安心した?
よくこの世界の魔法は算術に例えられる
基本の魔力操作をプラス、マイナスとするならば
属性魔法は数学の公式の様なものである
「まぁ何が言いたいかって言うと、古竜の攻撃は足し算し続けて、プラス百の魔力を叩きつけられるみたいなものだな」
空中でその百の攻撃を避けながら、背負ったセレーナに説明を始める
「はぁ…それに関しては基礎で学びますが…そんな魔術とも言えないような原始的な攻撃法、とっくの昔に廃れているでしょう?」
セレーナはアトリーの背で傷を癒すのに専念しながら返事を返した
「そんなもの、現代の最適化された魔術の前では……」
「だから言ったろ?算術だって、公式を使って一になる式よりも、単純に一を死ぬほどプラスした方が威力が高くなるに決まってる、こればっかりは公式を重視するあまり本質の理解が進みにくい現代魔術の課題だな……」
アトリーは上空にどんどん高度をあげ
攻撃の方角を上空に向けて、城や城下町から斜線をそらす
「なら、単純な魔力弾を放ち続けるべき…と言うことですの?」
「そこだよセレーナ君」
「君?」
再び咆哮を上げ、古竜は大口を開き魔力を集める
しかし再び魔力は宙に霧散し、失敗に終わった
「今みたいに単純な魔力の塊は結構誰でも簡単に崩壊させられるプラス百の魔力にマイナス百の魔力をぶつける、他者の介入が簡単な魔力弾よりも、簡単には式が乱されない公式…どちらを発展させるべきかは明白、魔術の最適化が進んだ反面、単純な魔力弾が廃れ、それと同時にその対応も廃れて行った」
元々古竜レベルを相手にする戦士は技能的に最適解でなくとも対応が可能なのも廃れる要因だったのだろう
故に相当な魔術オタクじゃないと知り得ない
元々アトリー自身がオタク気質であったのと、無駄に時間と目を背けたい現実に恵まれていたおかげか
扱えもしない魔術
扱えたところでどうもならない魔術
使い所が限定的過ぎる魔術
そんなリソースを割く価値無しの魔術の知識だけがついて行った
今回は使い所が限定的過ぎる魔術(とも言えない)の数少ない活躍の機会だ
「なるほど……つまり…殿下はマイナスをぶつけて相殺しているんですのね……つまりこのまま行けば古竜を完封できるのでは?」
「期待してるところ悪いがそれはちっと無理」
「え?あぁ……そっか」
魔国 ローエファルタの第二王子、アトリー・ローエファルタは大変不器用であった
常人なら三分で完成し発動できる魔法を三時間かけてようやく完成させることが出来るほど魔術の才能は、てんでない
無駄に知識が広いばかりで、とてもじゃないが実践で使えない魔術が多すぎる
だいたい皆五十歳でマスターする低級無詠唱魔法すら扱えない
魔術の複数展開など言語道断である
「どうするんですの!相殺の手を止めれば間違いなく私達丸焦げですわよ!!!」
かと言って月光の強化なしの中級以下ののヒュンフ系魔法をセレーナが放ったところで、古竜に与えられるダメージなどたかが知れてる
「わかってる、だから今向かってるんだろ!」
「向かってるって……」
高度は上がり続け厚い灰色の雲に顔が埋まる
雲に小さな穴が空き、余韻のように軌跡を描く
雲の上、月光は確かにセレーナを照らした
空中に身を投げ出され、まだ少し痛む羽を広げた
月光が森に塞がれていた時よりも鮮明に翼を照らし、体の底から魔力が溢れ出てくる
「ぶちかませ」
再び放たれた極太の魔力弾を両手で防ぎながら無力化させ、アトリーは全てを託した
他でもない親友の吸血鬼に
「言われなくとも」
霧散する閃光と、いつもより一段と大きな月明かりに包まれながら、吸血鬼は腕を掲げる
目を瞑り、イメージする
周りを全て巻き込む力
身体中の魔力の流れを丁寧になぞりながら詠唱を紡ぐ
「ヒュンフ フンデルド」
最上級の風魔法が竜巻を巻き起こしながら地上に降り注ぐ
しかしこれに古竜は負けじとその身一つで耐える
簡単な足し算である
時間が経つに連れ、竜巻は勢いを増し、辺り一帯をひっくり返すような勢いで古竜の肌を抉る
周りの魔力を取り込みながら勢力を拡大させているのだ
その身一つで耐えられなくなったのか、古竜は悪あがきの咆哮を上げる
しかしそれらは全て崩壊し、意味をなさないどころか、その霧散した魔力を取り込みさらに竜巻は勢いをます
「さぁトドメですのよ!」
再び最上級の風魔法の詠唱を重ね、二重の法陣から出現する竜巻がさらに破壊の限りを尽くす
古竜の足が地から離れ、竜巻の勢いに呑まれ雄叫びを上げた
周りの草木は全て塵も同然となり、大魔王城近くに大きなクレーターが出来上がった
そのクレーターの中心、二人はもう限界というように座り込み、アトリーに至っては大の字で寝転がった
目の前の障害を取り除き、ようやく一息ついたところで気まずい雰囲気が流れる
「あーーっとレナ…その」
「アトリー殿下」
「今回の件はこっちの確認不足って事で…その対応を改めて行きたいと」
「殿下」
「もちろん…お前への保証はしっかりするし」
「アトリー!」
「ッ……」
必死に話題を逸らそうと話をこねくり回したが、結局現実に追いつかれた
「婚約の件、諦めますわ……」
日傘に隠れ表情は見えない
「私……ワタクシではアナタの隣は務まりませんもの……やっぱりワタクシ、少し驚いて気が動転していたのかしら……だから」
酷く不格好な表情だ
「なんで……アナタがそんな顔をするんですの」
不格好な表情でアトリーはセレーナを見据えていた
「俺はただ、お前に」
「笑って欲しかった?ワタクシに?本当にワタクシに、ですの……?誰にだってアナタは同じことを言うでしょうに……例え今ここにいるのが私じゃなかったとしても」
そんなアナタだからセレーナはたまらなく
アナタが好きなのだ
好きだったのだ
好きだったで終わらせなければ
「そっちから振っておいて……何を今更」
ボソリと本音は意図せず飛び出た
思わせぶりで、誰にでも優しく、強がる癖に、人一倍不器用で、現実を誰より見ているのに、未だ夢見がちで、理想を捨てきれず自分の首を絞める、この人が
好きで、好きになってしまって、好きでい続けてしまって
嫌いになりたくて
「きっとアナタは良い王様になるんでしょう」
私が居なくたって
そんなセリフは喉まで出かかって留まり、そのままの勢いで喉を焼く
皮肉半分、本音半分
いや……もっと複雑かもしれない
「ぷっ……」
「!?……ちょっ…なんで笑うんですの!?」
「いや……なんというか嬉しくてな」
空気をぶち壊すようにアトリーは口角を上げた
「嬉しい……って」
「悪かったよ意地張って、お前に大魔王務まんねぇって言われて、ちょっと悔しかったんだ、いやまぁ……実際実力不足もいいとこだけど……こういうのはちゃんと口で言わないとな」
そういうとアトリーはボロボロの土まみれの体を起こし、セレーナに正面から向き合った
「っ!?」
そしてそのまま両手でセレーナの手を包んだ
「ちょ!?アトリー?!」
「セレーナ」
頬が赤くなるのを誤魔化そうと口を開くが、たった一言で用意していたセリフが真っ白になってしまう
「見守ってて欲しい」
月明かりが眩しいくらいにアトリーの顔半分を照らしていた、酷く真面目で真っ直ぐな顔
「出来れば、前より近くで」
真面目な顔を崩し、苦笑するように頬を緩め、目を細めた
いいのだろうか、私が彼の近くにいて
いいのだろうか、失った三年……いや、もっと長い時間を取り戻した気になって
「殿下ッ!……ワタクシは!」
長考を続ける頭と理性を無視して、鮮明な声は発された
ーー二日後ーー
何から話すべきだろう、大量の手続きを手早く終わらせる程、心が浮き足立ってはいたが
いざこの椅子に座ると自己嫌悪に浸される
「ワタクシの莫迦!!!!!!!!!」
セレーナはアトリーと婚約ーーーーーーーー
しなかった
『……ワタクシは、でっ…殿下のお傍で…アナタをお支えしたいと思っていますの!!!……
えっと例えば………………そう!』
文官として!
文官としてである
あんなものほぼ告白だろう、あとはセレーナさえ受け入れる意志を見せれば万事つつがなく終わったのだろう
だが中途半端な理性と、アトリーへの負い目と恥
というか九割がた恥で、セレーナは絶好の機会を棒に振ったのだ
「セレーナ嬢、追加の書類です」
「セレーナ嬢、紅茶足す?」
「どちらもバンバン追加してくださいませ!!!」
もう仕事で現実逃避をするしかない!
ワタクシは仕事に生きる!!!
幸い、文官としてはセレーナは優秀な部類である
アトリーが大魔王に無事就任したとて、十分回せる自信があった
だから!!!
何も!!!
問題ないのだ!!!
「レナ……さすがにその量の仕事と紅茶は体に悪いだろ……」
書類とにらめっこしていると頭上からシャル姉妹よりも幾分低い声が響く
思わずセレーナは上を向いた
書類の山の一束を持つと、顔が見えなくなってしまう、自分の事務机にそれを置くと今度はティーセットに手を伸ばした
「うっわ紅茶濃ッ!?」
ティーポットに残った紅茶を新しいカップに入れそれを一口飲むと案の定むせてしまった
「どこまで濃くしてもイッキに飲むから」
「どれだけ書類を増やしても、何も仰らないので」
「限度考えようぜ?」
「ワタクシだって何処かの殿下が貯めた書類さえなければ、もう少しゆとりを持って作業しましたわ?」
「うぐ……悪かったよ、助かってる」
………………
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!!がわぃぃぃぃぃ
しょんもりしてる!しょんもりしてる!
かあいいかあいいかあいいかあいいかあいいかあいいかあいいかあいいかあいい
お茶飲んでる!判子持ってる!座ってる!息してる!
私と同じ空間にいるぅ……
がわいいよぉ……かわいい
「殿下、判子の角度が曲がっていますわ!これだと遜っているように見えるでしょう!」
あっ…困り眉になった
「うぅ…ちょっと厳しい過ぎねぇ?」
「この程度で弱音を吐かない!」
半べそかいてる!!!
可愛い!!!!!
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛
等と内心とんでもない事になっているセレーナを片目にシャネルはふと二日前の事を思い出す
『というより殿下……それならなぜリドリー嬢の提案をお断りに?』
純粋な疑問だった、大魔王になるにあたり、強力な後ろ盾があるに越したことはない
その上、婚約となればそれはより確約されたものになることが分からない程、シャネルとシャルルの主は阿呆では無い
『あー……それなんだけど、信頼して欲しかったってのが第一で……あとは、ほら?』
『ほら?』
気まずそうに頬を掻く主を思わず急かす
『レナにハナから頼り切りとかかっこ悪いだろ?』
『……フッ…』
『おい今笑っただろ』
『さてどうでしょう、そんなことより、リドリー嬢………拗ねてしまったご令嬢に格好をつけたいならば、ここは追いかけるのが吉なのでしょうね?』
『!、ちょっ…ちょっと散歩してくる』
『お早めなお帰りを』
アトリーは慌ただしく本棚に足をぶつけながら部屋を出て行った
『ねぇシャネル』
『はいシャルル』
今までらしくもなく口を挟んで来なかったシャルルがようやく言葉を発した
『安心した?』
それだけだ
『同じ質問をアナタに返しますとも』
シャルルはバツが悪そうにそっぽを向きティーセットの片付けを再開した
シャネルもシャルルに背を向け、棚から落ちてしまった本を片付け始めた
口角はにわかに上がっていた




