9話 散歩
ついに、我の屋敷建設のための森の主討伐の日が来た。
表向きにはタイケ、ビッグス、デレスの三人攻略するが、我もこの力を披露してやろう。
デレスに我の力を見せつけ、以前の態度を改めさせてやろうではないか。
未来であやつがひれ伏している光景を想像すると笑いが止まらん。
それにしてもここの酒はなかなかに美味い。タイケもいい酒場を知っていたものだ。
「旦那ー! ちょっといいか!」
タイケだ。仲間と語らっていたはずだが、なにやら真剣な目つきをしているな。
何の用だろうか。そうだな……我の役に立てるのが光栄と感じているとみた。
「なんだ」
「すまねぇんだが、森の主討伐、本当に俺たちだけで倒してもいいですかい」
「なんだと?」
……なにやら面白いことになっている。
作戦をある程度組ませたのは現実感を持たせるためだ。早く屋敷建設に取り掛かりたいゆえ、ある程度したら我が即刻魔物を排除する予定だったが……まさか、我の力が要らないと言うとは。
「なぜだ? 貴様らは途中まで作戦を遂行するが、魔物の最後を飾るのは我だ」
「まぁ、そんなつもりなんじゃないかとは思ってやしたよ。ただ、なんとなく、今のままじゃだめなんでさ」
「旦那が忠告してくれた恩返しとして、旦那を完全に隠すためにここは頑張らせてくれ!」
忠告?なんのことだか分からないが、よほど自分の力を試したいようだな。目つきに自信と、不安、畏れが見える。
……ふむ、そうだな、決めたぞ。
「いいだろう。我は屋敷のために森の主がなんとかなればよいのだ。貴様らが倒せると言うのなら構わん」
「ほ、本当ですかい! 任せてくだせえ! 三人で必ず森の主を討伐しやす!」
タイケはそう言うと席に座っていたビッグスとデレスのもとへ戻った。決戦当日ゆえか、奴らは酒を微塵も飲まずに肉料理を食べながら談笑している。
あやつらは我が介入することどころか、この絶大な力に完全には気づいていないだろう。
要するに初めから本気で討伐を三人で行うつもりだったのだ。心配なぞしてやる義理もないが、覚悟がある奴らだ。
「仲間とは、なんとも不思議なものだな」
――もう少し酒を飲むとするか。
◆
屋敷建設予定地近く、木々が生い茂る中にそれはいる。
我の最高な屋敷ライフの邪魔をする不届き者、森の主キングトレンドだ。
我にとって取るに足らないこの魔物も、凡人にとっては強大な災害と化す。大地に根を張り、地中の魔力を吸い上げることによって得た再生能力、張り上げた根を利用した地震攻撃、そもそも再生以前に攻撃が通りづらい。
討伐に求められる能力の敷居が高く、町に近い位置にある森でもしぶとく生き残っている。
そのうえ、これまで自由に魔物狩りをしていたもの達は冒険者ギルドの結束により安易に手を出せなくなった……実力のあるものがいちいち害悪を滅ぼすことも叶わないとは、珍妙なシステムだな。
ここまで長ったらく語っている我だが、隠れ蓑が我の力は要らないと言ったゆえ、この討伐には関与しない。
「暇だな」
何か悪さをして稼ぎにいこうとも思ったが、作戦立案凡人代表のクズノがどうも居ない。
ピュアは我の忠実な下僕だが、正直役に立たん。
隠れ蓑たちもすでに討伐へと向かった。
そうなれば、我がわざわざ動く理由もない。ふむ、そうだな。別に我一人では何も出来ないという訳ではない。
「町を歩くか」
何も思いつかない時は外を歩くに限る。
実際に魔導書の翻訳に行き詰った際はよく散歩をしたものだ。
……違うぞ。行き詰ったのは凡人に向けて理解しやすいものを作るという作業がこの上なく面倒だったからだぞ。
我の手にかかればすぐに終わるが、あえてそれを行うことが気に食わんという話だ。
「ふっ……誰に言っているのだろうな」
ここ最近は常に誰かが話しかけてきて騒がしかったせいだな。なにかと会話するのが癖になってしまったようだ。
我は一人の自由な時間を楽しみながら酒場を出ようと出口に――
「ちょっとあんた! 金払って!」
……手に入れた金はすべて屋敷建設用だったな。我の財布は……ふむ。
「タイケの奴にツケておけ」
風を圧縮、足にまとわせ一気に開放。その際体全体を結界で覆い、空気抵抗に耐えるように変形させる。
この魔法を使えば魔物のなかでもダントツに足が速く、流星の獣といわれるラピドイーターにも匹敵するスピードで動くことができる。
「え、ちょま」
我はそのまま酒場を出た。飲み逃げではない。我に誓って決してだ。
◆
「なるほど、これは美味いな」
「そうですか! まぁうちの看板商品なんでね!」
町を歩きながら食べる肉の串焼き……昔はまるで興味がなかったが、なかなかいい味だな。
おまけに安い。素晴らしい。
「……む」
どうも妙な力を感じる。
これはピュアの屋敷で感じたものか?
「あの男か」
遠くにいる紙袋を抱えた執事服。奴に違いない。
いったい何なのだあの混じりもののような気配は。ピュアの屋敷は人魔共存でも掲げているのか?
我が気配を完全に消して路地裏から観察していると、唐突に執事の姿が消えた。
いや、我の後ろだな。
「先ほどから私を見ているようですが、何用でしょうか」
「驚いたな。なぜ分かった」
中々にできる奴だ。我でも移動の瞬間を見極めるのに一瞬の遅れがあった。
「立場上、周りの視線に敏感なもので……。それで、何用でしょうか」
我が背を向けたまま問うと、執事は鋭い声で答えた。
警戒、観察、殺意を見せぬままに圧を与えてきている。
「まあ落ち着け執事。我はただ散歩していただけだ。ああ、すぐには落ち着けないのは分かっている。待ってやるとも――」
「――混じりは感情を抑えるのが難しいらしいからな」
刹那、我への圧が殺意へと変わった。
「貴様……なぜ……!」
我が振り返ると、執事の手には暗器が握られていた。やはり感情を抑えるのは至難なのか。
仕方ない。やられたことは返してやらないとな。
「だから落ち着けと言っている。我が待ってやると言うのだから聞いておけ」
「二度はない」
「……ッ!?」
ごく一瞬、体内の魔力を殺意に見立てて滲み出す。それだけで執事は全身から汗を噴き出した。
だが、怯んでいても後ろには下がらなかった。
「――ここまでの実力者を遣わせるとは、今度はどこの犬だ。残念だが貴様らの望むものはもう我々の手にはないぞ……! 雇い主にそう伝えておけ!」
「犬だと? 馬鹿にするのも大概にしろ。我は人類の頂点だ。愛玩動物などではない」
なんだこいつは。人を犬だのなんだの。望むものはもう頂いた。雇い主なんてものもいない。
まさか、ピュアの物語脳はこやつから来たのか?
「ならば何者だ! 貴様ほどの者がそうそう町にいるわけがないだろう!」
「暇になったゆえ散歩していた。先も言っただろう」
「は……信じられるか!」
……なんだこやつは。頭が凝り固まっているな。
「はぁ、まったく、まあいい。納得いかないなら力づくで納得させるまでだ」
「お嬢様を見つけ出すまで、私は死なない!」
ふん、覚悟を決めた瞳をしている。素晴らしいじゃないか。
「さぁ、先手は譲ってやろう――」
我は両手を広げ、執事の攻撃を受けることにした。
こやつはどんな技を使うのか……楽しみだ!




