破滅の予言と、奇跡の準備
セリシアは、神殿を出て村を見下ろす丘の上に立っていた。
古びた家々、手入れの行き届いていない畑、そしてその奥に広がる深い森。
(あの森から魔獣が来るんだよね。確か“瘴気により変異した亜種グルード”だったか。炎耐性あり、物理に強い。あと二日)
口元に手を添えて微笑む。
「……ああ、なんと美しき光景でしょう。ここが、わたくしの最初の歩みの地となるのですね」
(あーあ、なんでこんな厄ネタが初期村に配置されてんのよ……。ゲームの開発者マジで性格悪い)
後ろから、神殿の神官長がやって来る。ロジェル・フランマル。白髪の老人で、セリシアの補佐役だ。
「セリシア様、ご気分はいかがですかな? 何かご命令があれば」
「ええ、とても清々しい朝でございますわ。……ところで、村の守備陣形について、少々お伺いしたいことがございますの」
「守備……でございますか?」
「はい。この村には、わたくしが“何かを感じた”……と申せば、ご理解いただけますでしょう?」
(察しろ。ていうか信じてお願いだから。ここで「感知スキル」とかないんだから!)
神官長は息を呑んだあと、うやうやしく頭を下げる。
「なるほど……! まさか、セリシア様はすでに“兆し”を……! すぐに、騎士団に連絡を!」
(やった、チョロい! ……いえ、民の安全を願う聖女として、当然のことをしたまでですわ)
セリシアの指示により、村は急ピッチで防衛準備を開始した。
森との境界線に柵を張り、火薬庫の管理も厳重に行うよう命じた。
そのすべてが、周囲には「奇跡の予知」として受け止められた。
⸻
その夜──
セリシアは神殿の一室で、膝を抱えて思案していた。
(……今のところ順調だけど、油断はできない。グルードは夜襲型だったはずだし……)
「セリシア様、お夜食をお持ちいたしました」
戸を開けたのは、給仕を務める若い少女、ミレイユだった。まだ十歳ほどのあどけない顔。
「まあ……ありがとうございます、ミレイユ。ご丁寧に……」
「わたし……、セリシア様みたいな立派な聖女になりたいんです!」
「……うふふ。嬉しいですわ。そのお気持ちだけで、胸が温まります」
(……この子も、ゲームだと死亡確定だった子だ。火薬庫の爆発に巻き込まれて)
思わず、スープを持つ手に力が入った。
(……絶対、死なせない)
心の底から湧き上がるその感情に、セリシア自身が驚いた。
(……わたくし、どうして。NPCなんて、ただのデータのはずだったのに……)
⸻
翌日──
事件は、セリシアの計画を少しだけ狂わせる形で起きた。
偵察に出ていた騎士が、重傷を負って戻ってきたのだ。
「セリシア様、敵影を確認いたしました! 魔獣の群れが、森の奥よりこちらに向かっております!」
村の中が騒然とする。
セリシアは、しかし慌てずに立ち上がった。
「皆さま、どうかお静まりなさいませ。わたくしは、皆さまの傍におります」
(さて、“聖女”としての初陣ね。しっかりキメなきゃ)