Epilogue 後日談
「――そういうことなんです」
数日後。豊岡から芦屋へと戻った私は溝淡社の担当者である藤倉仁美とビデオチャットで打ち合わせをしていた。私の話に、彼女は獲物を得たサメのように食いついていく。
「その話、小説にしてみたらどうですか? 少なくとも、私は気に入りましたよ?」
「藤倉さんはそう言いますけど、本当に起きた事件を小説のネタにするのって正直抵抗があるんですよね……」
「本当に起きた事件だからこそ、リアリティを持たせられると思いますけどね?」
確かに、私が「禁后」の事件に関わったという事実はそこにあって、なおかつ3人の少女が犠牲になっている。少女たちは全員「荒川家」という家族における血縁関係者であり、私は彼女たちを弔ってから豊岡を後にしたぐらいである。
藤倉仁美は話を続けた。
「まあ、都築先生がどんな話を書くかは自由ですけど、『禁后事件』の真相を題材とした小説は検討しておいてください」
信頼できる担当者からそう言われた以上、仕方がない。私は話す。
「そうですか。――まあ、気が向いたら書こうと思います。その代わり、少し時間をください」
「やっぱり、書く気になってくれたんですね! 私は気長に待っていますよ!」
「それじゃあ、私はこれで……」
そう言って、私は藤倉仁美とのビデオチャットを終えた。
ビデオチャットを終えた先に映っているモノは「ご利用ありがとうございました」という無機質な画面であり、私はダイナブック越しにその画面を見ていた。
結果として、あの事件において逮捕されたのは荒川努という元凶であり、宿南刑事の話によると、彼からは尿検査で覚醒剤の陽性反応が検出されたらしい。ついでに言えば荒川家の庭には本来日本国内での栽培が禁じられている大麻の畑があったようで、荒川真紀子も別件で逮捕されてしまった。大麻は、多分――「儀式」で娘たちをトランス状態にさせるために使用していたのだろう。つくづく思うけど、荒川家は「安木努」という異常分子によって壊滅させられたと言っても過言ではない。
一方、安木不動産は……御曹司の不祥事があったとはいえ、「安木努側から縁切りを申し出ていた」ということでお咎めなしとなった。その証拠に、例の屋敷は跡形もなく取り壊された。
もちろん、屋敷の跡地には新しいアパートが建てられるようで、西口沙織の話によると「地鎮式は無事に終わった」と言っていた。
西口沙織はひたむきにがんばっているし、大渡達哉も恐らく今日もプログラミングに精を出しているのだろう。――私も、何かやらなければ。
そう思った私は、ダイナブックからhitomiの曲を流すことにした。それだけで「がんばろう」という気にさせてくれるから、曲の力って案外侮れないと思う。
とはいえ、何を書くかは決めていない。やはり、ここは「禁后事件」に関する小説を書くべきだろうか。そう思った私は、テキストエディタを起動して小説を書き始めた。
――意外と書けるモノだな。私はダイナブックの画面を見ながらそっと微笑んだ。