悪の魔法少女っていいですよね①
──人生ってなんだっけ。
人に生きると書いて人生。人がこの世に産まれ落ちて、この世で生きている瞬間。調べた時にはそう出てきた。
『あやねちゃん』
てつがくてき?に言ったらなんか、色々あるらしい。人生で何を成し遂げたいか、何で喜んで、何で苦しんで、どうやって死ぬか。
それを納得したいから、人生を過ごすらしく、
『──ごめんね!』
なら。
なら、私は。
魔法少女である私は。
人でも無い私は。
物として扱われる私は。
私は。私は、どうすればいいんだろうか。
■
「……」
お金は大切だ。
「………」
お金がないと、生きていけない。
生きていくにはご飯を食べなきゃで、ご飯を食べるにはお金が必要。
「これ……一つ…ください」
だったら、お金はどうやって手に入れる?
お金を手に入れるには、『働く』そうで、
「……」
私は、ご飯を食べるために働いています。
生きる為にご飯を食べる為にお金を貰う為に、働いています。
魔法少女として、働いています。
「……」
産まれた時の事は覚えていません。
誰が産んだのかも知りません。
何で生きているのかも分かりません。
分かるのは、働けばお金が手に入る事だけです。働いて、お金を貰えば生きていける。
「……」
魔法少女とやらは、本来ご飯が必要無いらしいです。お腹が空かなくて、生きていくためにご飯が必要無いそうです。
「……」
でも、私はお腹が空きます。
大人が言うには不完全だからだそうです。
なので、ご飯を食べないと死にます。
「…………」
不完全なことを知られてはいけないので、私はみんなからいない風に扱われます。
働きに行っても、不完全である私にとって、本当の魔法少女みたいな事は出来ません。
だから、私はいつもいつも、死なないようにしながら働きます。
魔法少女はたくさん働く必要があって、人手が足りないことが多いので、弱い魔法生物が現れた時は、私が対処しに行きます。
「………」
「…ただいま」
私は、お母さんやお父さんという人が居ないらしいので、帰る場所を用意してくれています。
『家』に帰る時は「ただいま」と言う必要があるので、本当は相手が必要なこの言葉を誰もいない場所に向かって投げかけます。
「……」
荷物を置いて、お風呂に入って、体を拭いて、出たら買ってきたものを食べて、歯を磨いて、横になって、
「おやすみなさい」
また、明日働くために目をつぶります。
働かないと生きていけないので、働くために眠ります。
そしたら、明日起きて歯を磨いて、私は働きに行きます。
「………」
毎日、毎日、毎日。
明日、その明日、そのまた明日になっても、私は寝て起きて、寝て起きて、働いて働いて働いて働いて───。
曰く、人生とは死ぬまでの旅程らしく、詳しい意味はわかりませんが、死ぬまで生きることを人生と言うみたいです。
なので私は、死ぬまで生きてみたいと思いました。
■
「───」
お仕事はかなり命懸けです。
『人生』の死ぬまでと言うものがどこまでなのか分かりません、お仕事中に死ぬかもしれないので、もしかすると、私の人生はその時に終わるのかもしれません。
魔法少女は魔法を使います。
でも、私は魔法を使うと、『不完全』なので魔法も『不完全』になってしまいます。
空は飛べず、不思議な光は放てず、できることとしては、硬い棒みたいなものを作れる位です。
木の棒よりは硬くて真っ直ぐで、お店で買えるさけるチーズより柔らかく曲がり、思いっきり振るとそこそこ痛いです。
「──ッ」
「ギ、ギチチッ!!」
どれだけ不完全でも、魔法生物は魔法少女にしか殺せない。
だから、みんなからすれば取るに足らない蟲みたいな見た目をした小型の魔法生物と、毎日戦っています。
「ぁぐッ…ぁ、ぁぁあああッ!!!」
「ギィッ──!?」
魔法少女はとても頑丈な筈ですが、私はそうでは無く、逆にとても脆いんです。
噛まれれば腕が取れるし、目をつつかれた時は頭の中身まで食べられちゃうかと思いました。
でも、魔法少女は『物』とそう変わりなく、腕が食べられてもその分の『魔素』っていうものを継ぎ足してくれれば、勝手に生えてきます。
その魔素というものも、貰うのにお金が必要で、いつも白い服のお兄さんに仕事した後のお金を渡しているので、帰り道のポケットにはあんまりお金が残ってないです。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「──」
「…………ふぅ」
今日は横のお腹の肉だけで済んだので、帰り道は久しぶりにコロッケとおにぎりを頼んでみようかと思います。
魔法少女は見た目を戦う時に変えているのですが、私はそれも出来ません。実物の服を着て戦っているせいで、終わった後には布屋さんにも駆け込みます。
「………………終わりました」
「…………」
「ありがとうございます……」
──私とは、誰も目を合わせてくれません。
不完全だから、お金を渡してくれる人も、白い服のお兄さんも、おにぎりを渡してくれる緑の服の人も、服を直してくれるおじいさんも。
誰も、私とは目を合わせてくれないのです。
理由を聞いたことがありますが、誰も、何も話してくれず、ある日、白い服のお兄さんからは。
『ごめんね』
何故か、謝られました。
「……」
「…………」
きっと、それは不完全だからだと思います。
不完全だから、謝られる私にも、たった1人目を合わせてくれる人が居ました。
「……あ」
「───あやねちゃん」
「……こんにちは」
「そうだね☆こんにちは!」
名前は教えてくれませんが、彼女とは時々帰り道で顔を合わせます。
彼女は魔法少女の1人で、私とは、比べ物にならない優秀な魔法少女らしいです。
そんな人がなぜ不完全な私に声をかけてくるのか分かりませんが、私には理由なんていりませんでした。
目を合わせてくれて、私と話してくれて、ただそれだけが私にとっての救いだったのです。
「晩御飯、今日もおにぎりだけ?」
「今日は…コロッケも、食べます」
「うんうん、いいねいいね☆あやねちゃんも毎日ちゃんと食べなきゃ!」
「はい」
「私も今日は一日忙しかったよー…市街地のど真ん中にさ、ちっちゃいのがわらわらーって出てきてさ」
「……」
些細な、ほんの日常会話でしかありませんが、彼女の語る話は、私が絶対体験できないようなものばかりで、私はいつもそのお話に耳を傾けています。
私は彼女のことが大好きです、不完全な私に話しかけてくれて、目を合わせてくれる。時には一緒にご飯を食べてくれたりしました。
「ふふっ、しかもまた市民の奴らが…自分じゃなんにも出来ないくせに文句ばっかり言い始めて……」
「……うん」
「みんながあやねちゃんみたいだったらな〜って、ずっと思ってる」
「……」
「優しくて、私の話を聞いてくれて──」
きっと彼女も私のことが好きなんだと思います。
それは何故かというと、好きな人には隠し事をしないそうで、隠し事が無い私と隠し事をしない彼女は、お互いのことが大好きなんだと思います。
だから────。
「あやねちゃんみたいに、私の事を受け止めてくれる人ばっかりだったらなぁ……!」
「……」
「──お腹、見して。怪我してるよね」
「……うん」
服をめくって、私は彼女に今日できた傷を見せる。
「偉い偉い☆ちゃんと直さずに来てくれたんだ…!やっぱり私、あやねちゃんの事が大好き!」
「……」
「今日はどんな奴にやられたの?」
「蟲…みたいな、奴です」
「ひ、ひひっ……ふーん?あんな雑魚に?そっかぁ……」
彼女は、傷を見るのが大好きな様で、私がこうやって傷を直さずに顔を合わせると、とても喜んでくれます。
「ねぇあやねちゃん」
「──触って、いいよね?」
「……うん」
魔法生物に食べられて、抉れた横腹に手を入れる彼女の顔は、いつも花を咲かせたような笑顔で。
それが見たくて、私は痛くても痛くても我慢します。
「かわいい……可愛い…!あやねちゃんは、ほんっとに可愛いね……!!大好き!」
「っ゛…う…ん゛…」
「あやねちゃんは?あやねちゃんはどう?あやねちゃんも私の事大好きだよね?」
「………うん」
「良かったー!朝も、昼も夜も毎日毎日、あやねちゃんが私の事を好きでいてくれてるのか心配で!そうだよね当たり前だよね私が大好きなんだからあやねちゃんも私の事が大好きだよね!」
出会ってから、最初にコレをされた時はびっくりして逃げちゃって、怒った彼女は私に色んな事をするので、私はコレも大好きな彼女の一部だと受け入れました。
傷を隠そうとしても、傷がつく場所は毎回服もツギハギになっているのですぐにバレてしまいます。
私より大変な仕事をして、毎日毎日私以上に頑張ってるので、きっと疲れてるんだと思います。
「ふひっ…あやねちゃんの中、すっごく暖かくて……ねとねとしてて、心地いいね…」
「………………」
「あ、ああ、だめ、ダメダメダメ!死んじゃダメだよあやねちゃん!すぐに直してあげるから!」
「………」
「脆いね、弱いね……大変だね……頑張ってるね……あやねちゃんは可愛くて、頑張り屋さんで、本当に…」
「可哀想で、堪らない☆」
それでも、私は彼女の事が大好きで。
それでも、彼女は私の事が大好きで。
互いに想いあっているから、私はきっと、『良い人生』を送っているのだと思います。
■
『あやねちゃん──ごめんね!』
──音が遠い。
『どうして!どうして君が…!君は、そんな事しないって……』
『…頼む、頼むから君の意思じゃないって言ってくれ、それなら──!』
──意識が遠くなる。
『残念だけど、補給所からの窃盗は重罪。貴方から魔法少女としての資格と能力を剥奪するけれど……』
『……魔法少女として不完全な貴方から、魔素を剥奪すれば…どうなるかは、私にも分からない』
──全てが、遠ざかっていく。
耳鳴りがする、心臓が痛くてたまらない。頭がぼーっとして心が苦しくてお腹が減って全部全部おかしくなっていく。
なんでこうなったのか、どうしてこうなったのか、それは分かってる、それでもなんで、どうして。
『ねぇあやねちゃん』
『お願いしてもいい?』
その日は、いつもとはほんの少し違う日だった。
毎日とはちょっと違う少し特別な日。
彼女から、私に特別なお願いをされたのだ。いつも修復のための魔素をお金を渡すと渡してくれる白い服のお兄さんから、教えられたものを取ってきて欲しいって。
『どうしてっ…!盗みなんか…!!』
『僕は、君を……っ…毎回、ボロボロになって帰ってくる君の為に…魔素の使用量を虚偽申告までして…!!』
そしたら、お兄さんは訳の分からないことを言って泣き崩れてしまい、私は良くわからないまま逃げ出しました。
──見てもくれなかったくせに、私の為だなんて嘘をつくお兄さんの事なんて知りません。
「……」
逃げて、逃げて逃げて逃げて。
逃げ続けて、彼女に取ってきたものを渡した時に、『ごめんね!』と謝られたけれど、なんで謝られたのか分かりません。
「……」
何も、何もわかりません。
なにもなにも、なにもかも分からないまま。
──私の人生は、終わるのでした。
「こんにちは!」