1話 我はとにかく金が欲しい / 路地裏でカツアゲだ(2/4)
「では、早速だがクズノ、カツアゲをするぞ」
「は!? やることちっっっっちゃ!」
決めたからにはすぐ行動、それがいい結果に繋がる。そう考えたため、ひとまずカツアゲすることに決めたのだが、クズノめ、我の決定に意があるのか。
「なんだと? 最初から大層なことはやらず、少しずつノウハウを蓄積するのだ。手頃な悪事だろう」
「いやいや、待て待て、楽したいって言ってたじゃないですか。なんで、魔法の研究みたいに地道なルート決めしてるんすか!」
「何を言っている? 研究は楽したいという考えに反していない。お前はバカなのか?」
「こんの、研究ジャンキーが!」
我に対してここまで不遜な態度をとっていることは鼻につくが、凡人アドバイザーとして協力させてやることを決めた以上完全に無視するのも、やつの意義がなくなってしまうな。
「では、貴族をカツアゲしよう」
「はぁ! だから、カツアゲってのが…………貴族を?」
クズノもやっと我の話を聞く気になったな。興味津々と言わんばかりに目が輝いている。
「あぁ、貴族を路地裏に連れ込み金を強奪する。相手は誰でも良いが、クズノ、お前に任せよう」
「おお! 了解しました! とりあえず町の方まで行きますか?」
「うむ」
町に着くと、クズノが早速ターゲットを探し始めた。奴は凡人社会の情報に通ずる。おまけに、すばしっこい。屋根の上を跳ね回り、なにやら良さそうな人間を見つけたようだ。
「マーさん、凄いのがいましたよ! なんなら、何か問題に巻き込まれてそうです!」
「そうか、よくやったクズ」
「あの、ほんとにコードネームそれでいくんですか!?」
クズノが悪事を働くからには本名ではいけないと言い出したので、奴にはクズという名前を与えてやった。ちなみに、我々の格好は全身黒でフードを深く被ったものだ。それっぽいだろう?
「うるさい。とっとと案内しろ」
「わかりましたよぉ……」
魔法で光を屈折し、あたりから姿をくらます。そして、クズノの後を追って屋根を渡って行くと、女がいた。いかにもあれは貴族の装い! ガタイのいい男ら三人となにやら会話しているようだ。あの男らは従者だろうか。
「どうします。なんか従者が居ないですよね」
「……あれは従者ではないのか。ならば、なぜ呼んだ。従者もなく、馬車も近くにない。どこから金を奪えばいい」
「いや、強奪って言いましたけど、よくよく考えたらそんな常に大金を持ってるわけじゃないですか」
「それで考えたんですよ! 誘拐しちゃえ! って!」
ほう、凡人は大金を常に持つ訳では無いのか。確かに我のように最強無敵ではない凡人からすれば、リスクの塊となってしまう。勉強になった。
「では、あの男らはどうしたって構わないということか」
「そうですね、てかあいつらも絶対悪いやつ……ってマーさん、話聞いてない!」
「いいから、着いて来いって、あの家はもうコリゴリなんだろ?」
「で、でも、一体どこへ行くのですか。家を出ることを手伝ってくれたことには感謝していますが、セバスも追手を撒いて戻ってくるはずです! 合流地点にいずれ、いずれ来るんです……!」
凡人が何やら話しているようだが、どうでもよい。
とりあえず、我の威厳を保ちつつ、正体のバレぬよう颯爽に飛び下りる。我の華麗な着地を見て、全員が呆気に囚われている。決まったな。
「な、なんだてめぇ!」
「……なんだったか、名乗るほどのものではない……だったか」
「なんでそんな歯切れがわりぃんだよ!」
クズノが名前を聞かれたらこう言えと言っていたが、男らの神経を逆撫でしたようだ。顔には青筋が見えるな。とっとと片付けて誘拐してしまおう。
「すまないな、凡人、我はこの女を連れていかねばならぬ」
「チッ! 追っ手か! お前ら、やっちまえ!」
奴がお山の大将か、指示されたままに二人の男が殴りかかる。体術的にも大振り、魔法を使う様子もない。凡人以下のゴミだな。
「まったく……実力さというものを測れるようにならねば、我の偉大さが理解できないとは、凡人はつくづく不幸よな」
男どもは魔法を使ってやるのも勿体ないほどの凡人だが、貴族といえば、魔法の実力者も多い。ここで魔法を見せておけば逆らうことも無いだろう。
そうして、指を軽く振る。巻き起こった風は男共の足をすくい、だいたんに転ばせる。かなりガタイがよく、身長もある男だが、こうもあっさりと転んでしまうとは、無様なものだ。
「な、魔法使いかよ! こんな見た目だけの落ちこぼれに、そんなのを遣わせるなんて……!」
二人がやられるとすぐに、指示役の男は背を向け逃げようとする。こいつは、この二人よりも更に格下のようだな。
「我から逃げられると思うのか? 塵が」
「う、うわぁぁぁ! やめ、やめてくれぇ!!!」
我が少し、風を調節してやれば、男は宙で踊り出す。塵にしては、面白い動きをする。評価を一段階、凡人へと戻してやろう。
「どうした? いい踊りではないか、凡人」
「あ、あの、もう大丈夫ですから、あの人を下ろしてあげてください!」
凡人で遊んでいると、貴族の女が今にも泣き出しそうな顔で静止してくる。
「なぜだ? 奴ら凡人は貴様のなんなのだ? 見たところ揉めていたようだが」
「確かに、ちょっとすれ違いがありましたが、彼らは私を屋敷から出してくれたんです! これ以上はやめてくれませんか!」
あまりに必死に頼み込んでくるので興が冷めた。魔法を解き男を地面に落とす。グエッと無様な鳴き声を出すと、すぐに逃げ出した。残りの二人も気がつくと、追うように逃げていった。
「ふむ、凡人にしては逃げ足が早いな」
「して女よ、貴様は貴族だな」
「は、はい、私はピュア・カーナリと申します。えっと貴方は名乗れないのでしたか」
「ああ、そうだ」
カーナリ家といえば、辺境伯だったか……? 貴族に疎い我でも、知っている名家だ。この辺りを総べる家の娘……これは金の匂いがするぞ!
「いよっと、逃げてったのは追わないでよかったんですか?」
我の戯れが終わるまでずっと上から見ていたクズノが、やっと降りて来た。
「遅いぞ、クズ」
「だから、やっぱそれやめませんか!」
「とりあえずピュア・カーナリ、お前を連れていく」
「また無視ですか!」
うるさいクズは放っておいて、カーナリにそう伝えると、怯えるのではなくただ驚いている。
「……ここから遠くに連れていってくれるのですか?」
「? ああ、お前の居場所がバレてはまずいからな。限りなく遠くへと連れて行ってやろう」
「まさか、貴方は私の勇者様…………なのですか、現実に存在したのですね……!」
しかし、カーナリ家となると、やはり優秀な魔法使いが仕えているだろう。我に限って計画にミスなどはないが、万一に備えねばな……カーナリが何かブツブツと言っているが、抵抗する様子はないし、放っておいていいだろう。
「はぁ、マーさ……主様、どこまで連れていくんです」
「我の家だ」
「は?」
この町から遠く、安全な場所といえば、我の家しかあるまい。基本研究室しか使っていないため、部屋に余裕もある、問題ないな。
「えー……まぁいいですよ、どうせ聞かないし、確か主様なら何とかなるでしょうしー」
「よし、ではカーナリ」
「はい! 勇者様!」
勇者……?おとぎ話と現実の区別がつかないタイプの凡人か。しかし、我は確かに語られてしまえば、勇者など日にならない伝説だ。勘違いしても仕方ない。
「我は勇者などではない、ここだけの話だが、我はマーと言うのだ。マー様と呼べ」
「マー様……! 素晴らしいお名前です……! きっと貴方のような方を私はずっと待っていたのですね!」
「え、マーさんが勇者……? 頭どうなってんの?」
ふむ、こいつはできる女だ。素晴らしい程に俺に敬意を持っている。俺の悪のカリスマに惹かれてしまったか……クズノも見習って欲しいものだ。
「お前を我が拠点へと連れていく。かなりスピードが出る、舌を噛むなよ」
「わっ、こ、こんなにお顔が近くに……!」
なにやら顔が赤いカーナリを抱え、また光を屈折させる。そして、屋根を駆け抜け町を後にした。