8話 魔法使いクー・デレス
タイケの仲間がいるとかいう場所は、何やら目新しい建物だった。看板をみると「冒険者ギルド」と書いてある。
「ギルドだと? 貴様は冒険者くずれではないのか」
「いやいや、俺はそれであってやすぜ旦那、仲間ってのが、ここにいるんでさ」
なるほど、組織に所属する選択をした者とも、まだつながりがあるにはあるのか。
中に入ると、手前にはテーブルが立ち並び、奥には受付がある。かなり広い空間だな。
酒場としての役割も持ち合わせているのか、騒がしくてかなわん。ところどころから冒険者と思われる者どもが我らをじろじろと見つめる視線を感じる。
タイケはあたりを見回すと、目的の仲間とやらを見つけたようだ。
「デレス! やっぱりフロントにいたか! また酒ばっか飲んでるのか?」
「……オブリか? 私がどうしようと私の勝手だろう。何の用だ」
デレスと呼ばれた女は水色の長い髪の隙間から、赤紫色の鋭いまなざしで我らを一瞥した。杖が見えるな、魔法使いか。なかなかに実力はありそうだな。
「酒に強いのは知ってるが、体には気をつけろって話だよ……用ってのは戦闘依頼だ。お前が最適なんだ」
「……そうか、私が必要か。話を聞いてやってもいい」
「お前ならそう言ってくれるとおもったよ。じゃあ依頼について話すから移動しようぜ」
「わかった」
不自然に少し顔をそらした後、デレスはこちらへ向きなおして立ち上がる。耳元が赤く見えるな。酔っているのではないか?
「それで、こっちの二人は何者なの?」
「旦那は依頼主だな。横の子は従者みたいなもんだ」
「こちらの方はマー様で、私はピュアと申します!」
「私はクー・デレス。勘違いしないでほしいが、これは礼儀として名乗ったまでだ。私はまだそちらを信用していない」
デレスはまた鋭い目をしている。隠す素振りもないようだ。
「おいおいそんな睨むなよ。悪い人じゃあねえ」
「……そう、いいわ。とりあえず、いつものところに移動しましょう。どうせビッグスもいるんでしょ」
来た時よりも周りからの視線が集まっているな。主にこの女に。
『まじかよ、氷のデレスが人の言うことを聞いてるぜ……初めて見た』
『知らねえのか? あっちの大剣持ち、ありゃタイケだよ。デレスの昔の仲間だ』
『あのタイケか! ギルドが出来たときに上ともめて出て行ったていう……』
出る前に少し耳を傾けるとこんな会話が聞こえてきた。なるほど、やはり気難しい女なのだな。
それと共にタイケは戦っていたのか。やるではないか。
「マー様、どうかなさいましたか?」
「いや、なにもない。行くぞ」
「はい!」
◆
「――森の主討伐? そこに屋敷を建てる? 失礼を承知で言うけど、あなた正気?」
「無論だ」
「はあ」
闇市にいたクズノとビッグスも回収し、タイケらがよく集まっていたとかいう静かな酒場へとやってきた我らだが、この女、我の決定に文句があるのか。
「デレス、ちょっと……」
我がデレスに格の違いを見せつけようと立ち上がるより先に、タイケが何やら耳打ちをする。
デレスの耳がピクリと動く。
「本気?」
「本気だ」
「……分かった。やるわ」
何を吹き込んだのか知らんが、どうやら働く気になったらしい。それならば、我も言うことはない。
「それで、どんな作戦でいくんだ?」
黙り込んでいたビッグスが、腕を組む。
「町はずれの森の主っつったら、でかい木の形をしているんだろう? 刃は通らない、燃やすことができないとかいう」
「私的には氷魔法が使えたら楽だったけど、大きすぎて丸々凍らせることは無理」
「俺の大剣も特にいいものでもないしなー、斬ることには自信があるが、厳しいだろうなー」
我ならおそらくその木とやらも燃やしつくすことも凍結させることもできる。だが、巨大な魔物を燃やすとなれば、相応の火力で森は焼け落ち、凍らせたところで、あたりの生物が死滅し、魔物以外全滅するだろう。
それをカバーするよう結界を張ることはできるため、森を守り抜くことは容易なのだが、それでは結局目立ってしまう。
……我の思っていたよりも面倒な問題だな。まあいい、適当なことを言ってごまかしておこう。
「毒でも撒いておけばよいのではないか?」
今朝魔物図鑑でポイズンビッグスパイダーを見たのを思い出し、かなり適当に言った。すると、三人が深く考え始めた。
「そうか、相手は木の魔物、内部から腐らせれば道管を通って木の全体まで及ぶかもしれないな」
「地中の根っこになら俺の切り傷が入るかもしれない……!」
「俺が敵の攻撃を引きつけよう。その間にタイケが剣で根を切り、デレスが何かしらの毒を注ぐ……これでなんとかできるだろう」
三人は何やら作戦を立てているようだ。我の完璧なアドバイスが役に立ったようだな。さすが我。
「毒を出す魔法となると専門外だから……根の一部分を凍らせるのと同時に水分を過剰に吸収させるのはどう?」
「なるほど! お前らしくていいんじゃないか! やっぱすげぇよ! デレス!」
「……! う、うるさい。そんなの当たり前でしょ」
また耳先が赤いな。変温動物か何かなのか?
まぁそんなことはいい。三人が作戦を固めたようだ。屋敷まで着実に近づいている。いいぞ……!
「俺が根を切り、デレスがそこに魔法で『毒』を流す。その間ビッグスが囮……よし、行ける!」
「私がいるから失敗はない。貴方たちが失敗しなければ」
「ふん、久しぶりだぜ。お前のその感じ」
「あたしとピュアちゃんも応援しとくよー」
「は、はい! ファイトです!」
「よし、それでは森の主を討伐せしめるのだ……!」
こうして、森の主討伐作戦は具体的な形を手に入れたのだった。
「そうか……やはりサイジャックは死んだか」
「まぁいい、奴はズノーハ様の配下、『四天臣』の中でも最弱……このフ・コウさえいれば計画は盤石よ……」
「フフフ、ハッハッハ!」
角の生えた男は暗い部屋で不敵な笑みを浮かべていた……。




