1話 我はとにかく金が欲しい / 路地裏でカツアゲだ(1/4)
魔法を極めてはや百年……歴代最高最大の天才であるこの我、ナルシ・マージは思うことがあった。
「………………金が欲しい」
金、とにかく大金が欲しい。
家に収まりきらぬほどの金を見て高笑いしたい、硬貨で満たされた浴槽に浸かりたい、ありとあらゆる贅沢を思うままに経験したい!
我は、これまで魔法の研究に人生を捧げてきた。山奥にひきこもっていた故、普通の人間が経験するようなことは、恐らくほとんど無縁のものだった。
だが、大金を稼ぎ、豪遊したい……!我が得られなかった経験の代わりに、我はそいつらよりも楽しい人生を過ごしたいと考えたのだ。
そのように考えたのもつい最近、ある町にて、興味深い話を聞いたからだ。
その日町に赴いたのは、良い魔導書がないかと散策するためであった。この国……マジカ王国は魔法分野に優れている。
そんなマジカ有数の魔法図書館、我ですらまだその一端に触れているのかも分からないほどの書物の宝庫。俗世から離れた生活をしている我にとって、研究に行き詰った時のアイデア探しにはいい場所だ。
そんな図書館への道中、露店通りを歩いていた時だった。群衆の一人がこう話していた。
「いやー、やっぱすげぇよな! 騎士団長様がこの前ドラゴンを倒しちまったんだろ? ドラゴン討伐ってすっげー金もらえるって噂だし、美味いもんとか沢山食ってんだろうなー!」
ドラゴンを討伐したとかいう、国の騎士団長の話をしていた。ドラゴンは、確かに生態系の頂点として畏れられている。それを討伐したとなれば、我には些細なことだが、凡人にとっては凄いことだろう。特段気になる内容ではなかったはずだったが、今回は違った。
普段は凡人の会話なぞ、耳に入れる価値もないため脳内で遮断しているのだが、この日は何の因果か、その会話に耳をすませていた。
気になったのは金というワードである。
我は、仕事で得た金を生活費以外すべて魔法研究につぎ込んでいた。
それゆえ、凡人で言うところのいわゆる、贅沢することによる幸せを理解していなかった。さっきの会話はそれに気づくきっかけにすぎず、何を思ったか、その日の我は人々の金の使い道について考え、町の人々の買い物を観察していた。
そして、日の落ちる頃に理解したのだ。我が魔法に時間を割き、夢中になるのと同様に、凡人も金で幸せを得ている。
無論、我の研究にも金はかかる。しかし、そうではないのだ。我が気になってしまって仕方がないのは、凡人が大金を得た時の使い道にある。
大金を手に入れたものなど見つかりはしなかったが、ちょっとした贅沢をしたものなら、何人も観察することが出来た。美味さをつきつめた食事、きらびやかな服飾など、以前の我はその善し悪しに特に興味がなかったが、凡人はそこに金をかけるのだ。
ありとあらゆる金の使い道……正直魔法の研究には詰まっていたところだし、気になってしまったのだから、自分で試してみたい。凡人が経験したようなものならば、我の方がより幸福で、意味のある経験になるだろう!我の方が大金だって稼げるはずだ!
そう考えてからの行動は早く、早速金を稼ぐ方法を模索し始めた。そして、そのうちに考えるようになった。
楽して稼ぎたい。これに限る。ドラゴンを倒せば金が貰えるのかと思ったが、人里離れた山奥で魔法を研究していただけの我には、仕事としてやっていた魔導書の翻訳の仲間しか、外部との繋がりがない。そんな人間がおいそれとドラゴンを討伐してきただのと言ったところでまず、誰だお前と突き返されるのは想像できた。
国の騎士団や魔法士団に入ってしまえば、実力で何とかなるかもしれないが、我は楽がしたいのだ。なんのしがらみもなく、とにかく楽に稼ぎたい。だが、我の社会の繋がりは無いに等しい……
我はこうして、人生で初めて苦戦を強いられたのだ。
ここ最近はそんな感じで、研究にも手をつけず、ひたすら楽に稼ぐ方法を考え続けていた。
「ふむ……どうすれば楽に稼げるだろうか……」
我の完全なる思考を持っても、答えが出てこない。これは魔法に匹敵する人類の問題なのだろう。休憩がてら、飼い猫のカワイと戯れていると、ノックとともに玄関から声が聞こえる。
「このやかましい声は……クズノか! 入ることを許可する!」
魔法による施錠を解除すると、見慣れた少女が部屋へと入ってきた。
「マージさんこんにちは! 今日はこの前の魔導書の翻訳取りに来ましたー!」
こやつはメノ・クズノ。我の仕事仲間で、翻訳する魔導書を持ってくる。若い凡人にしては我が才能を認めている奴でもある。
「あぁ、それか、終わっていない。やる気もない。我は今それどころでは無い」
「え、何言ってんですか? 仕事なんだから締切守ってくださいよ」
「何を言う。我が凡人の定めた限りに従うと思うか?」
「またですか! いいからやってくださいよ! あたしまた怒られちゃいますって!」
クズノがなにやらさえずっているが、それどころでは無いのだ……いや、もしかしたら、こいつなら新たな視点を与えるやもしれん。
「おい、大金を稼ぐにはどうすれば良いか、分かるか?」
「はぁ? なんですかいきなり……そんなこと考えてるから仕事終わってない、なんて言わないですよね」
「質問に質問で返すな。応えろ」
すると、クズノは呆れたような顔で肩を落とした。
「はぁ、いつも通りですね……そうですね、もう適当に悪事にでも手を染めちゃえばいいんじゃないですか?」
「悪事…………」
「………………ハハハ! なるほど! その手があったか! クズノよくやった。褒めてやる」
我としたことが、凡人と同じ尺度でものを考えていたようだ。悪事とは言うが、我にとっては些細なこと。我にとっては全て同じだ!
「そうだな、まずは強奪か! あぁ血湧き肉躍る……!」
「まずいなー、こうなると止まんないんだよな……ま、いっか! 面白そうですね、何やるんですか? 私もやります! いい加減今の仕事飽きてたんですよ!」
む、こやつも金が欲しいのか、こやつもそういった欲があるのだな。
しかし、何かと役に立つ。せいぜい使い潰してやるか。
「そうか、よかろう! 我はこれより楽して稼いで豪遊計画を始めるぞ……!」
「わーい! じゃあとりあえず、取り分は半分こでいきましょう!」
「何を言う? 金は全て我のものだ」
「え、いやいや! 一割も渡す気ないってどんだけ傲慢エゴイストなんですか!」
こうして、自己中心的な魔法使いの、楽して稼いで贅沢を目標とした生活がはじまった。
ふと思いついたので書き出しましたが、かなり不定期になると思います。