運命の始まり
金と白で彩られた神殿の天井。そこから差し込む光は、まるで聖なる後光のようだった。
目を開いた瞬間、セリシアは理解した。
(……ああ、やっちゃったなぁ)
視界に映るのは、豪奢な天蓋付きのベッドと、白衣の少女たちが神妙な面持ちで祈る姿。
そして──何より、見覚えのあるこの場所。
乙女ゲーム《グレイス・リディア》の聖女ルート。絶望と悲劇を繰り返す鬱展開の巣窟。
(まさか、本当にこのゲームの中に転生するとは……! しかもよりにもよって、死亡率トップクラスのセリシア様ルートとか!)
けれど声には出さない。セリシアはゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡して、柔らかく微笑んだ。
「……ご心配をおかけしてしまいましたわね。わたくし、大丈夫でございます」
「セリシア様……!」
「神よ……ついに聖女が目覚められたのですね……!」
祈っていた少女たちは涙を流しながら跪いた。その視線には純粋な崇拝と、何かを託すような期待が宿っている。
(あーあ……もう始まっちゃった。これ、絶対面倒くさいパターンじゃない……)
けれどその表情に曇りはない。
セリシアは“完璧な聖女”として振る舞うことを選んだ。
「皆さまの祈り、確かに……届きましたわ。どうか、顔をお上げになってくださいまし」
少女たちは一斉に顔を上げ、口々に感謝と賛美を述べた。
その光景は、セリシアにとって──既視感のある“ゲームのイベント”だった。
(でも、この村、あと二日で魔獣に襲撃されて、全滅するんだよね……NPC含めて子どもまで全員)
記憶にある通りなら、助かる見込みはゼロ。
このまま“イベント進行”に任せれば、間違いなく地獄が再現される。
(……うん、やめよう。めちゃくちゃ寝覚め悪いわ)
だからセリシアは、ゆっくりと立ち上がり、祈りの姿勢を取った。
「主よ。どうかこの地に、祝福と……救済を」
(……ってポーズしてるだけだけどね。とりあえず情報収集からよ。村の地形、守備、火薬庫の位置と避難路……。くっそ、完全に災害対策マニュアルじゃん)
けれど、彼女の静かな祈りの言葉は、空気すら震わせた。
そして、神殿のステンドグラス越しに差し込んだ光が、彼女の姿を包み込むように照らす。
「光が……!」
「神の光が、聖女セリシア様に……!」
(いやそれ、ただの朝日です。マジで)
けれど、もう止めることはできなかった。
この瞬間、村人たちにとって──“本物の聖女”が降臨したのだ。