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悪のドクターっていいですよね


「ようこそ!悪の組織第一支部に、いらっしゃいませぴょん!!」


「───マジか」


携帯の案内に従って電車に乗り、案内された先は、人の住み付けないようなド田舎だった。

どこまでも続く山、田んぼだらけの平地、整備された道は1つ見当たらず、この時代に、ここまで社会から取り残された地域が存在するとは、思いもよらなかった。


「マジか」と川畑優希は繰り返す。悪の組織だのなんだの話していた奴の第一支部がどんなものか見に来てみれば、そんな超級のど田舎に一軒ポツリと古びた木造家屋が建てられているだけ。


「マジか」と川畑優希は繰り返す。妙に変な語尾をした電話相手だと思っていたが、まさかその相手が野道の中、バニーガールの格好をして歓楽街の風俗店の様にプラカードを握るイカれた奴だとは。

とりあえず、とりあえず家の中まで入れてもらって、玄関にて差し出された冷えた麦茶を飲み干しながら──。


「マジかお前」


「…格好についてはノータッチでお願いするぴょん!」


「いや、無理だろ」


「ノータッチで、お願い、する、ぴょん」


にしてもこのクソ暑い、しかも都心より数倍湿気が多いこの場所で真っ黒衣装のド変態に出会えるとは思わなんだ。衣装のセンスはいいんだがな。


「ちなみにコレは主の趣向ぴょん!ミーは衣装の作成に何一つ関わってないから、勘違いするなぴょん」


目の前のバニーガールの呼び名は『変態』にするとして、こいつが主ってのは、昨日俺の元に現れ……そして願いを叶えた化け物のことだろう。

──魔法による命の蘇生には幾らか条件がある。異次元から『魔力』を引き出して『魔法』に変換する魔法少女にとって、『引き出す』という箇所が最重要地点。


「……」


「送って貰った書類は審査させて貰ったぴょん、主は適当にポイポイ引き入れようとするけれど、一応事務係として厳正な審査の元…──川畑優希さんには入隊する能力があると判断させて貰ったぴょん」


「お前らこの時代にしてはアナログ過ぎる。電車で来いだの書類送れだの、殆どデータ化してんだから現物にすんの大変だったんだぞ?」


「魔法少女タクシーが主流になってからは電車も衰退してしまったぴょんし……20年そこらあれば人類はすーぐ便利なモノを作るぴょん」


魔法と言う出力を行う為に、異次元から力を引き出す。それはつまるところ願いに対する対価だ。

魔法っていうのはそう便利なものじゃない、童話のように願えば何でも叶うなんて、そんな代物じゃねぇんだ。


「……ここに来たのは間違いだったか、俺」


「間違えては無いと思うぴょん、貴方は願いを叶えた。叶えて…そこで終わりでもよかった。なのに電話してくれたという事は、まだ貴方は選択の途中ぴょん」


「変態のくせに深いこと言うねぇ」


「──ミーで今の内に目を慣らしておいた方がいいぴょん」


「……」


元の肉体を魔素に置換し、人間という枠組みから魔法少女へと『進化』した彼女らは、魔法の使用に肉体の魔素を使う。

高々人間の身体を置換させた位じゃ、魔法っつー奇跡を使うのに到底必要数が足りない。

だから魔法少女は、己の魔素を使って導線を形成する。異次元から肉体までのパス…パイプを使い、魔素を引き出しながら使う。

そのパイプと『魔法』という出口をどれだけ強固で大きなものに出来るかが、魔法少女の才覚を問われる場所だ。


「主は初期スカウトに3人、幹部にしたい相手へ勧誘しに行ってるぴょん、来てくれて嬉しいぴょん。……主は結構無茶苦茶するぴょんから、恩を感じて入る〜、なんて理由だったらさっさと帰った方がいいぴょん。恩の数百倍は迷惑かけられるぴょん」


「恩を返す、なんて気は無いぞ。瑠奈も瑠美も、妻も…元通りにした所で、俺が犯した罪は消えない。都合良く死因の記憶は消えてたが……もう、俺はアイツらの傍に居ていい人間じゃないんだよ」


「──素晴らしくベタベタな理由ぴょん、素で言ってるなら入隊素質あり過ぎぴょん」


「お前──……チッ、揃いも揃ってカスみてぇな性格しやがって…」


──命の蘇生。

それは、倫理がああだのこうだの、そんな話をして禁忌になっている訳じゃない。命を蘇生する事で決まってしまう『ある事』を避ける為のものだ。

それは、命の価値。

魔法による蘇生に対し、どの程度の代価を払えば済むのかが明言されてしまうからだ。これが普及してしまえば、人間という種はその在り方を捨てる。幾年、幾百年、幾億年積み重ねてきた命のリレーを『価値』なんてつまらないもので全てを汚泥に変えてしまう。


「……ふう…ここ、タバコは大丈夫か?」


「ミーが成年してるように見えるなら!……というのは冗談で、今はちょっと育児中だから勘弁して欲しいぴょん、主もヤニは嫌いだし。煙が外に出る場所なら良いぴょん」


「悪の組織が育児かよ!!ったく……主だったか、正体に関しては大体察しは付いてる。…アイツは…さしずめ『魔法少女の原型』だろ」


「『最初の魔法少女』とは言わないぴょん?」


「…人間にとっちゃ、最初ってのは『人類としての歩み』に換算された後から始まるんだよ。少なくとも……自然災害に名称は付けねぇ、てか年齢的には魔法少女つーか魔女だろお前ら」


「流石主がドクター枠としてスカウトしに行っただけはあるぴょん、悪の組織のお約束、『妙に色んな事に精通した幹部のマッドドクター』は伊達じゃないぴょん」


「…なんつー不名誉な呼び名だソレ」


タバコを吸えないことを残念に思いながら、川畑は腰を上げて、風の吹く方向へと歩いていく。

悪の組織なのにクーラーも付けて無いのかとツッコミたくなるぐらい暑いのだが、何故か部屋を通り抜ける風は冷たく、外の気温を考えると有り得ない冷たさだと分かる。


「面接は30分後」と変態に告げられ、その間に家の中を探索する事にした。

歩く度、床の木材がギシギシと音を鳴らす古屋、突発的に現れたあの化け物の根城にしては趣があり、軒下に目を向けると飾られている風鈴がユラユラと楽しげに揺れていて、


「…ここだな」


胸ポケットからタバコを取り出す。

理解を超えた現象が起きすぎて頭が痛くなってきた頃だ。リラックスタイムには丁度いい。


「……」


──ほんとに生き返ったんだな。

携帯を覗き込み再度そう思考する。生き返った、失ったものを取り戻した、そう光悦に浸るには余りにも傲慢が過ぎる。


「……」


優柔不断な男だ俺は。

あの変態の言う通り、俺は『恩』とやらでここまで足を運んでしまったらしい。

妻の笑顔を見る度に、我が子と、我が子のように接し続けてきた2人の笑顔を見る度に……復讐なんて、どうでも良くなってしまった。


ただ、この『どうでもいい』も所詮妥協だ。俺は憎みに憎んだ奴らの細胞一つたりとて許してやるつもりは無い。ただ憎んでいる時間があれば、この幸せに浸っていたい。


「……っ…」


眉を顰める。

一度失われたものは戻ってこない、俺から一度失われたものは、何一つ戻ってきていない。

泣き崩れて、妻と子供達を感傷たっぷりに抱き締めて、神に祈りながらその幸せを享受したとして──。


「……やっぱ、殺さないとな」


一度、失われた事実は何一つ変わらない。

そして2回目が無いとも限らない。


俺を抜け殻にする為に、奴らは俺から大切なモノを全て奪い去った。そしてそれが戻ってきた上で、俺が生きている。奴らの秘匿しようとしているものを抱えに抱えまくった俺が居る限り、家族に安全と平穏は訪れない。


現に家を出て尾行してきた奴らも居る。ただ…電車に乗ってからは気配が無くなった。

恐らくは、あの変態の仕業だな。はた面倒な指示を全部こなして来たかいはあったといった所か。


「…………」


「……瑠奈、瑠美」


「パパは鬼になっちゃったから、かくれんぼしてる奴らを見つけに行かなくちゃ」


例え化け物に、悪魔に魂を売り渡し、その果てに肉体を地獄の炎で焼かれようとも。

もう二度と、パパはみんなに悲しくて辛い思いはさせないからね。


「…………」


「んにゅ…」


「──あ?」


「んみゅぅ……」


──足に誰かが抱きついている。

手で足を掴んでいるのではなく、確かに全身で抱きついているのを感じさせられる。

けれど今感じている感触的に、サイズは猫か赤ん坊のそこいらだ。


そういえば……育児、なんてのをしてるんだったなと、悪の組織に似合わな過ぎる光景を見ようとして下を向けば、


「────」


「にゅぁ……ぁあんま……ぅにゅ…」


「は」


『赤ん坊のサイズの少女』がそこには居た。

訳が分からない。赤ん坊では無く、少女を無理矢理縮めて赤ん坊のサイズにしたモノが足に引っ付いている。

更に気味が悪いのは、身体に小さな翼が生えている事だ、服装も魔法少女の衣装をそのまま縮めて着させている様に見えた。


「あー!こんな所に脱走して!そこのおじさんは怖い人だから近づいたらダメぴょん!」


「お……」


「離れる……ぴょん!」


「んん゛っ゛!や゛!」


「ちょ、ちからつよ……おじさんにしがみついてるぴょん?何でこんな好かれてるぴょん!?」


「おま、は、これ……なん…?」


「ウチの子ぴょん」


「───???」


「経産婦じゃないぴょんよ、詳細は入隊したら教えるぴょん」


どう見てもフラスコベイビーなソレは、最早理解だとか倫理だとか、そういう次元では無い。

ダメだ、コイツらは悪魔なんてものじゃなく、人類の為に居なくならないといけない存在だ。


人間として踏み越えてはいけない一線だろうが!コレは…!本当に…なんだ…!?


「むー」


「…そんなにおじさんから離れたくないぴょん?」


「ん」


「運命って奴かぴょん……仕方ない、川畑さんちょいこの子お願いするぴょん」


「お願い……って……」


「ミルクの時間は終わってるから、適当に遊んであげて下さいぴょん」


「………………」


「ちなみに……なんだが……」


「──聞いておく、お前らの目的は、なんなんだ」


「えー?多分……────」











──月光が刺す静かな夜。


男は、自分よりも圧倒的に小さく、か細い命と触れ合っていた。


「…………」


「あぅ」


「…………」


「ぅぁう」


「──────」


「うー……」


「可愛いな、お前」


赤ん坊サイズの少女を抱き上げる。

水色を基調とした西洋のお姫様のような服を着せられている彼女は、川畑に向かって手足をパタパタと振り、笑顔を向けた。

魔法に精通していない、もしくは生物に対して深い知見が無いものなら、違和感があるが微笑ましい光景なのだろう。


可愛い、可愛らしいその子へ高い高いをしたり、自分が何しても喜ぶ姿に騙されかけるが、コレが真っ当な命では無いことを脳髄に叩き込んでいるせいで、心臓の高鳴りが止まらない。


「…………」


「お前、魔法生物なのか」


「う?」


──面接は終わった。


『面接と言っても特に話す事は無いぴょん。一応川畑さんの方から何か希望があればこちらで善処するぴょん』


──ほんと適当だなコイツら……。と、身元の確認と入隊希望動機を聞かれて終わった面接の事を思い出す。

俺は、自分の家族を守りたい。その願いを叶えるために悪の組織()に入隊しようと思う。


要求したのは家族の身の安全と、『目的』に家族を巻き込まない事。

二つ返事でOKは貰えたが、唯の人間がこの化け物達に口出しできるとは。


「……目的が目的だからか」


俺という人間は奴らにとって必要無い。確かに魔法少女の研究に携わっていたから、『ドクター』と呼称される程度の事は出来る。

だからといって、全能の存在がそんなものを必要とするものか、馬鹿らしいったらありゃしねぇ。


「……」


「い〜」


「発音練習か?」


「あ〜」


「……」


「お〜」


「…ほんと、中身を知らなきゃ可愛いだけで終わるのにな」


「──?」


「…か・わ・ば・た……言ってみな」


「───????」


「……まぁそうだよな…はぁ、何してんだ俺…ドクターだの変な役職に就かされたし…そもそも魔法少女は自己治癒が出来るだろ…!」


イライラが募ってタバコを取り出しかける……が、流石に赤ん坊の前でケムリは出したくない。

妻と子の元を離れてする事が、赤ん坊の世話なんて知られたら──そう考えてる内にまたタバコを吸いたくなる。


気分を変えようと赤ん坊を抱え、再び軒下へと戻る。先程、軒下で見つけた魔法の痕跡を辿り…風鈴に続いていたのを見て、謎の涼しさの原因はコレかと、風鈴を指で軽く弾いた。


音が鳴る度、周囲の風が冷えていく。それはそれは馬鹿げた現象で、気温が下がる事なく吹く風のみが冷たいのだ。

大気に干渉しているでもなく、気温を下げている訳でも、熱を奪っている訳でもない。

──風鈴が鳴れば、冷たい風が吹く。これはそういう『現象』だ。


理屈の存在しない概念、『風鈴が鳴れば、冷たい風が吹く』というルール、枠組みに基づいて作動している魔法。


「…ドクター……ねぇ…」


やっぱり、どう考えても必要無い。

あの化け物は俺に、何を望んでいるのやら。


「どくたー?」


「────」


「どくたー、どくたー………どくたー!」


「──マジか」


不名誉な名前を先に覚えられてしまい、結構なショックが心中に到来したのをみるに、俺はかなり小さくて可愛い存在に対し弱いらしい。

魔法少女なんて所詮上の奴らの道具だとしか思ってなかった、だから簡単に銃を向けれたし、引き金を引けた。


何より妻を廃人にしたのは魔法少女だ。───それでも、それでもこうやって…誰にも何にも縛られていない彼女らは……思いの外、可愛らしい。


「……元気に育ったら、どうなるんだか」


魔法生物の魔法少女化。この世の誰も思い付かない所業を目の当たりにして、心に研究者としての火が燃え始める。


何も悲劇の始まりは、俺以外の悪意のせいだけじゃない。


──十二分に、悲劇が始まった理由が俺にも存在する。


「……」


「全部終わったら、居なくなるパパの事……」


「許して……くれるかなぁ……」


「かくれんぼ、パパはいつも鬼だったからさ。たまには…──」


「どくたー!!」


「……」


「どぅあー?ど、どぅ、ぁう……」


「…………」


「う、う……!!」


「っ、泣くな泣くな…分かったから…まだお口がちゃんと回らないだけさ。すぐ話せるようになる」


「う……?」


「……ああそうさ、だから今はお利口さんにしとけ…」


「──ん」


異常な学習スピード、既に未来の形が決まっているかのような赤子の姿、もう人間の感情の機微に反応できる共感性。


──ああ。もしこの世界に神様がいるとするのなら、あの化け物を早く殺してください。そして、この子を殺してやって下さい。


もし、もしこの子が元気に育ってしまって、俺の想像通りの子供になってしまうのなら、



「…………」



「あんまりにも、残酷過ぎる」



「もしかするとパパは…悪魔よりも怖い奴と、出会っちゃったかもな……」



──ある一日の終わりに、とある田舎のとある家、その軒下で休む男は名前を捨てた。


家族を守る為、復讐を果たす為、神様の居ないこの世界で、人間が救いを求めれるようにする為に。


地獄の底かもしれない場所で、名前を捨てる。



「………」



「────はぁ」



『ご自身を許してはどうかぴょん?たまにと言わず、毎日奥さんと子供に会いに行って』



『──しっかりとパパになってから、この子達を育てて欲しいぴょん』



「あんの変態、マジでクソ適当な事しか言わねぇな…!!」



人の気持ちも知らないでそうのたまった変態に、今後一生一片の感謝も送ることは無いだろうが、


──それもいいか。今、そう思わせてくれた事には、感謝したい。

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