとの会話に夢中になっていたから気付かなかったが、みな、結界の向こう側でおとなしくこちらを眺めている。そうだった、いまはゆっくりできる状況じゃない。


 珍しくヘルムートはちらりと苦笑して、さくさくと歩き出す。アレクセイも後に続いて、キーラが動かない事実をいぶかしく感じたのだろう、不思議そうな顔で振り返る。


「これから少し後に結界を閉じるよう、操作してから行くから」


 ペンダントトップを再び、岩の表面に押し付けながら云えば、納得したらしい。素直に先に進む。


 ぽ、ぽ、ぽ、と再び、精霊の長に教えられた通りに、手を動かす。ペンダントトップの琥珀が燃えるように熱い。我慢しながら、結界を閉じる文章をなぞって、最後に、こんこんこん、と岩の表面を叩いて、岩から離れる。ペンダントを元通り、首筋にかけながら、一行の元に向かった。

 じきに、ひやりとした空気が頬に触れる。


 もう、ルークス王国なのだ、という認識が強まる。


 通常であれば、ここまでくっきりとした空気の変化はあり得ない。だが、結界があるからこそ、気候のちがいも明確に現れているのだ、と、理解していた。結界が無くなれば、おそらくこのあたりの植物にも変化が起こる、と考えながら、『灰虎』の人数が減っている事実に気づいた。思わずアーヴィングを見あげると、にか、と笑いかけてきた。


「そろそろ日が沈む。野宿できそうなところを探しに行かせた」


 云われて気づいた。確かにあたりは薄暗さを増している。

 キーラは一行を先導する役目、特に、結界を解く作業に夢中になっていたが、アーヴィングはちゃんとまわりを、状況の変化を見ていたらしい。さすがの判断力である。感心していると、アーヴィングは笑顔を浮かべたまま、問いかけてきた。


「嬢ちゃんは、ミハイルの味方になってくれるのか?」


 唐突な質問だった。状況もなにもかも、無視した質問に、まずはきょとんとまたたいた。

 だがアーヴィングの様子から、まじめに応えなければ、と察して、素直にうなずく。


「そうか」


 嬉しそうに微笑んで、「ありがとな」と告げる。なんとなく察するものがあって、ほんわかと微笑み返すと、「団長!」という呼びかけが響いた。野宿する場所が見つかったのか、と考えたが、すぐに緊張を取り戻した。なぜなら団員は緊迫した顔で、こう続けたからだ。


「この先の広場に、兵士がいます。やつら、おれたちを待ちかまえてるんじゃないっスか?」



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