エキショーの中
微妙な空気が部屋に広がる
出されたお茶を優雅に飲む客人
それに対して優雅とはかけ離れたぎこちない動作で菓子を摘む家主というなんとも奇妙な光景であった
「実にご無沙汰でしたのね?いったいこの三年間どこで何をされていたのかしら?」
「……いッ……いやぁ…その出来心というかぁ…」
「はー?出来心ぉー?出来心で故郷を捨ておくような方でしたの?だとすれば殿下は相当愛国心のないお方です事、そんなご様子で大魔王ですって笑わせないでくださいませ?」
「そうだよ殿下、笑わせないで」
「そうですよ殿下、ちゃんちゃらおかしい」
「お前らどっちの味方な訳?」
「はぁ…単刀直入に申し上げますわ、今の貴方でこの国の大魔王としてやって行くなんて、 不可能ですわ」
「……」
わかりきっていた事ではあるが、やはり反発はあるものだ
確かにアトリーでは実力不足だろう
「けど、親父……陛下が引退を表明した以上、次の統治者は必ず必要になる」
もちろんアトリーの自慢の兄や弟でも良いしなんならアトリーは二人のどちらかの方が相応しいとも思う
がこの二人は何かと訳ありである
実力を抜きにし大魔王ジルベールの息子から次代を選ぶとするのなら、一番反発が少ないのがアトリーであるのは間違いない
「もちろん、そんな表面しか見えないような低い女ではなくってよ?」
「となると……何かお考えがあっての不敬…という事でしょうかリドリー嬢」
自信満々という様子のセレーナにシャネルは【これで何も考えてなかったら覚えとけよ】という意図の圧力を掛ける
「無論ですわ、アトリー殿下」
シャネルとシャルルの冷えた目線を一言で下し、アトリーに向き直る
「ワタクシと結婚いたしましょう」
「「「……」」」
三人は目を見合わせた
「そうなれば式の取り決めをしなければ!戴冠式にはワタクシもお傍にお仕え致しますから、披露宴は戴冠式より前に設定しないければいけませんわね…少しスケジュールが忙しいですが政略結婚……ええ!政略結婚ですから!この位のスケジュールはよくあるお話です物ね!全くおかしくございませんわ!お父様もアトリー殿下に嫁ぐとあれば全力で背を押してくださいましたし、ジルベール陛下とアリシア妃にワタクシが挨拶に行けないのは残念ですが……とりあえず殿下は挨拶はそこまで緊張なさらないでも平気ですわ!むしろいつもの貴方でいてくださった方がワタクシは……いえ…えーと…子供は何人ッ違いますわね!それから、そっそっその……政略結婚とは言いましたが、あまりに線引きした関係では外聞が悪いですからね!定期的に仲が良いことを国民に示す必要があると思いますの……ですからですから……」
「止まんねぇなぁ……」
「止まりませんね」
「止まらないね」
未だとどまるところを知らないセレーナの将来の展望をBGMに思案する
セレーナは五人居る大魔王直轄の魔王 鮮血王クリンドの一人娘である
クリンドおじさ……クリンドは父親や他の魔王からの人望はなんだかんだ厚いし、腹が立つが優秀だし、自分の領地の民からはマスコット的な感じだが確かに信頼されてるし、間違いなく有能ではある
後ろ盾としては癪だがこれ以上ないと思う
「殿下何か失礼なこと考えていませんか?」
「殿下リドリー嬢より先に不敬で首飛ばす?」
「辛辣すぎて逆に安心するよ」
後ろ盾としても優秀
それ以前にセレーナとアトリーは幼なじみだ
無気力だった自分と対等でいようとして、手を取ってくれたのが彼女だ
彼女には恩もある
「……断る理由がないな…」
「!じゃあ!」
「だが断る!」
「「「……」」」
今度は三人ともポカンとしてしまった
「ななななななんででしてなのですよ!?断る理由がないとさっきご自分で!?」
「俺には心に決めた人がいる!!!」
「はぁ!?このワタクシを差し置いて!?どこの誰ですの!?」
涙目でセレーナは問い詰める
「それは……」
「ワタクシに言えないような方ですの!?まさかではございませんが、私より教養のない方ではございませんわよね!?ねぇ!?」
「リナちゃんをあまりバカにするなよ!レナ!リナちゃんは足りない自分を補うために死ぬほど努力して、他人を見捨てられない延長線上で英雄になる覚悟をする、ナチュラルボーン聖人だぞ!?」
「リナチャン」
「なちゅらるぼーん?」
「リナ・チャンですって!?どこにいらっしゃるのよその方!?ここに呼びなさいよ!?」
「呼べるわけないだろ!液晶から出てこれねぇんだから!!!」
「エキショー!?エキショーってなんですのよ!!!」
「リドリー嬢そろそろお帰りのお時間です」
「リドリー嬢そろそろ門限になっちゃうよ」
掴みかかろうとするセレーナを押さえつけ部屋から何とか追い出した後、柄にもなくぜいぜいと呼吸を荒くするシャル姉妹に労いの言葉をかけた
「殿下…いつからそのリナチャン様とお付き合いをしていたの…?」
「してねぇよ?俺とリナちゃんは清いお付き合いどころか知り合ってもいねぇよ…これは片思いでいい恋でリナちゃんを幸せにできるのは主人公だけなんだよ!」
「「何それ怖い」」
「というより殿下……それならなぜリドリー嬢の提案をお断りに?」
「……あーそれなんだけど」
ーー大魔王城 北東ーー
「なんなのですか!まさか転移先でお相手が…?エキショーとやらで出てこない方よりワタクシの方が……私の……方が………」
獣道を歩きながらセレーナはボヤいた
ふと足を止め、満月から目を逸らした
本当にそうだろうか
「……」
否を心が断言した
あの日、諦めの滲んだ瞳をした彼を黙って見過ごし、勝手に失望したと言い訳をしながら彼から逃げた私にそんなことを言う資格などないのだろう
獣道に日が落ち、次の役目を待つばかりの日傘を抱えながらしゃがみこむ
「彼から向き合うことから逃げた私よりも…彼にあんな表情をさせる方の方がずっと相応しいのではなくって?」
今度は是を強く心が主張する
自分は今なんとも酷い顔をしているのだろう
彼が居なくなってセレーナは初めて痛感したのだ
セレーナはセレーナとアトリーに本来あるはずだった時間を蔑ろにしていた
ずっと心のどこかで、気が向いた時、何時でも話し合えると思っていたのだ
亜人にとってはあまりにも短い時間
三年間とはそんなものだ
だが彼女にとっての事実はどうであろうか、セレーナはこんなに長い三年を知らなかった
自分の知り得る限りの時間を何回も繰り返していると錯覚するほどの長い時間
三年はセレーナが慕う幼なじみを取り戻すのに十分だったのだ
本当ならセレーナが……もっと早く
「……私には、出来なかった癖に何を偉そうに……」
昔の彼を取り戻したのは、知らない世界の知らない素敵な女性……
対して私は…久々に見た幼なじみの顔に舞い上がって、後先考えず思い上がって……
事実を自身の胸に刻み込む度に妙な汗が流れてくる
瞳を酷く濡らすのだ
「……涙を流す淑女に対し、なんて対応でしょうか……?」
低い唸り声
小型の狼の魔獣、一角狼だ
しかし魔獣?この森は魔獣避けの結界が毎週念入りに施され、巡回する者もいたはずだ
「嫌な予感が致しますね……」
一角狼は基本群れで行動する、今回も例に漏れず、一匹また一匹と姿を現す
「ヒュンフ ツィヒ」
詠唱と共に傘を振り上げ地面に叩きつける
旋風が轟音を響かせながら四方八方に広がり一角狼が上空に打ち上げられ、四肢がバラバラになって倒れ込む
何とか攻撃を逃れた一角狼もただやられる訳では無い
爪立て飛び込み急所を狙いにくる
だが幸い時は満月、吸血鬼であるセレーナが烏合の衆に負ける理由がない
一角狼はあっとにセレーナを取り囲み死角に入った瞬間蛇行しながら突撃してくる
牙を遺憾無く晒し、地を抉る
しかしその牙がセレーナに届くことはなく、傘で顔面を貫かれその死体を投げ、残りの一角狼も一掃し、他の一角狼も回し蹴りで処理する
「はぁ……バカ真面目に対処していてはいつまでも進みませんわね」
そしてセレーナは獣道を大きく外れ、木々の間に飛び込み、道無き道を踏みしめる
一角狼は後を迷わず後をおってくる
木の枝を折り、傘で殴り飛ばし、旋風を起こし、少しずつ数を散らして行く
結界の端がようやく見えた
かすかに穴が空いている、華奢なセレーナが屈んでようやく入れる程度
しかし一角狼程度の中型獣ならなんの憂いもなく出入りできる大きさの穴
結界に触れようと近づくと何かを踏んだ
馴染み深い鉄の匂い
「これは……」
結界の巡回係であろう人物の死体が転がっていた
ウジとハエが湧き、慣れていないものなら卒倒するほど不衛生な状態である
大魔王ジルベールの大魔法により最北端でも四季を見ることができるようになったらしいこの土地で、今の時期は初夏である
少し蒸し暑程の気候になっているためか、死体の腐敗が早くなっている、それを加味すれば比較的綺麗な方なのだろう
そこから考えて大層な時間はたっていないと推測する
「せいぜい二日前……」
あぁ、何とも奇っ怪な
三年間行方不明であったアトリーの帰還が重鎮達、内々に知らされた時期だ
背後に迫る三匹の一角狼を振り返ることもせずに風の刃で切り捨て
少し戸惑い、結界の穴から背を向け、再び城に向けて走り出す
しかしそれは叶わず、背中に鋭い痛みが走り、地面に激突する
「古竜……!?」
目の前を厳と勘違いするほどの圧力が塞ぐ
セレーナの四倍はある図体、はるか上空から
見下ろす恐るべし伝説の神龍の落し子
虎の様な鋭い牙と爪、カラスのような目つき
心臓が激しくなり、生命の危機をこれでもかと知らせる
羽は破れ飛ぶのは難しい
耳鳴りの中、生存本能に従うまま、舌は言葉を紡ぐ
「ヒュンフ フンデルト!!!」
最上級の風魔法は古竜の顔面を直撃し、後ろに木々をへし折りながら何メートルか離すことが出来た
対して、セレーナは詠唱の後すぐさま明かりの方へ走り出した
できる限り後ろを振り返らず足元に風流をつくり加速しながら距離を稼ぐ
しかし抵抗虚しく、古竜の爪牙がセレーナの背中を切り裂き、木に打ち付ける
それに続いて咆哮と共にエネルギーを為、
放出する
「ヒュンフ……フンデルド!!!」
嵐のごとく周りの木々を根っこから引き抜き、土埃を巻き上げ、抉る
旋風がエネルギーの塊に向かって轟音を鳴らしながら直撃する
喉が張り裂けんばかりに負けじと咆哮し、身体中の魔力が体から無理やり剥がされる様な感覚に陥る
互いの攻撃は拮抗し、何とか膠着させる
しかし突然上空から破裂音が響く
上を見れば、色水を零したような光景が広がっていた
空に厚い雲が広がり満月を覆い隠す
吸血鬼であるセレーナの力の源は絶たれたのだ
おそらく、人為的に
セレーナの魔力はもう限界であった常人ならば一発で体力、魔力共に使い切り一歩も動けなくなる最上級魔法を既に二発、満月による身体強化を失い
体はボロボロである
それでも魔法を放つ事に集中し続けなければ行けない、少しでも気を乱せばあっという間に殺される
「せめてもっと月の近くに飛べれば」
初手に羽を破られたのが大きな痛手である
古竜は次の咆哮を準備する
エネルギーを貯め放たれ、拮抗状態が崩壊する
エネルギー波は、眼前に迫った
辺り一帯の木々は禿げ、地面は焼けただれ、硝子が出来上がっている箇所もある
古竜は怒りが納まらないと言わんばかりに地団駄を踏み、暴れ回る
そして咆哮を再びあげ、目を見張る大きなた建物に狙いを定める
大魔王城に向けエネルギーを貯め
放出した
「はいストーップ!!!」
貯めたはずのエネルギーが空中に霧散し、虚をつかれた様に古竜は首を振るう
上空、羽を広げ、背に無礼な亜人を抱え
声を上げる
満月が隠れ格好がつかないとボヤきながら、翡翠の目が古竜を見下ろした




