CASE12
1
土曜日の早朝。
東京の停電は復旧しつつあったが、SOC(監視センター)のモニターは「全滅」を示していた。
「……ダメだ。Google、AWS、Microsoft 365……全滅だ」
亀之助がデスクを叩く。
「国内のサイトは見れる。でも、海外への出口である海底ケーブルが、テラビット級のDDoSで完全に埋め尽くされている。……完全な『鎖国』状態だ」
日本は島国だ。ケーブルという「へその緒」を断たれれば、世界から孤立した巨大なイントラネットに成り下がる。
だが、ケアラだけは冷静だった。
「いいえ、カメ。一般道は死んだけど、**『私道』は生きてるわ」
彼女はアイギスの内部ネットワーク図を表示する。
「アイギスの専用バックボーン(SureRoute)よ。海底ケーブルの中でも、一般回線とは物理的に区別された『帯域保証枠』や、別キャリアの迂回ルートを使っている私たちの専用線だけは、まだ呼吸してる」
「そうか……!」
亀之助が顔を上げる。
「世間は鎖国でも、アイギスの社内網だけは世界と繋がってる。……まだ手はある!」
2
その時、猪熊社長のホットラインが鳴った。
相手は、アメリカ大使館(実質的なCIA支局長)。
『……猪熊さん。我々の協力者が、命がけで扉を開けようとしています。
彼が送ってくる攻撃パケットを、貴社の盾で受け止めず、「そのまま発信元へ返送(Return)」していただきたい』
「……正気ですか?」
猪熊が問う。
「それをやれば『ハックバック(報復攻撃)』になります。アイギスがサイバー攻撃の加害者になってしまう」
『法的責任は我々が持ちます。……それに、彼は「出口」を用意しています』
CIA支局長は低い声で告げた。
『日本から直接撃ち返すのではない。貴社の専用バックボーンを使って、「マニラ(フィリピン)」へ転送し、そこから返すのです』
第2部:マニラの砲台
3
「……なるほど、フィリピンか」
亀之助が唸る。
「日本から直接返せば、また日中関係がおかしくなる。
だが、中国と緊張関係にあるフィリピンを経由させれば、中国側も『また南シナ海か』と混乱する。……カモフラージュにもなるし、距離も近いから威力も落ちない」
「カメ、マニラのNOC(運用拠点)から連絡よ」
ケアラがモニターを切り替える。
マニラの現地エンジニアたちが、親指を立てて笑っている映像が映る。
『Kamusta! (元気か!) こっちは準備万端だ。いつでもゴミを捨ててこい、俺たちが海へ投げ返してやる!』
「……頼もしいな」
亀之助はキーボードを叩く。
「よし、アイギスの専用線に吸い込んだ攻撃パケットを、カプセル化(封印)してマニラへ転送する!」
「待ってください」
湊(法務)が冷徹に割り込んだ。
「撃ち返すのではありません。あくまで『返却』です。……全てのパケットに、『デジタル署名』を刻印してください」
「署名?」
「ええ。ヘッダに『X-Aigis-Status: RETURN_TO_SENDER』というタグを埋め込むんです。
これがあれば、後で因縁をつけられても『これは攻撃ではない。送りつけられた不審なパケットを、発信元へ丁重にお返ししただけだ』と国際法廷で主張できます」
「……ははっ、湊さんらしいや」
亀之助はニヤリと笑った。
「よし、やろう。……『鏡面反射(Mirror Force)』、セットアップ!」
第3部:自動防衛の暴走
4
中国・某所。APT-Dragon拠点。
チャオ(超)は、背後のシェン(公安)の監視下で、攻撃出力を最大にしていた。
(……頼む、気づいてくれ。僕の「招待状」に)
その時。
マニラの方角から、不可解な通信の津波が押し寄せた。
「……なっ!? フィリピン方面から、テラビット級のトラフィックが逆流しています!」
部下が叫ぶ。
「中身は……我々が送ったパケットと同じです! しかも、全てのパケットに『返却品』というタグが付いています!」
「バカな! アイギスめ、フィリピンを中継して投げ返してきただと!?」
シェンが激昂する。
そして、チャオが狙っていた「罠」が発動した。
それは検閲ワードではない。「システム自身の硬直性」を突いた罠だ。
中国の国家ファイアウォール「金盾(Great Firewall)」に搭載された、DDoS自動防衛システムが反応したのだ。
「……金盾、異常トラフィックを検知!」
「フィリピンからの通信量が閾値を超えました! 『外患(敵国からの攻撃)』と判定! 自動防衛プロトコルが作動します!」
「やめろ! それは自分たちの回線だ!」
シェンが叫ぶが、遅かった。
自律稼働する金盾は、自国の攻撃部隊の回線を「敵」と見なし、マニラとの接続を、そして世界との接続を物理的に遮断(ブラックホール化)し始めた。
ブツン。
施設の照明が落ち、モニターがブラックアウトする。
巨大な管理システムが、融通の利かない自動化ルールによって、自分の首を絞めて自滅したのだ。
5
「……貴様、何をした!!」
シェンが銃を抜き、チャオの席へ駆け寄る。
だが、そこには誰もいなかった。
PCの画面には、一行だけメッセージが残されていた。
『Exodus Complete.(脱出完了)』
同時刻。
内モンゴル国境付近。
CIAの手引きにより、チャオの家族を乗せた車両が、国境検問所を突破していた。
日本の「鏡」が作った大混乱で、公安の監視網が一時的に麻痺した隙を突いたのだ。
6
東京、アイギスSOC。
「……攻撃波、消滅!」
ケアラが歓声を上げる。
「海底ケーブル、復活! Google、AWS、全回線グリーン! 鎖国解除よ!」
「よっしゃあ!」
守凪が机を叩いて立ち上がった。
彼は興奮のあまり、まるで日曜劇場の主人公のように拳を突き上げた。
「やったぞ! まさかの……あ、えっと……倍返しだ!!」
「……古いですよ、守凪さん」
亀之助が苦笑しながらも、安堵の息を吐いた。
「でもまあ、今回は本当に『倍』にして返したからな」
「ええ。法的にも完璧な『返却』でした」
湊が眼鏡の位置を直す。
「中国側も、自国の自動防衛システムが暴走して自滅したなんて、恥ずかしくて公表できませんから」
猪熊社長が、静かに頷いた。
「……チャオ君も、逃げ切れたようです」
空を見上げる亀之助。
かつての敵が、命がけで開けてくれた扉。
そして、同盟国やUSとの連携。
孤立していたはずの日本は、実は世界と一番強く繋がっていたのだ。
「……さて」
猪熊社長の声が低くなる。
「これでシェンは失脚するか、あるいは……最後の手を使ってくるか。
皆さん、次が本当の『終わりの始まり』です」
(第12話 完)
亀之助の技術日誌(Technology Log)
【今回の戦術:Private Backbone & Return (専用線と返却)】
なぜ鎖国なのに繋がった?
インターネット(公道)が渋滞していても、Akamaiのような巨大企業は、世界中に張り巡らせた 「社内専用の高速道路(Private Backbone)」 を持っています。
* 今回は、日本の「公道」が死んでいる間、この「私道」を使ってマニラまでデータを運びました。
亀之助のボヤキ
* 「『撃ち返す』んじゃない。『お返しする』んだ。
* 湊さんの屁理屈……いや、法的ロジックには舌を巻くよ。
* そして金盾の自滅。完璧なシステムなんてない。『融通が利かない』という最大の弱点を、チャオは見抜いていたんだな」
【 導入あり vs なし 比較】
対策なし(恒久的な鎖国)
* 結果:
* 海底ケーブルが埋まり続け、日本は世界からデジタル的に孤立。
* 経済活動が停止し、チャオも用済みとして始末されていた可能性が高い。
マニラ経由の返却作戦
* 結果:
* 攻撃パケットをフィリピンへ迂回させ、そこから送り返すことで、中国側の自動防衛システムを誤作動させた。
* 結果、敵は自分で回線を切断し、日本への攻撃も停止。チャオの亡命も成功した。#不正アクセス #デジタル庁 #個人情報




