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【完結】怪異解体奇譚  作者: 卯月 絢華
Chapter 02 見てはいけない
9/19

Phase 01 怪異シェアリング

 アパートへと帰った私は、古谷桃子との話を踏まえた上で大渡達哉のスマホへメッセージを送った。

 

 ――今日、色々あって桃子ちゃんと会ったのよね。

 ――もちろん、話の内容は「カシマさん」にまつわるモノよ。

 ――この間、西神中央の森で見つかった遺体があったじゃないの。

 ――遺体の第一発見者によると「遺体の発見場所で一瞬だけ青白い光が見えた」って言ってて、私はその光を「カシマさんの祟り」だと考えたって訳。

 ――まあ、達哉くんがどう思うかは勝手だけど、念のために私の意見はこんな感じよ。

 

 彼にメッセージを送ったところで、既読はすぐに付いた。――読んでいるのか。

 

 そして、彼からメッセージに対する返信が送られてきた。

 

 ――ああ、やっぱり彩花ちゃんもそういう目線で考えていたのか。

 ――僕も、ちょうど「カシマさん」について調べていたところだったからな。

 ――「カシマさん」の祟りって、「青白い光を見たら命を落とす」と言われていて、祟りから身を守るためには3回「カシマさん」と唱える必要があるらしい。まるで「口裂け女」における「ポマード」みたいだな。

 ――まあ、現代における「カシマさん」の祟りはそういう口裂け女の口承と混同されて生まれたと言われているからな。それは確かだ。

 ――とはいえ、実際に西神中央で発生した事件と関係があるかどうかは不明だが。

 ――僕から言えるところはこんなところだ。

 ――また、何か思いついたことがあったらスマホにメッセージを送ってくれ。待っている。

 

 メッセージはそこで終わっていた。やはり、彼もあの事件のことを「カシマさんの祟り」だと考えているのか。

 

 前提として、片岡美月という女性が西神中央の森の中で殺害されていて、事件発生時刻と思しきタイミングで近隣住民から青白い光の目撃情報がある。その光がどういうモノかは分からないが、現時点だと「カシマさんの祟り」と考えざるを得ない。

 

 私はなんとなくダイナブックのブラウザで「カシマさん」を検索した。検索結果にはネット上の怪談から実際にあった怖い話まで多岐にわたっていて、地域によってその祟りは異なっていた。ちなみに、兵庫県の場合は戦後間もない加古川市内で発生した「婦女暴行事件」と関連付けられて語られているらしい。

 

 その事件は加古川市内で米軍向けの娼婦として働いていた「カシマレイコ」という女性が、「サービスが気に入らないから」という理由だけで進駐軍から犯されて、彼女はショックで線路へと身投げをした。当然だけど、線路上に列車が走っているので、電車にはねられた彼女は、そのまま身体がバラバラに砕け散った。

 

 そして、怨霊と化した彼女の肉片は今も兵庫県内を漂っていて、彼女の怨みが具現化した「青白い光」は彼女の肉片だと言われている。――まあ、兵庫県内に伝わる「カシマさんの祟り」はこんなところか。

 

 仮に、片岡美月が「カシマさんの肉片を見たから命を落とした」としたら、やはりこれは「カシマさんの祟り」としか言いようがない。

 

 そんなことを考えていると、古谷桃子からメッセージが送られてきた。

 

 私は、そのメッセージを読んでいく。

 

 ――都築さん、今日はありがとね。

 ――おかげで「西神中央で目撃された青白い光」というモノがなんとなく分かったかもしれないわ。

 ――仮にその光が幽霊だとしたら、やっぱり達哉くんの出番なのかな? 彼、そういうモノを専門とした探偵なんだし。

 ――私も陰から達哉くんのことを手助けしたいと思ってるけど、やっぱり仕事が忙しいのよ。

 ――まあ、休日の度に3人で話がしたいとは思ってるけどさ。

 

 それはそうか。小説家という年中無休の職業である私と違って、大渡達哉も古谷桃子も平日は普通に働いている。今日は日曜日だからこうやって情報を共有できたけど、これが平日なら情報の共有は難しい。かろうじてスマホのメッセージアプリを通じて情報の共有は出来るかもしれないけど、それはそれで面倒だ。――ならば、ここはグループチャットを経由して情報を共有すべきか。

 

 そう思った私は、メッセージアプリでグループチャットを作ろうとした。しかし、アプリを起動したタイミングで――すでに大渡達哉がグループチャットを作っていた。仕事が早い。

 

 グループチャットのメンバーは私と大渡達哉と古谷桃子、そして西口沙織の4人である。多分、西口沙織は「禁后事件」でお世話になった縁ということでグループチャットのメンバーに入れたのだろう。もしかしたら、彼女も何らかのカタチで力になってくれるに違いない。

 

 早速、私はグループチャットのログを覗いていく。ログには大渡達哉と古谷桃子のやりとりが残されていた。

 

 私も、「テスト」とだけメッセージを残した。メッセージに対する既読は速攻で全員分の既読が付けられることになった。――やはり、私のことを待っていたのか。

 

 私は、ちゃんとしたメッセージを送信する。

 

 ――達哉くん、グループチャットを作ってくれてありがとう。

 ――推理小説家である私が事件に対して力になれることは少ないと思うけど、それなりに貢献したいと思っているわ。

 

 古谷桃子から「了解」のスタンプ、西口沙織から「親指を立てたキャラ」のスタンプが送られてきて、大渡達哉からは文字によるメッセージが送られてきた。

 

 ――ああ、分かっている。

 ――「禁后事件」も彩花ちゃんの思考が事件の解決へと繋がったからな。

 ――ちなみに、僕は今宿南刑事と話を終えたところだ。どうやら、彼もあの事件について思うことがあったらしい。

 

 宿南善太郎。彼は兵庫県警捜査一課の刑事であり、捜査一課ということで担当している事件は殺人事件が多い。

 

 宿南刑事と大渡達哉の付き合いは長く、宿南刑事は県警が匙を投げた怪奇事件の解決を大渡達哉に依頼することが多い。――もちろん、その実績は「禁后事件」以外にも多数あるとのことだ。

 

 とはいえ、所詮一般人である大渡達哉が刑事事件に関与することは本来あってはならない。実際、「禁后事件」では宿南刑事が3ヶ月の減俸(げんぽう)処分を食らっている。

 

 そういえば、そろそろ減俸処分も明ける頃合いだろうか。しかし、ここで「カシマさん事件」に関わったら、また彼は減俸処分を食らってしまう可能性があるな。その辺の匙加減って、結構難しい。

 

 そんなことを思いながら、私は大渡達哉から送られてきたメッセージの続きを読んだ。

 

 ――とはいえ、僕は電機メーカーのシステムエンジニアであって、探偵ではない。そのことはわきまえているが、やはり宿南刑事の悩みとなると聞かざるを得ない。

 ――まあ、今度都合が良ければ宿南刑事と顔を合わせたい。桃子ちゃんは彼と会っていないだろう?

 確かに、私は「禁后事件」で宿南刑事と接触したが、古谷桃子は接触の機会がない。当たり前か。


 古谷桃子からの返事は、当然のモノだった。


 ――もちろんよ。私、宿南刑事がどんな人か気になってたし。

 ――今度の土曜日、みんなで話をする機会を作ろうよ。

 ――例えば……サイゼとかさ。そこなら話も弾むと思うし。

 

 サイゼか。良い提案だな。

 

 私は彼女のメッセージに対して「親指を立てたキャラのスタンプ」を送信した。もちろん、西口沙織以外の全員が同じようなスタンプを送信していて、西口沙織は「アンタたちの活躍、見守ってるから」というメッセージが送られてきた。――彼女は豊岡に住んでいるから、事件に対して関わりようがない。

 

 スマホを見ると、時刻は午後6時を過ぎた頃合いだった。――ちょっと、しゃべりすぎたか。

 

 私はサクッとお風呂に入って、部屋着に着替えて、そして――ダイナブックのスリープを解除させた。

 

 ダイナブックの画面には「カシマさん」について調べていたことが表示されたままだった。――このままだと、こっちが祟られてしまうな。

 

 私はブラウザの×ボタンをクリックして、その画面を閉じることにした。

 

 ――本当に、「祟り」ってあるんだろうか?


 

 翌日。私は午前6時30分ちょうどに鳴るスマホのアラームでその意識を覚醒させた。

 

 とりあえず燃えるゴミを集積場に持っていって、アパートに戻ったタイミングで――スマホが鳴った。

 

 この時間帯にスマホが鳴ることって、アラーム以外にないので、私はてっきり「迷惑メッセージ」だと思っていた。

 

 手を洗ってからスマホのロックを解除させると、メッセージの主は――まさかの宿南刑事だった。そういえば、「禁后事件」を解決した後にメッセージアプリのIDを交換していたんだっけ。

 

 仕方ないと思いつつ、私は彼からのメッセージを読んでいった。

 

 ――亜弥華ちゃん、早朝にすまない。

 ――多分、君なら「西神中央で目撃された青白い光」のことについて知っているだろうと思ってメッセージを送ってみたんだ。

 ――まず、前提として片岡美月という女性が西神中央の森の中で殺害されていて、彼女が殺害されたと思しきタイミングで、近隣住民からは「青白い光」の目撃情報が寄せられていた。

 ――私はこの件に関して「犯人は見せしめのために青白い光を放ったんじゃないか」と考えたが、実際のところは良く分かっていない。

 ――この件に関して……君ならどう考えるんだ?

 

 宿南刑事が私のことを「彩花」ではなく「亜弥華」と書く理由は、私が「都築亜弥華」というペンネームで小説を書いているからである。彼は私のファンらしく、単行本からノベルス、文庫版やコミック版まで持っているという「ガチ中のガチ」である。そんな彼ですら、「青白い光」について頭を抱えているのか。――仕方ないな。

 

 私は、彼からのメッセージに対して返信した。

 

 ――見せしめかどうかは分からないけど、私は「ある可能性」を考えてみたの。

 ――例えばだけど、「死んだ女性の幽霊」が相手を殺害したとしたら?

 ――まあ、「幽霊による殺人」が本当に起こったとしたら、「誰が犯人なんだ」という疑問が浮上するけどさ。

 ――そうだ。宿南刑事、片岡美月について分かっていることがあったら教えてちょうだい。

 ――私、彼女のことが気になるし。

 

 彼からの返信は、当然のモノだった。

 

 ――片岡美月は27歳の女性で、職業は派遣社員。派遣先は神戸の大手電機メーカーで、組み込みのシステムエンジニアとして働いていたそうだ。

 ――そして、彼女の遺体は西神中央の森の中で見つかって、あるモノが切断されていた。

 ――それが「幽霊による殺人」と関係があるかどうかは不明だが、彼女の遺体は両脚が切断された状態だったんだ。そして、右脚だけが見つからなかった。

 ――まあ、今のフェーズだとこんなところだ。

 ――何か変わったことがあったら、すぐにそちらへメッセージを送るからな。

 

 彼からのメッセージはそこで終わっていた。

 

 片岡美月の両脚は切断された状態で、なおかつ右脚だけが見つからない。――そういえば、「カシマさん」も「足がない幽霊」で、左脚を抱えた状態で書かれていることが多かったか。

 

 仮にこの事件が「カシマさん」による犯行だとして、彼女がどういう理由で殺害されたかは……見当が付かない。

 

 宿南刑事からのメッセージを頭に入れつつ、私はダイナブックで「何も浮かばない原稿」を目の前にしていた。――進展がない以上、私にできることといえば小説の原稿を書くことだけだ。

 

 ああでもないこうでもないと思いながら、私は文字を書いては消していく。

 

 ――トライアンドエラーを繰り返しながら、時間だけが経過していた。


 

 数時間後。スマホを見ると時刻はちょうど正午になろうとしていた。

 

 結局、原稿は1ページから2ページ程度進んだだけであり、進捗状況は全くもってダメだった。

 

 お腹が空くと集中力が減ってしまうので、私はカップラーメンのお湯を沸かした。

 

 棚から適当に取り出したカップラーメンは醤油味で、ポットが沸いたことを確認してカップラーメンにお湯を注ぎ、3分待つことにした。――どうでも良いけど、『天空の城ラピュタ』におけるムスカ大佐って、パズーたちに対して「3分間待ってやる」って脅してた割には1分ぐらいでバルスされてるような気がする。

 

 3分のタイマーが鳴って、私はカップラーメンをすすった。本来なら自炊すべきなんだろうけど、これが色々と面倒くさい。物価高も相まって、結局はコンビニ弁当やカップラーメンで済ませてしまいがちである。あまり良くはない。

 

 カップラーメンを食べ終わって、私は再びダイナブックの画面を目の前にした。――ああ、何も浮かばない。

 

 みんなが仕事しているのに、私という小説家は一体何をしているんだろうか? 一応、印税という給料はもらっているけど、正直言って雀の涙程度だ。

 

 しかし、今更「小説家」という看板を降ろしたところで再就職先がある訳ではない。――結局のところ、私にできることは限られているのだ。

 

 そういう現状に対して自問自答しつつ数時間が経過した。それでようやく原稿はカタチになり、出版社に提出してもOKサインがもらえる状態まで持っていくことができた。

 

 とりあえず、私は出版社に対してメールを送っていった。――例によって、溝淡社である。


「どうせメールに対する返事は翌日だろう」なんて思っていたが、担当者からの返事はその日のうちに送られてきた。

 

 ――都築先生、原稿は読ませてもらいました。

 ――今回も良い感じだと思いますよ? 少なくとも、私は気に入りました。

 ――一応、出版できるかどうかは編集長の機嫌次第ですが……多分、大丈夫だと思います。

 ――とりあえず、上に言っておきますね?

 

 担当者からのメールはそこで終わっていた。

 

 溝淡社における私の担当者の名前は「藤倉仁美」といい、こんな私に対しても優しく接してくれる。まあ、彼女が私という才能を発掘したから当然だろうか。

 

 ちなみに、今回書いた原稿は「明らかに人の手とは思えない殺人事件が発生して、小説家と探偵役の友人がその事件を解決していく」というモノである。早い話が京極夏彦の劣化コピーでしかなく、どうせ出したところで売れるとは1ミリも思っていない。

 

 とはいえ、「禁后事件」を境にして私を取り巻く環境は少しずつ変わっていた。例えば神戸や芦屋の町を歩いていても「あなた、小説家の都築さんですよね?」と言われるようになり、行きつけの書店でも「都築先生の小説、問い合わせがかなり殺到していて……」と言われることが増えてきた。私は別にそんなことを望んでいないのだけれど、周りがそう言うのなら仕方ない。

 

 そういう環境の変化に困惑しつつも、私は今日も生きている。――ただ、それだけの話である。


 

 それから数日は特に変わったこともなく、気づいた時には約束の土曜日となっていた。

 

 私は古谷桃子が提案してくれた「三宮のサイゼ」に向かい、待ち人が来るのを待っていた。

 

 そして、最初に来た待ち人は古谷桃子だった。――彼女は話す。


「都築さん、来てくれたのね。もしかしたら来ないんじゃないかって心配してたの」

 

 彼女が心配そうにそう言うので、私は「約束は破らない」と言った。もちろん、彼女の返事は「そうよね」だった。

 

 私と古谷桃子がサイゼの入口で談笑をしていると、大柄で長髪の男性がこちらへ向かってきた。――言うまでもなく、大渡達哉である。

 

 彼は話す。


「すまない。尼崎から神戸に向かおうと思ったらJRの人身事故に巻き込まれて、少し遅れた。まあ、阪神が人身事故を起こしていなかっただけマシだが」


 彼の話に、古谷桃子が付いていく。


「良いのよ。達哉くんが尼崎に住んでて、基本的に人身事故が多い場所だということは知ってるから」


 それはそうか。――私は話す。


「そうね。私はバイクで来たからいいけど、達哉くんなら電車の方が近いもんね」


「そうだな。芦屋から神戸なら、バイクの方が近いからな。――いい加減、中に入らないか? ちなみに、宿南刑事は『急用が入った』と言ってキャンセルだ」


 彼にそう言われたので、私と古谷桃子はサイゼの中へと入った。――まあ、宿南刑事にはあとで話の経緯を伝えておいたらいいか。というか、達哉くんがやってくれるはずだ。


 私はとりあえずピザとサラダを頼み、ついでにエスカルゴも頼むことにした。ちなみに、大渡達哉はミラノ風ドリアを、古谷桃子はボンゴレビアンコを頼んでいた。


 それぞれの料理を待ちつつ、私は話す。


「それで、『カシマさんの祟り』について何か分かったことはあるの?」

 

 私の話に食いついたのは、大渡達哉だった。


「ああ、なんとなく分かったよ。兵庫県において伝えられている『カシマさんの祟り』は、戦後間もない頃に『カシマレイコ』という娼婦が進駐軍の兵士から犯されて、その娼婦は犯されたショックで線路に身投げをして自ら命を絶った。そして、現代でもその女性の幽霊を見た者は命を落とすという具合だ。――青白い光が『カシマさんの幽霊』だとして、片岡美月が巻き込まれた事件とそっくりだな」


 私の答えは、言うまでもない。――タイミング良く運ばれてきたサラダを食べながら話す。


「そうね。彼女は怨霊となって今でも神戸をさまよっていて、罪のない人間の命を奪っている。――なんとかしても、彼女を成仏させないと」


 しかし、大渡達哉は私の考えを否定した。


「そうは言うけど、探偵に幽霊は成仏できない。そういうのはお坊さんかエクソシスト、もしくは陰陽師の仕事だ。――まあ、中禅寺秋彦(ちゅうぜんじあきひこ)みたいな人物がいれば話は別だが」


 彼の話を聞いていたのか、古谷桃子が食いつく。


「達哉くんが言うとおり、京極堂みたいな人物がいれば別だけどさ……アレって、所詮は小説の中の出来事じゃないの。そんな都合の良い展開なんて、ないわよ」


 それはそうか。私は彼女の話にそっとうなずいていた。



 それから、事件に対する話は打ち止めとなり、しばらくはしょうもない話が続いた。


 私も話の輪に加わっていたが、結論だけ言うと「豊岡という田舎はクソ」とのことだった。


 そして、サイゼの支払いはそれぞれの財布から支払うことになった。――私と古谷桃子はジェラートをオーダーしたけど、どうせ大した金額ではない。


 支払いを終えたところで、大渡達哉が話す。


「今日は彩花ちゃんや桃子ちゃんと色々話ができて良かったよ。――まあ、宿南刑事にはこちらから今日の経緯を説明しておくから」


 そういう彼を見て、私は話す。


「そうしてもらったら助かるわ。――それで、これからどうするの?」


 私の質問に先に答えたのは、大渡達哉だった。


「僕? 僕は……とりあえず、尼崎に帰るけど」


 次に答えていったのは、古谷桃子だった。


「私? 私はもうちょっと都築さんと付き合おうかな?」


 もうちょっとだけ付き合う。――仕方ないな。


「それじゃあ、僕はこれで帰るから……あとは2人でごゆっくり」


 そう言って、大渡達哉は踵を返した。


 彼を見送ったところで、私と古谷桃子はセンター街にある高そうなケーキ店へと歩いて行き、そして中へと入っていった。


 そのケーキ店で、私はチーズケーキを頼み、古谷桃子はモンブランを頼んだ。――結局、女子2人の方が話が弾むのである。


「なるほど。――都築さんは、『幽霊の仕業』だとは考えてないのね」


 彼女の話に、私は答えていく。


「そうよ。確かに『青白い光』が見えた後に片岡美月は命を落としているけど、それは犯人による目くらましだと思ってるのよね。まあ、どうやって『青白い光』を発生させるかまでは考えてないけど」


 私がそう言ったところで、彼女はモンブランを頬張っていた。そして、頬張ったタイミングで話す。


「うーん、例えばだけど……『天空の城ラピュタ』でムスカ大佐は『バルス』の呪文で失明してる訳じゃない。もしかしたら、その光で相手の目をくらませて、その隙に殺害したとか? もしくは、『レイダース』のお宝である聖櫃(アーク)の中を覗いてしまったナチス軍がその光でドロドロに溶けていくアレとか」


 ラピュタはまだしも、インディ・ジョーンズか。その発想はなかったな。――私は話す。


「確かに、『レイダース』でインディ・ジョーンズとナチス軍が争奪戦を繰り広げていた聖櫃は、中にキリストの遺体が入っているということで、聖櫃を開けようとするナチス軍に対してインディが『中を見てはいけない!』と叫ぶシーンがあるわね。――まあ、インディの忠告を無視したナチス軍の末路は言わずもがなだけどさ」


 所詮は映画の中の話とはいえ、放たれたまぶしい光を見たことによって相手に何らかの罰が当たるというシーンはよくある話である。


 とはいえ、実際にまぶしい光によって命を落とすことがあるとすれば――やはり、原子爆弾だろうか。原子爆弾から放たれるエネルギーと閃光によって、対象物は被爆症状を起こし、最悪の場合命を落としてしまう。実際、私は小学生の時の修学旅行先である広島の平和記念館でその惨状を目の当たりにしている。


 しかし、今の日本は「核を持たない」と宣言しているので、原子爆弾なんてある訳がない。むしろ、ある方がおかしい。


 ――なんだか、きな臭い考えをしてしまったな。ここは、反省しないと。


 なんやかんやでケーキはあっという間に食べ終わり、私はJRの三ノ宮駅で古谷桃子と別れた。


 別れ際に、私は彼女に話す。


「それじゃあ、何かあったらスマホにメッセージを送ってちょうだい。――あと、達哉くんにもよろしく」


 彼女の答えは、言うまでもない。


「もちろんよ。――何か、変わったことがあったらこっちもすぐに連絡するからさ」


 そう言って、彼女は駅の改札口にイコカをタッチしていった。――私も帰るか。



 アパートに戻ると、私は一気に脱力した。――コミュ障であるが故に、「人と会う行為」は莫大なエネルギーを使ってしまう。


 とはいえ、「風呂キャンセル」はマズい。私はサクッとシャワーを浴びて、その汚れを洗い流した。


 そして、裸のままでベッドの上に倒れ込み、意識を失った。



 ――うるさいな。


 私がその意識を覚醒させたのは、スマホの通知音だった。どうやらメッセージアプリに通知が入っていたらしく、私はスマホのロックを解除させた。


 ――ツヅキン、桃ちゃんから聞いたわよ? 今日のこと。話はかなり盛り上がってたみたいね。

 ――アタシも神戸に住んでたらこうやってみんなと情報交換出来るんだけどなぁ……。

 ――それはともかく、アタシからも事件に対して一つ提案させて。

 ――仮にだけどさ、この事件が「カシマさんの祟り」だとして、似たような事例を聞いたことがあるのよね。

 ――えーっと……昔、「口裂け女」なんていう怪異が流行ってたじゃん?

 ――アレは文字通り「口が裂けた女性の幽霊」で、その幽霊に対して「ブサイクだ」と言うと命を奪われるって話よね。

 ――まあ、現代だと「ルッキズム」なんて言葉もあるぐらいだし、もしかしたら彼女がそのルーツなのかもしれないけどさ。

 ――アタシから言えることはこんなところかな?

 ――それじゃ、アタシはこれで。


 西口沙織からのメッセージはそこで終わっていた。


 確かに、「カシマさん」と「口裂け女」は「醜い女性の幽霊」という共通点があるな。「カシマさん」は皮膚がただれた女性の幽霊として口承されているし、「口裂け女」は口の裂けた女性の幽霊として口承されている。幽霊への対処法は地方によって異なるが、基本的に「特定の言葉を3回言う」ことによって対処できるとのことだ。――もしかして、「カシマさん」は本当に放射能物質を浴びて醜い姿になってしまったんだろうか? いや、ここは現代の日本だ。そんなことがある方がおかしい。


 ――へっ。へくしょん!


 全裸(ぜんら)の状態でベッドに倒れ込んでいたから、私は女性とは思えない大きなくしゃみをしてしまった。このままだと風邪を引いてしまう。


 部屋着に着替えて、エアコンのスイッチを入れる。――まあ、これで良いだろう。


 それから、私は改めてダイナブックで「口裂け女」に関する伝承を調べようとした。――もしかしたら、「カシマさん」と何か関係があるのではないかと思ったからだ。


 かつて社会現象になっていたのもあるけど、「口裂け女」は「カシマさん」と比べるとその情報量は桁違いに多かった。


「口裂け女」は地域によって伝承が異なっているが、特に着目したのは広島県における伝承だった。


 広島県における「口裂け女」は原爆の後遺症によって皮膚がただれた女性の姿として伝えられていて、なおかつ口は裂けていたようだ。――そういう土地柄だから仕方ないんだろうけど、調べれば調べるほど胸くそが悪くなる。やはり、核兵器はこの世にあってはならないモノだ。


 それはともかく、「口裂け女」は伝承されるうちにどこかで「カシマさん」と混じり合って、混同されるようになった。――まあ、こんなところだろう。


 そういえば、少し前に「メリーさん」という怪異というか、イタズラがあったな。アレも「私、メリーさん。あなたの後ろにいるの」と女性が声をかけてきて、後ろを振り向くと女性の幽霊が現れるとかそんな感じだったな。所詮はイタズラなんだろうけど、イタズラを仕掛けられた方はたまったもんじゃないだろう。


 ――ここまで調べてきて、本当に幽霊による殺人という可能性はなきにしもあらずになってきたな。ということは、やはり西神中央で発生した殺害事件も……。


 私がそんなことを考えていると、スマホの通知音が鳴った。――どうやら、大渡達哉かららしい。


 しかも、グループチャット経由ではなく私のスマホに直接送信してきたということは、事件だろうか。私は、彼から送られて来たメッセージを読んでいく。


 ――彩花ちゃん、「カシマさん」に関連して、新たな事件が発生した。

 ――事件の発生場所は港南大学(こうなんだいがく)の岡本キャンパスの近くにある山で、被害者は西神中央での事件と同様に、両脚を切断された状態で殺害されていた。

 ――そして、宿南刑事の話によると「大学の近くで青白い光が目撃された」とのことだった。

 ――僕は宿南刑事とともに事件現場にいるが、今からでも来られないか?


 当然だ。私は「了解」というキャラのスタンプを送信して、部屋着からトレーナーに着替えた。晩秋(ばんしゅう)の夜は寒いから、ライダースジャケットも必要だろう。


 私は黒いライダースジャケットに袖を通し、アパートの駐輪場へと向かった。そこには私の愛車であるライムグリーンのバイクが停まっていて、そのバイクへとまたがり、ギアを入れた。


 もちろん、向かう先は港南大学の岡本キャンパスである。――寒いな。



 事件現場に向かうと、被害者だったモノにはビニールシートがかけられていた。


 宿南刑事は話す。


「すまない、『カシマさんの祟り』と思われる新たな遺体だ。被害者は『神木美波(かみきみなみ)』という女性で、言うまでもなく女子大生だ。彼女の両脚は切断されていて、部下の刑事がここから500メートル離れた場所で両脚を発見している。そして、事件発生の30分前には『青白い光』が目撃されたという情報も寄せられている。――彩花ちゃん、怪しいと思わないか?」


 私の答えは、言うまでもない。


「確かに、怪しいわね……」


 私がそう言うと、宿南刑事は話を続けた。


「まあ、『禁后事件』と違って君が関与するような事件じゃないことは確かだ。――悪いが、これ以上この事件に関わることはやめてくれないか?」


 そう言われた以上、仕方がない。――私は話す。


「そうですか。――じゃあ、私はこれで帰らせてもらおうかしら? どうせ私なんて部外者なんでしょ?」


 私が話したところで、ようやく大渡達哉がこちらへ向かってきた。


「彩花ちゃん、そうは言うけど……多分、この事件は『カシマさん』に関連したモノだと思う。だからこそ、あなたの力が必要なんだ。――宿南刑事、この通りだ」


 そう言って、彼は宿南刑事に土下座(どげざ)した。


 土下座で折れたのか、宿南刑事は「やれやれ」という表情を見せていた。


「――仕方ないな。まあ、私は『禁后事件』の時に彩花ちゃんに借りを作ってしまったし、今回も君の力を借りさせてもらうよ。もちろん、達哉さんも探偵として協力してくれ」


 大渡達哉の答えは、当然のモノだった。


「当然だ。こういう事件は僕の出番だからな」


 そう言って、彼はその長髪をポケットから取り出したゴムで結んだ。――それは、彼が本気を出す時の合図でもある。


 彼が本気を出す以上、私も本気を出さなければ。――よし。


 覚悟を決めた私は、とりあえず……話す。


「そうと決まれば、私は『カシマさん』について知っていること、そして『青白い光』が何なのかについてを宿南刑事に話そうと思ってるわ」


 私がそう話したところで、宿南刑事はうなずく。


「そうか。――じゃあ、2つの事例について分かっていることを私に話してくれ」


 そう言って、私は「現時点で分かっていること」を宿南刑事へと話すことにした。

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