Prologue 鹿島アントリオン
「――鹿島アントリオン、8年ぶりの1部リーグ優勝!」
私はテレビから流れるサッカー中継を見ながら鼻くそをほじっていた。
そもそもの話、鹿島アントリオンは日本におけるサッカークラブの中でも「名門」として知られるチームであり、元々は茨城県の鹿嶋に製鉄所を構える製鉄会社がルーツとなっている。茨城の中でも鹿嶋地域というのは大きな製鉄所があるという知名度だけで成り立っていて、近隣地域の水戸や筑波と比べると知名度に劣る。そこで、「サッカーを有名にしよう」ということでクラブが創立された。
クラブを創立するにあたってブラジルから代表級のスターをその資金力で招聘して、リーグ設立1年目から「神様」として地元の人から愛されるようになった。もちろん、アントリオンのホームスタジアムであるカシマサッカースタジアムには彼の像が建てられている。
とはいえ、近年は「名門」にしてはふがいない成績が続いていて、良くて4位フィニッシュとかそんな感じだった。その成績に対して「マズい」と感じたクラブのオーナーは、川崎フロンアーレから鬼本徹監督を強奪するカタチで招聘した。――まあ、彼は元々アントリオンの選手だったから仕方ないのだけれど。
そして、鬼本体制1年目のアントリオンはビクトリア神戸の3連覇を阻止して優勝。世間からは「名門復活」という声が上がった。ちなみに、ビクトリアは連覇どころか序盤の躓きが仇となったのか、アルビレオ新潟と横浜マリンズを道連れに降格した。
同じ中継を見ていたのか、大渡達哉からもスマホ宛てにメッセージが入ってきた。
――今年は結局アントリオンの年だったな。僕としてはビクトリアの3連覇が見たかったが……。
――まあ、降格してしまった以上仕方はない。また来季からやり直せば良いだけの話だ。
――そういえば、「鹿島」といえば友人からこんな噂を聞いたな。
――その友人によると「カシマさん」という足のない幽霊が目の前に現れて、その人の命を奪うとかそんな感じの怪奇現象だったか。
――幽霊は「足がない」のが相場とはいえ、幽霊が人の命を奪うなんて、どういうことなんだろうか?
――多分、彩花ちゃんが関わることはないと思うが。正直、「禁后事件」で懲りているはずだろう?
彼が言うとおり、確かに私は「禁后事件」に首を突っ込んで――死にかけた。
その事件は薬物中毒の犯人が引き起こした悲劇であり、結局の3人の少女が犠牲となってしまった。私はその事件に対して少しトラウマを抱えつつ、事件をモチーフとした小説を執筆した。小説の売れ行きはそれなりに良く、私はようやく「売れない小説家」というレッテルから脱却した。
しかし、次回作のネタが浮かばない状態だったことは事実であり、私はダイナブックの画面の前で悩む日々が続いていた。――やはり、現代だとこういう「ホラー系のミステリ」のウケが良いのだろうか? 実際、「間取りがおかしいホラーミステリと呼んでいいかどうか分からないホラーミステリ」が売れているぐらいだし。
――コホン。つい本音が出てしまった。実際、タイパが求められる世の中において時間を浪費する小説というモノが「オワコン」であることに変わりはないし、私はいよいよ小説家の看板を降ろすべきなんだろう。
そんなことを心の中で愚痴りながら、私は大渡達哉が言っていた「カシマさん」のことをなんとなく気にしていた。
ネット上で「カシマさん」について調べると色々な地域で口承されているらしく、どうやら私が住んでいる兵庫県でも「カシマさん」に関する都市伝説はあるようだ。
曰く「戦後間もない加古川市内で足に怪我を負った女性が米軍から犯されて、心神喪失の末に線路に身投げをして命を落とした女性がいたらしく、その女性の幽霊を見ると命を落とす」というモノだった。
私はなんとなくその都市伝説を眉唾モノで読んでいたが、そういえば……。
【神戸市内で女性の遺体が見つかる 令和×年10月27日 神戸新報】
兵庫県警によると、神戸市西区の森林で女性の遺体が遺棄されているのを周辺の住民が発見した。
女性の身元は市内に住む片岡美月(24)とみられ、県警では事件に関して「事故と事件の両方から捜査する」としている。
このニュースに関連して、「西神中央で謎の光を見た」という情報を友人から聞いていた。友人曰く「光は青白いモノで、発光は数秒程度だった」とのことだった。――まさか、カシマさんの祟りなのか。
私はなんとなくその友人のスマホにメッセージを送信した。
――突然メッセージしてゴメン。
――多分、桃子ちゃんなら事件について何か知ってるんじゃないかって思ってメッセージを送ってみたんだけど。
――ちょっと前に、「西神中央で謎の光を見た」ってメッセージを送ってきたじゃん。
――私、その光を「カシマさんの祟り」だと考えてみたの。
――数秒程度の発光の後命を落とすって、どう考えても幽霊に祟られたとしか思えないじゃない。
――まあ、これは私の考えであって……桃子ちゃんがどう考えるかは勝手だけどさ。
そこまでメッセージを送ったところで、「桃子ちゃん」から返信が送られてきた。
――都築さん、突然「謎の光」に関する現象を思い出してどうしたの? もしかして、新しい小説のネタでも思いついたの?
――まあ、私は都築さんの新作を楽しみに待ってる方だけど。
――それで、「カシマさん」ねぇ……。
――確かに、オカルトでの目線は私でも考えてなかったわ。中々良い考えだと思う。
――そうだ、どこかで都築さんと話がしたいな。
――ここは、一つ三宮で手を打たない? 場所はセンター街のハンバーガーショップでさ。
いいだろう。私は彼女のメッセージに返信した。
――確かに、ハンバーガーショップなら互いの話も弾むわね。
――それじゃあ、明日……そこのハンバーガーショップで待ってるから。
私のメッセージに対して、「桃子ちゃん」は親指を立てたキャラのスタンプを送信してきた。つまり、交渉成立と見て良いのか。
彼女からのスタンプを確認したところで、私は明日に向けての準備をすることにした。今は11月とはいえ、暖冬傾向でそんなに寒くないし……服には困るな。
*
翌日。私は「メタリカ」のロゴ入りの黒いトレーナーにサングラス、そしてマスクという怪しげな格好でセンター街を歩いていた。――私自身が人目を避けるタイプの人間だから仕方ないだろう。
ハンバーガーショップで一番大きなハンバーガーを注文して「桃子ちゃん」を待つこと10分。
「――都築さん、相変わらずその格好なのね。まあ、私は都築さんのことを知ってるから良いけどさ、知らない人が見たら『不審者』だと思われても仕方ないわよ?」
そう話す女性は、パーマがかけられたセミロングの髪型をしていた。服は赤いセーターで、壊滅的なファッションセンスを持っている私と比べると「かっこいい」と思うぐらいだった。
――彼女こそが、私の言う「桃子ちゃん」であり、フルネームは「古谷桃子」という。
古谷桃子と私の付き合いは長く、その付き合いは保育園の頃まで遡る。千葉から豊岡という田舎に引っ越してきた「よそ者」である私に対して温かく接してくれていたのは彼女であり、度々「セーラームーンごっこ」や「レイアースごっこ」をしていた。もちろん、小学校や中学校も同じであり、中学校の時は剣道部でエースとして国体に出場して優勝したこともある。
流石に高校は別々だったが、大学卒業を経て神戸の企業に就職して、今では六甲アイランドのかなり良いマンションに住んでいるとか。――曰く「ライムグリーンのバイクを作ってる会社」で働いているから当然だろうか。流石にバイクを作ることはやっていないと思うけど。
そんな彼女に対して、私は話す。
「仕方ないでしょ、私……『視線アレルギー』だし。秋でも冬でも、外出時はサングラスが必須アイテムよ」
「そうは言うけど、私の視線は大丈夫でしょ? せっかくの美人が台無しよ?」
そう言って、彼女は私の顔からサングラスを外した。――確かに、目の前には古谷桃子の姿がくっきりと見える。サングラス越しじゃない彼女の姿は、なんというか、33歳という年齢の割には幼く見えた。
素顔の私を見ながら、彼女は話を続ける。
「彩花ちゃんの場合は視線アレルギーっていうよりも、『人と顔を合わせるのが苦手』なだけだと思うよ? その証拠に、達哉くんや沙織ちゃんとは上手くコミュニケーションが取れるじゃない」
確かに、それは本当のことだ。――私は素直に言った。
「そ、そうだけど……それがどうしたのよ?」
私の問いに、彼女は例の事件を持ち出して話す。――知っていたのか。
「聞いたわよ? 『禁后事件』のこと。一応探偵としては達哉くんの手柄ってことになってるけど、実質的に事件を解決したのは彩花ちゃんってこともね」
やはり、外部の人間から見るとそうなるのか。あの事件で私は事件をかき回しただけの邪魔な存在だったのに。
私は、彼女の話に対して否定的に答えた。
「ああ、そう。――まあ、勝手にして」
私は古谷桃子の話を打ち切った上で、ハンバーガーを食べながら本題に入った。
「それで、本題なんだけど……『青白い光』ってどんな感じだったの?」
彼女は、「青白い光」を説明していく。
「うーん……なんて言うか『3分間待った末に滅びの呪文を唱えた時に持っていた石から発せられるモノ』かしら? ほら、金曜ロードショーで放送される度にサーバの方がバルスされるヤツ」
ああ、アレか。金曜ロードショーでの放送回数はナウシカの次に多いヤツだな。――正直、私としてはジブリよりも洋画をもっとやってほしいと思っているけど。そんなことを思いながら、私は話す。
「わざわざぼかさなくてもバルスって言ってるじゃん……。それはともかく、青白い光は『天空の城ラピュタ』に登場する『バルス』みたいな感じで一瞬光って、すぐに消えてしまう。そして、青白い光が発せられた場所には――遺体が遺棄されていたと」
どうやら、私の言いたいことは伝わったらしい。――彼女は話す。
「うん、そんな感じね。――それにしても、都築さんが言ってた怪異、気になるわね」
「怪異? 『カシマさん』のこと?」
私の質問に、彼女はうなずきながら話す。
「そうそう。私が『カシマ』って聞いて真っ先に思い浮かべるモノは言うまでもなく鹿島アントリオンだけどさ、タイミングが絶妙じゃないの。この間、1部リーグ優勝したし」
彼女が言う鹿島アントリオンの話に、私は不機嫌そうな顔で答えた。
「た、確かにそうだけど……私としては『鬼本監督を強奪しやがって』って感じよ。まあ、彼は元々アントリオンの選手であって、フロンアーレの監督は武者修行の一環でやってただけだし」
私がそう言うと、彼女は「フッ」と鼻であしらうような顔を見せた。――馬鹿にしてんのか。
「アハハ、都築さんはフロンアーレのサポーターだもんね。気持ちは分かるよ。――コホン。とにかく、『カシマさん』のことは私の方でも考えていくつもりだし、何より……達哉くんも事件について首を突っ込んでる可能性があるわね。もっとも、彼が事件に首を突っ込んでたら、話は早いけどさ」
そこは、古谷桃子の言う通りかもしれない。――私は話す。
「そうね。達哉くんなら解決してくれると思う」
私がそう言うと、彼女は乗り気になってくれた。
「そうと決まれば、私たちも達哉くんの手助けをしてあげないとねっ。――まずは、情報収集から始める? ほら、探偵の基本は情報収集って言うし」
「いや、探偵は達哉くんであって私じゃないんだけど……」
「良いじゃないの。達哉くん、喜んでくれると思うわよ?」
仕方ないな。――私はやれやれという顔をした。
「それじゃあ、早速……」
こうして、私は「カシマさん」の謎を解くべく「青白い光とそこで見つかった遺体」について追っていくことになった。
――とは書いたものの、この時は事件が「色々とヤバいモノ」だとは考えてもいなかった。私はそういう知識を持ち合わせていたから良かったけれども、普通に考えれば「ゴジラが激怒して神戸の町を破壊するレベル」だと思う。
それぐらい、この事件は私の心に色んな意味で深く残っていたのだけれど。