表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】怪異解体奇譚  作者: 卯月 絢華
Chapter 01 メビウスの匣
3/19

Phase 02 荒川家

 一旦事件現場を後にした私は、大渡達哉と一緒に幹線道路沿いのハンバーガーショップへと入っていった。――夏休みと見えてか、午前という時間帯なのに店の中では学生の姿をよく見かける。

 私は話す。

「とにかく、荒川八千代という少女があの屋敷に閉じ込められていて、結果的に衰弱死した。死因こそ衰弱死だけど、どう考えても事件性があるモノだと思う。――こんな感じかしら?」

 大きなハンバーガーを頬張りながら、大渡達哉は話す。

「ああ、彩花ちゃんの言うとおりだ」

 ハンバーガーの咀嚼(そしゃく)を終えた上で、彼は話を続けた。

「荒川八千代は屋敷の持ち主の娘で、彼女は『儀式』に選ばれた。その証拠に、両手の指からはすべての爪が剥がされていた。――例の儀式は『13歳になった時点で指の爪をすべて供養する』という話だが、仮に彼女の両親がそういう儀式に手を染めていたら……かなり大変な事態かもしれない」

「そうね。両親のエゴで娘の命を奪うなんて、信じられないわよ。――アタシが八千代ちゃんの友達だったら、犯人に報復してやるわよ」

「――コホン。とにかく、荒川八千代とその両親については慎重に調べていく必要があるし、過去に似たような儀式が行われていたかどうかも調べなければいけない。そんなところだな」

 確かに、ここは彼の言う通りかもしれない。私はうなずきながら話を聞いていた。

 それから、私は大渡達哉の実家へと向かった。

 彼の実家は、寺社仏閣が並ぶ昔ながらの住宅街の一角にある。この住宅街は花街の名残でスナックや居酒屋が多く、昔は「夜の町」として賑わっていた。しかし、今は町自体の衰退もあってスナックのほとんどは白い看板だけが残されていて形骸化している。そして、築50年以上は経過しているであろう鉄筋コンクリートの家に「大渡」という表札がかかっているのを確認したのか、彼は日産GTRをガレージに停めた。私も、彼の車の横にバイクを停めた。

「とりあえず、詳しい話は中でしようと思う」

 そう言って、彼は家の中へと入っていった。私も、彼に続いて入っていく。

「あら、たっちゃん。彩花ちゃんを連れてどうしたの?」

 玄関に入るなり、彼の母親が話す。もちろん、息子としての答えは言うまでもない。

「ああ、事件だ。――とりあえず、2人だけで話がしたい」

「分かったわよ。彩花ちゃんも、ゆっくりしていってね。後でお茶とお菓子を持って上がるから」

 私は、彼の母親に対してお礼の言葉を伝えた。

「ありがとうございます」

 大渡達哉の母親は、かつて中学校で教師をしていた。担当教科は国語である。とはいえ、私と大渡達哉の出資校が豊岡の第一中学校だったのに対して、彼の母親が勤務していた場所は豊岡第二中学校だったので、「息子が教え子」という事例があった訳ではない。

 そして、彼女は数年前に定年退職をして、現在では夫と自分の年金で悠々自適に暮らしているらしい。――もちろん、息子である大渡達哉もいくらか仕送りをしているのだけれど。

 私は、大渡達哉の部屋へと向かった。彼の部屋には昔のサッカー日本代表のユニフォームとビクトリア神戸のユニフォームが飾ってある。いずれも当時背番号13番を背負っていた小久保嘉彦(こくぼよしひこ)のものだ。

「――懐かしいわね、小久保嘉彦」

 私は壁に飾られていた小久保選手のユニフォームを見ながら話す。

 大渡達哉の答えは、当然のものだった。

「そうだな。この頃のビクトリア神戸は残留争いの常連チームで、何度か2部リーグに降格したこともあった。でも、小久保嘉彦という存在は僕をサッカー選手の道へ導いてくれたからな、今でも感謝しているよ」

「キングカズじゃないんだ」

「もちろん彼もヒーローだけど、カズは僕の世代じゃない。どちらかって言えば、ヨシヒコの方が世代だよ」

「確かに、ビクトリア神戸から初めて日本代表に選ばれたのって小久保嘉彦だもんね。なんなら、ワールドカップの南アフリカ大会にも代表として選ばれてるし。――まあ、2度目の降格の時にあっさり川崎フロンアーレに移籍しちゃったけどさ」

「仕方ないだろ、あのシーズンはヨシヒコも監督から干されてたし。その証拠に、翌年移籍先の川崎フロンアーレでキャリア初の得点王に輝いて、ビクトリア神戸のサポーターからも祝福の声が上がっていたからな」

「そうね。私は地元のビクトリア神戸を気にしながら川崎フロンアーレを応援してたから、彼が得点王になったときは内心複雑だったわよ。――今でも、そうだけどさ」

「ああ、宮川大勢(みやかわたいせい)のことか。彼の場合はフロンアーレからビクトリアに移籍して優勝に貢献しているからな。その心情、お察しするよ」

 そこにサッカークラブがあるから地元のサッカークラブを応援するとは限らない。ましてや、ビクトリア神戸は昔から「弱いチーム」で、強くなったのはここ最近なので、近隣地域に存在しているビッグクラブであるガッツ大阪やゴラッソ大阪の方が体感的なサポーター人口が多いかもしれない。

 そして、関東のクラブとなると横浜Fマリンズと鹿島アントリオン、そして川崎フロンアーレという「ビッグ3」のサポーター人口が多く、実際私も川崎フロンアーレのサポーターをとなっているぐらいである。――まあ、フロンアーレは生え抜きの絶対的エースだった二笘薫(にとまかおる)がプレミアリーグに移籍してからちょっと残留争いに巻き込まれる回数が増えてきたのがネックだけど。

 しょうもないサッカー談義に花を咲かせつつ、私は話の本題へと入っていった。

「そうだ、話の続きをしないと。――達哉くんは、荒川家について何か知ってることでもあるのかしら? 一応、私からも情報を共有させてほしいけど」

「うーん……。僕が持っている情報はさっき話した情報がすべてだ。むしろ、彩花ちゃんが持っている情報の方が気になる。もし都合が悪くなければ、教えてくれ」

 そこまで言われたら、話すしかないだろう。私は彼に「荒川家について分かっていること」を話した。

「さっき沙織ちゃんからスマホ宛にメッセージが入ってきたけど、あの屋敷のオーナーは八千代ちゃんの関係者で間違いないって言ってたのよね。名前は『荒川静枝(あらかわしずえ)』って言うんだけど、八千代ちゃんから見て彼女は祖母に当たる存在らしい。つまり、おばあちゃんかしら? それで、彼女は屋敷の取り壊しに反対してて、沙織ちゃんの勤務先――不動産会社を困らせてるって訳」

 一通り情報を話したところで、彼は納得してくれたらしい。

「なるほど。荒川八千代の祖母が荒川静枝か。因果関係は不明だが、荒川静枝が犯人という可能性も考えられるな。――この情報、頭の片隅にでも置いておくよ」

「分かったわ。私の情報が役に立ったようで何よりよ」

 それから、彼の母親が冷たい麦茶とコンソメ味のポテトチップスを持ってきてくれたので、私はそれをつまみながら引き続き荒川家と屋敷の因果関係について考えていた。

「それにしても……荒川八千代の死因って本当に衰弱死なんだろうか? 一応、宿南刑事は『衰弱死』だと言っていたが」

 彼の言葉に、私はある「考え」を持ち出すことにした。

「そうね。私も衰弱死ではないと思う。――もしかしたら、犯人は彼女に何らかの毒を盛って殺害したんだと思う。例えば……ポロニウムとか? アレなら、知らないうちに人を殺害することも出来るし」

 ポロニウム。キュリー夫人が発見した放射性物質の一種で、名前は当時帝政ロシアからの独立を目指していたポーランドに由来する。当然だけど、人間が口にするモノではないが……ロシアでは、毒殺の手段として悪用されることもあるようだ。

 私がポロニウムによる毒殺の可能性を持ち出すと、彼は餌に食いつく魚のように話した。

「ポロニウムか。――昔、ロシアから亡命した元スパイがKGBからポロニウムを盛られて死亡したという事件があったな。ポロニウムは寿司の中に混入されていて、それを食べた彼は急性被爆を起こして亡くなった。ポロニウムとタリウムは被爆した時の症状が似ているから、当初はタリウム中毒であると判断されていたけど、最終的にはポロニウム中毒だと特定されたというニュースはよく覚えている」

 やはり、彼もあのニュースのことは知っていた。――私は話す。

「私も、そのニュースのことはよく覚えているけど、なんというか、ポロニウムを盛られたスパイの姿を見て可哀想だと思ったわ。――そうなると、荒川八千代には蓄積系の毒が盛られてて、私は死ぬ間際の彼女の姿を見ていたということになるのかしら?」

 私がそう話すと、彼はある可能性を持ち出した。

「恐らく、そうかもしれない。僕は実際に荒川八千代と顔を合わせた訳ではないが、彩花ちゃんが会った彼女は完全に毒が回る寸前の姿で、翌日に死亡したという可能性も考えられる。まあ、そんなところだろうな」

 仮に荒川八千代が常日頃からタリウムやポロニウムといった放射性物質を盛られていたとして、彼女の身体は放射性物質で徐々に蝕まれていたのだろう。そして、最終的に中毒症状を起こして亡くなった。多分、そういうことだと思う。

 しかし、被害者である八千代とその祖母の静枝しか荒川家に関する情報は得られていない。――もう少し、情報が欲しいな。ここは、実際に荒川家へと向かうべきなんだろうか? そう思った私は、西口沙織のスマホにメッセージを送った。


 ――沙織ちゃん、仕事が一段落してからで良いんだけど、荒川家の所在地を私のスマホに送ってほしいのよね。

 ――もしかしたら、荒川家に事件解決の鍵があるんじゃないかって思ったからさ。

 ――返事、待ってるわ。


 これで良いか。彼女からメッセージに対する返信が来るのは夕方以降だろう。



「それじゃあ、私はこれで。何かあったらスマホに連絡してちょうだい」

 夕方ぐらいになって、私は大渡達哉の実家を後にした。

「分かっているよ。――彩花ちゃんこそ、何かあったら僕のスマホに連絡してくれ」

 そう言いながら、彼は私を見送っていた。

 そして、家に帰ると母親が夕方のニュース番組を見ていた。当然のように、トップニュースは荒川八千代に関することだった。――母親は話す。

「いつか事件が起こるなんて思ってたけど、本当に起きちゃったわね……」

「やっぱり、お母さんも思ってたの? あの屋敷で事件が起こること」

「もちろんよ。――今回の事件における被害者は荒川八千代っていう女性だけど、彼女は例のボロ屋敷の中で監禁されていたんでしょ? そして、ボロ屋敷のオーナーは取り壊しに反対している。これはお母さんの推測でしかないんだけど、八千代ちゃんを殺害したのは彼女の両親……特に、母親だと思うわ」

「――そういえば、ネット上で拾った情報だけど、『パンドラ』という儀式は「母親が自分の娘を生け贄にして行う」って書いてあったわね。仮に荒川家がその手の家系だとして、八千代ちゃんの母親は何らかの理由があって彼女を儀式の生け贄に選んだんでしょうね」

 私がそう言うと、母親は納得した。

「そこは、アンタの言う通りかもね。――首を突っ込むのは良いけど、ほどほどにしなさいよ」

 母親の忠告に対して、私は生半可な返事を返した。

「分かってるわよ、それぐらい……」

 それから、自分の部屋に戻ると――スマホには西口沙織からのメッセージが入っていた。


 ――ツヅキン、そう言うと思ってたわ。

 ――荒川家があるのはねぇ……ここよ。

 ――もうちょっと分かりやすく言うと、第一中学校から裏山側に出たら神社が見えるじゃない。その神社の付近よ。

 ――アタシも何度か屋敷の取り壊しに対する説得でそこへ向かってるけど、何というか……旧来的な家庭というか、ギスギスした雰囲気なのよね。

 ――そうだ、達哉くんにもこの情報は共有しておいた方がいいと思うわ。

 ――まあ、アタシも明日から仕事がお盆休みだから、協力できる範囲で協力してあげるけどさ。

 そして、彼女のメッセージの最後には「親指を立てたキャラのスタンプ」が付いていた。

 私は、彼女のメッセージをすべて読んだ上で返信した。

 ――沙織ちゃん、ありがとう。荒川家の所在地って、意外と近くにあるのね。

 ――それにしても、この令和の世の中においてそういう家系がまだ残ってるなんて、田舎町だからなのかしら?

 ――もしかしたら、神戸や芦屋、西宮にもそういう家系は残ってるかもしれないけどさ……多分、そこまで閉鎖的ではないと思ってるわ。

 ――とにかく、明日にでも荒川家へと行ってみるわ。もちろん、達哉くんも連れて行くけど。


 彼女へメッセージを送信する度に、既読がすぐに付く。――リアルタイムで読んでいるのか。

 そんなことを思っていると、彼女からメッセージが送られてきた。


 ――明日なら、アタシも付き合ってあげるわよ? そもそもの言い出しっぺはアタシだしさ。

 ――そうね……正午ぐらいに、駅前のデパートにあるフードコートで達哉くんと一緒に落ち合うってのはどうかしら?


 そうと決まれば、約束を取り付けるしかない。私は、彼女のメッセージに対して「親指を立てたキャラのスタンプ」を送信した。当然、彼女の返事は「敬礼するキャラのスタンプ」である。――これは、脈アリだな。



 翌日。私は西口沙織に言われた通りデパートのフードコートで待ち合わせをしていた。――とは言ったものの、私の学生時代と比べてデパートは「デパートと言って良いのか分からない廃墟」と化していて、フードコートも活気がない状態だった。私はたこ焼きを注文して適当なテーブルに座り、スマホを触っていた。

 たこ焼きを食べていると、先に来たのは大渡達哉の方だった。

 彼は話す。

「スマホに送られてきたメッセージを読んだけど、まさか沙織ちゃんが荒川家の住所を知っているなんて思ってもいなかったよ。まあ、彼女は不動産会社で働いているし、新しいアパートを建てるに当たってオーナーと交渉する過程で住所を聞いていたんだろうな」

「多分、そうだと思うわ。――沙織ちゃん、遅いわね」

 私がたこ焼きを、大渡達哉がうどんを食べながら西口沙織を待っていると、声がした。

「――ツヅキン、達哉くん、遅くなってごめん」

 声の主は、言うまでもなく西口沙織だった。――私は話す。

「沙織ちゃん、ホントに来たのね。――それで、これから荒川家に向かうの?」

「そうね。でも、荒川家に向かう前に……少し寄りたい場所があるのよね」

「寄りたい場所? それって、どこなのよ?」

 私が西口沙織に「寄りたい場所」を聞くと、彼女は質問に答えてくれた。

「墓地よ、墓地。中学校から程近い斎場の近くに、共同墓地があるじゃないの。――アタシ、屋敷の謎について色々と調べていくうちに、あることに気づいたのよね」

 彼女がそう話すと、大渡達哉が疑問を呈した。

「荒川家と墓地の間に、どんな因果関係があるんだ? 僕でもさっぱり分からないよ」

 彼の疑問は、西口沙織の言葉によってあっさりと解消された。

「共同墓地の近くの森に、古びたほこらがあるじゃないの。そのほこらに、『箱』のようなモノが(まつ)られてんのよね。――流石に箱の中身を見るということは出来ないけれども、もしかしたら……あの屋敷で行われてたことと何か関係があるんじゃないかって思ってね」

 彼女が話すとおり、確かに中学校がある山と斎場がある山は繋がっていて、中学生の頃は授業中に窓から見える「煙突から上っていく煙」を見つめることが多かった。その煙は斎場で焼かれた亡き者の魂が天に昇っていくモノだと思っていたけど、実際のところ、本当にアレで魂は天に昇ったのかどうかはよく分かっていなかった。

 しかし、彼女が言っていたのは斎場でもその近くにある共同墓地でもなく――「古びたほこら」である。一体、そこに何があるんだろうか?

「――それじゃあ、早速ほこらへと向かうわよ? 場所は分かってるわね?」

 もちろん、分かっている。私も大渡達哉も、うなずきながら彼女に対して返事を返した。



 駅前のデパートから線路の向こう側を見る。線路の向こう側には昔ながらの住宅街と名門中高一貫校があり、高台には市民病院が建っている。

 20年前に市民病院がこの高台に移転してから、辺りは新しい店と住宅が建つようになり、「新たな幹線道路」として発展していった。昔は田んぼしかなかったことを考えると、少し信じられない話である。

 そんな病院がある一本道から横に伸びている細い道を、私はライムグリーンのバイクで走っていた。前には大渡達哉が運転するオレンジ色の日産GTR、さらにその前には西口沙織が運転するカーキ色の三菱デリカミニが走っている。――傍から見れば、怪しまれても仕方ないが、なんとなく『ワイルド・スピード』を彷彿とさせる並びでもあるかもしれない。

 やがて、ほこらがある場所へとたどり着いた。ほこらはかなり古く、下手すれば鎌倉時代からそこにあるんじゃないかというぐらい年期が経っていた。

 ほこらを前にしながら、西口沙織は話す。

「とにかく、ここが例のほこらよ。中に祀られてるモノを覗く訳にはいかないけど、ここでアタシとしての持論を述べたいと思ってね」

 西口沙織の話に、大渡達哉が食いつく。

「持論? それって、一体何なんだ?」

 彼がそう言うと、西口沙織はゴリラのように胸を叩きながら話した。

「突然だけど、ツヅキンはともかく……達哉くんって、京極夏彦の『魍魎の匣』は知ってるよね?」

 熱烈なファンである私が京極夏彦のことを話すのなら分かるが、どうやら彼も『魍魎の匣』のことを知っていたようだ。――そういうイメージは持っていなかったから、なんだか意外だ。

「ああ、知っている。鉄道事故に巻き込まれた少女が『匣』と呼ばれる場所に搬送されて処置を受けたが、『匣』には他の少女を殺害して解体した身体の一部も保管されていて、少女はその身体の一部とつなぎ合わされることになった。そして、『匣』の中にある機械は、人間の内臓を模していて、それが少女の命をつなぐモノなっていた――という話だろ? 僕は文庫版で読んだよ」

「じゃあ、話は早いわね。――その小説に登場する箱の1つに、『深秘(しんぴ)の御筥』なんて言われるモノがあったけどさ、そこのほこらにあるモノも……まさしく『深秘の御筥』なのよね。ちなみに、『神の秘密』じゃなくて『深い秘密』と書いて『シンピ』って読むんだけど」

 箱。匣。筥。――西口沙織が言いたいことは分かるが、こうも「ハコ」という漢字1文字の単語が続くと、頭がカオスになってしまう。

 そして、彼女は話を続けた。

「そして、このほこらにある『深秘の御筥』の中に入ってるモノって、かつて発生したとされている厄災を封じるために生け贄になった少女の髪の毛と歯、そして生爪なのよね」

 ――えっ? 今、なんて言った? 私は思わず聞き返した。

「あの、それって……あの屋敷のタンスに入っていたモノと同じよね?」

 彼女は、私の質問に対して答えていった。

「もちろんよ。――これもアタシの持論でしかないけど、荒川家では先祖代々に伝わるそういう時代錯誤な儀式を今でも行ってて、八千代ちゃんが『生け贄』として選ばれた。でも、彼女は元々体があまり丈夫じゃなくて、13歳の時に生爪を供養した段階で衰弱して亡くなってしまった。まあ、そんなところかな?」

 私は、彼女の答えに対して納得した。それでも、気になることはある。

「そこは、沙織ちゃんの言うの通りかもしれないわね。――でも、ホントに彼女の死因は衰弱死なのかしら?」

「確かに、衰弱して亡くなるにしてはあまりにも急よね。もしかして、彼女は毒を盛られて亡くなったとか……?」

 彼女の疑問に答えていったのは、私ではなく――大渡達哉の方だった。

「それに関してだが、僕は『放射性物質を盛られたことによる中毒死』だと思っている。ほら、昔『ロシアの元スパイがポロニウム入りの寿司を食べて亡くなった』という事件があっただろう? あの事件でも分かる通り、ポロニウムは口に入れると急激な被爆症状を起こして、やがて死に至ると言われている。――実際、死ぬ間際の元スパイは生前から考えられないような見た目だったからな」

「放射性物質を盛る? そんなこと、ホントに出来んの? そもそも、放射性物質ってどうやって入手するのよ? ブラックマーケット?」

 西口沙織の指摘に対して、大渡達哉は頭を抱えた。――どうやら、図星だったらしい。

「うーん……流石の僕でも、そこまで考えていなかったかもしれない。彼女が飲み食いしていたモノにポロニウムを盛るなら分かるが、刑事の話によると『事件現場で飲み食いしていた様子は見受けられなかった』と言っていたからな」

 彼の言葉に対して何か思うことでもあったのか、西口沙織はある考えを述べた。

「達哉くんが言う刑事の話が正しければ、八千代ちゃんの死因は数日にわたって飲み食いをしなかったことによる衰弱死なのかしら? アタシなら、そう考えるけど……」

 結局のところ、荒川八千代の死因は衰弱死だと判断されるが、厳密な死因は栄養失調なのか、それとも毒を盛られたことによる中毒死なのかは分からずじまいで、私も大渡達哉のように頭を抱えていた。

「――まあ、話の続きは荒川家で。もしかしたら、そこで何かが分かるかもしれないし」

 私がそう言うと、2人は「分かった」という感じの一言でそれぞれの車に乗り、そのまま発進させた。――私も、2人に対して続くようにバイクのギアを入れた。

 もちろん、向かう先は荒川家である。ほこらから目的地までは、そんなに離れていない。



 荒川家は、西口沙織が言っていた通り――第一中学校の裏山の麓にあった。家は昔ながらの武家屋敷と言った感じで、周りには死者を弔うための白黒の幕で覆われていた。今時、葬儀場じゃなくて自前の家で葬儀を行うことって珍しいかもしれない。

「――あなたは、西口沙織さんですか。どうせ、ウチの娘が亡くなったことを聞きつけて屋敷の取り壊しを受諾させよういう魂胆ですよね? それでも、あの屋敷の取り壊しはさせません」

 荒川八千代の母親と思しき女性は、そう言いながら私たちを門前払いにしようと思っていた。それでも、西口沙織は折れない。

「いや、今日はそういうつもりであなたの家に来た訳じゃありません。ただ単に、八千代ちゃんを弔おうと思って来ただけです」

「そうですか。それじゃあ、家の中に入ってください。――ただ、余計なマネはしないように」

 折れたのは荒川八千代の母親の方だった。多分、「取り壊しの依頼」に来た訳じゃないから、彼女も気を緩めたのだろう。

 客室はふすまがすべて取り払われていて、仏間には生前の荒川八千代の遺影が置かれていた。――どうやら、通夜と告別式はすでに終わっていたようだ。

「私は荒川八千代の母親、荒川真紀子(あらかわまきこ)です。あなたたちの名前も教えてもらえないでしょうか?」

 荒川真紀子にそう言われた以上、私たちも自分の名前を名乗っていく。

「――なるほど。沙織さんのお友達でしたか。男性が大渡達哉で、女性が都築彩花さんと言うのですね。先ほどは無礼を言って申し訳ありませんでした」

 私は、彼女の謝罪を否定した。

「いえいえ、とんでもない。確かに沙織さんは無礼を言ったかもしれないですが、私はあくまでも沙織さんの友人でしかない。それは確かです。もちろん、隣にいる達哉さんもそうですけど」

 私がそう言うと、大渡達哉も話す。

「僕は『探偵』として荒川さんが所持している屋敷の謎を追っていて、その過程で八千代さんが衰弱死してしまった。刑事さんはこの衰弱死に関して『事件と事故の両方で捜査を進めている』と言っていたけど、僕はどう考えても『事件』だと思っている。――もちろん、あなたも『事件』の容疑者の1人であることに変わりはありませんが」

 彼は、荒川真紀子を疑っているようだ。確かに、母親なら「儀式」に手を染めていてもおかしくはないが……。

「そうですか。まあ、事件だろうが事故だろうが私が娘に対して手をかけたなんて、とてもじゃないけどあり得ないです」

「まあ、そういう反応になるのは仕方ないですよね。――失礼しました」

 それから、私たちは母親からの案内で荒川八千代の部屋を見せてもらった。

 彼女の部屋は清掃が行き届いていて、机の上には生前使っていたと思われるスクールバッグと教科書が置かれたままだった。――だからと言って、特に変わったことはない。

 私は話す。

「ここだけ見たら、ごく普通の女子中学生の部屋よね……。特段変わったことはないと思う」

 私がそう言うと、何かに気づいたのか――西口沙織は口を開いた。

「ちょっと待って。ツヅキ……じゃなかった。彩花ちゃん、これ、何だと思う?」

 彼女が見つめる先には、やはりタンスがあった。もしかしたら、この中にも生爪が入っているのか。私はなんとなく胸のざわめきを覚えながらタンスの引き出しを開けた。

 ――しかし、中に入っていたのは普通の服だった。私は、安堵の表情を浮かべつつ西口沙織に対して話した。

「そんな気味の悪い話なんて、そうそうないじゃないの。沙織ちゃん、タンスだからって……いくら何でも考えすぎよ」

 やはり、彼女はタンスを前にして考えすぎていたようだ。その証拠に、彼女は私に対して謝りを入れた。

「そうよね。――ツヅキン、なんかゴメン」

 それでも、私は謙虚である。

「良いのよ? あんな不穏な事件が起きたら、疑いたくなる気持ちも分かるし」

 彼女の部屋を一通り見終わったところで、私たちは改めて客室の方へ戻った。――テーブルの上には、和菓子とお茶が置いてある。恐らく、お菓子はお供え物として参拝者が持参したモノなのだろう。おまんじゅうはいくらあっても良いが……。

 和菓子をいただきつつ、私たちは改めて荒川真紀子に対して生前の娘の様子を聞くことにした。

 彼女は話す。

「娘は元々身体が弱い方で、小学生の時は学校も行ったり行かなかったりでした。だから、中学校に進学したら登校する日も増えると思っていました。しかし、中学校に進学しても身体は弱く、部活も体育系の部活ではなく文化系の部活に所属することを余儀なくされてしまったんです。ちなみに、娘が所属していた部活は美術部で、『将来はコンテストで優勝したい』なんて言っていた矢先に……亡くなってしまったんです」

 ああ、そうだったのか。なんだか、荒川八千代という人物が可哀想だ。――私は彼女の話を聞きながら、そう思っていた。

 そして、彼女は荒川家の家庭事情を私たちに説明してくれた。彼女の話によると、荒川家全体の家族構成はこんな感じらしい。

 ・八千代の祖父 荒川益雄(あらかわますお)(81)

 ・八千代の祖母 荒川静枝(82)

 ・八千代の母親 荒川真紀子(42)

 ・八千代の父親 荒川努(あらかわつとむ)(45)

 ・八千代の姉 荒川由香利(あらかわゆかり)(17)

 ・荒川八千代(13・故人)

 ・八千代の妹 荒川貴子(あらかわたかこ)(10)

 ・ペットの犬 荒川チョコ(?)

 ――真紀子と努の間に生まれた娘が3姉妹というのは気になるが、今のフェーズではあまり気にしない方が良いのだろうか。

 それから、彼女は家族構成に関する話を総括した。

「そういうことです。私が努さんと結婚したのは今から20年前で、3人の子宝にも恵まれました。でも、まさか八千代が私よりも先に天国へ行ってしまうなんて……」

 そこまで言うのならば、荒川真紀子が自分の娘を手にかけたという線は薄いのか? 私はなんとなくそんなことを思っていた。

 しかし、家族構成について思うことがあったのか――大渡達哉が話す。

「3姉妹といえば、横溝正史の『獄門島(ごくもんとう)』を思い出すな。アレも姉妹が狙われるとかそういう感じの話だったか。とはいえ、由香利と貴子まであの屋敷の中で殺害されるとは考えにくいが」

 そこは、彼の言う通りかもしれない。私は話す。

「そうよね。たまたま八千代ちゃんが犠牲になったってだけで、都合良く殺人事件が起こる訳じゃないわよ。仮に都合良く殺人事件が起こったら、それこそ『偉大なラブコメ推理漫画』の世界じゃないの」

 私がそう言うと、彼は――呆れた。

「横溝正史や京極夏彦じゃなくて、敢えてそっちで来たか……。まあ、『偉大なラブコメ推理漫画』に関して言えばそういう性質の漫画だから仕方ないが」

 私と大渡達哉の話を聞いていたのか、西口沙織も咳払いをしながら口を挟んできた。

「――コホン。ここは、由香利ちゃんや貴子ちゃんにも話を聞いてみたほうが良いんじゃないの? アタシが探偵なら、そうするけど」

「その発想には至らなかったわね。――真紀子さん、由香利さんと貴子さんに対して話を聞くことはできないんでしょうか?」

 私がそう言うと、荒川真紀子はあっさりとOKサインを出してくれた。やはり、彼女は娘の死について何か思うことでもあるのだろうか。

「そうですね。仮に八千代の死が『事件』だとしたら、2人の娘が関与している可能性も考えられますからね。――少し待っていてください」

 それからしばらくして、2人の娘は客室へと入ってきた。

 彼女たちは制服という名の喪服を着ているので、第一印象は陰気くさいと思った。

 真っ先に話したのは、荒川由香利の方だった。彼女は長い髪をゴムで縛っていて、切りそろえられた前髪が印象的だと思った。

「あなた、探偵さんなの? ――ということは、八千代ちゃんはやっぱり殺されたってことなの?」

 どうやら、荒川由香利は大渡達哉を指して「探偵さん」と言っているようだ。

 彼は話す。

「確かに、僕は探偵かもしれない。でも、まだ荒川八千代の死が『事件』だと決まった訳じゃないし、『事故』や『病死』の可能性も十分考えられる。誰かが亡くなったから『事件』だと決めつけるのは、時期尚早だ」

 彼がそう言ったところで、荒川由香利は俯きながら話した。

「そうですよね。――何か、ごめんなさい。私、八千代ちゃんが亡くなったことが未だに信じられないんです……」

 当たり前のこと、彼は話す。

「それはそうだろう。――僕だって、彼女が亡くなったことを受け入れるのには時間がかかると思っているぐらいだ」

 荒川貴子も、話に加わっていく。

「お姉ちゃんは身体こそ弱かったけど、私に勉強を教えてくれることが多かったわ。それだけ頭も良くて、中学校の学力テストでは上位だったことを自慢してた。――でも、やっぱり『身体が弱いこと』はコンプレックスだと思ってたみたい。だから、探偵さんが言う通り……私も、お姉ちゃんが亡くなったことを受け入れるのには少し時間が必要かもしれない」

 彼女の話を聞いたのか、大渡達哉は話す。

「やっぱり、貴子ちゃんも由香利ちゃんと同じ考えを持っているのか。――まあ、僕だって『大切な人』を亡くしたら、しばらくは立ち直れないと思っているが」

「そうだよね。探偵さんも、そう思うよね」

 初対面の割には、2人とも私たちを怖がっていないようだ。――やはり、彼女たちが犯人だという線はあり得ないか。



 それから、大渡達哉は姉妹に色々な話を聞いていたが、特にこれといった大きな手がかりは得られなかった。――まあ、分かっていたことだが。

 とはいえ、話しているうちに母親である荒川真紀子も私たちのことを信用しはじめたようだ。

 彼女は私に話す。

「仮に八千代の死が『事件』だとしたら、そのときは犯人を捕まえてくださいね。じゃないと、彼女も成仏出来ませんし」

「分かっています。――彼女が成仏できたら『屋敷の取り壊し』も受け入れてくれるんでしょうか?」

 私がそういう質問を投げかけると、彼女は――質問に対して意外な答えを返した。

「もちろんです。あんな屋敷があるから、八千代は命を落としてしまった。だからこそ、一刻も早く取り壊して更地にすべきなんだと考えを改めました。――沙織さん、そのときはよろしくお願いしますよ?」

 西口沙織は、彼女の話に乗った。

「ありがとうございます! あなたがそう言ってくれるのを待っていたんです! そのためにも、八千代ちゃんの命を奪った元凶は突き止めないといけませんね」

「そうですね。――まあ、静枝さんは反発するんでしょうけど」

 やはり、彼女は実の母親である荒川静枝の顔色をうかがっているのだろうか? 私はそう思った。

 ――そういえば、荒川静枝はどこにいるんだ? 仏間で手を合わせているかと思えばそうでもないし、姉妹の話を聞いている間も様子を見に来る素振りはなかった。

 そのことが気になった私は、思い切って荒川真紀子に質問を投げかけた。

「――そういえば、静枝さんはどこにいるんでしょうか? 私、帰る前に彼女に顔を合わせたいと思っているんですけど……」

 私の質問に、彼女は答えていく。

「静枝さんなら、もう少しで家へと戻ってくるはずですが……」

「ということは、外出中なんでしょうか?」

「はい。益雄さんと静枝さんは家に来たお坊さんと話をしていて、『そのままお寺さんまで送り届ける』と言っていました」

「なるほど」

 この近隣にあるお寺といえば――大体見当は付いている。

 中学生の頃、西口沙織が「お寺の墓地には口さけ女が出る!」なんて言ってたけど、それは結局嘘でしかなく、私はまんまと彼女の嘘に騙されたことになる。

 そんなしょうもないことを思い出しているうちに、ガラガラという引き戸の音がした。玄関には、白髪の女性が立っていた。

 女性は話す。

「ただいま帰りました。――あ、あなたは……西口さん! あの屋敷なら、断じて取り壊しはさせませんよ!」

 西口沙織の姿を見たのか、荒川静枝と思しき老婆は――言葉を荒げている。

 それでも、西口沙織はあくまでも冷静だった。

「静枝さん、今日は取り壊しの許可をもらうために来たんじゃありません。あくまでも『荒川八千代の知り合い』としてここへ来たんです」

「そうやって嘘を言っても無駄です! 何度も言っていますが、私はあの屋敷の取り壊しに断固として反対しているんです! もう、帰ってください!」

 あの屋敷に対して、そこまで言う。

 ――やはり、この老婆は何か隠しているのだろうか? 私は、言葉を荒げる彼女の姿を見ながらそう思っていた。

 そんな老婆をなだめたのは、実の娘――荒川真紀子だった。

「まあまあ、静枝さん……彼女たちは悪い人ではないし、もっと冷静になってくださいよ」

 彼女の言葉で、老婆はようやく冷静さを取り戻した。――意外と単純である。

 とはいえ、これ以上他人の家に長居をしても困る。そう思った私たちは、荒川家を後にした。

「――それじゃあ、私たちはこれで失礼します」

 西口沙織がそう言ったところで、荒川真紀子は手を振っていた。――彼女は、信用しても大丈夫な人物なのだろう。



「それにしても、荒川家とかいう家族……結構闇が深そうね」

 西口沙織は、ステーキを食べながらそう話す。

 あの後、私たちは幹線道路沿いのファミレスに向かって「作戦会議」をすることになった。こういう時、作戦会議に適している場所はファミレスである。というか、豊岡だとそこしかないのが現状である。

 トンカツ定食を頬張りながら、大渡達哉も話す。

「確かに、沙織ちゃんの言う通りだな。あの家族は色々と隠し事をしていて、その最たる例がボロ屋敷なのだろう。僕はそう思っている」

 私は、2人の話に対してペペロンチーノを食べながら話した。

「これは私の考えだから話半分で聞いてほしいんだけど、荒川静枝は未だにそういう儀式に対して手を染めていて、孫を生け贄にしようとしていた。その結果、八千代ちゃんが犠牲になってしまったんだと思う。――もしかしたら、由香利ちゃんと貴子ちゃんもそういう儀式の生け贄として無理矢理あの屋敷に監禁させられていた可能性があるわ」

 私の考えに、大渡達哉が乗っていく。

「ああ、流石の僕にもそこまでは考えていなかった。荒川家という家系に生まれた以上、『儀式』への参加は避けられなくて、2人の娘も何らかのカタチで儀式の生け贄になっていたと言いたいんだろう?」

 まさしく、彼が乗った話は私が考えていたこととほとんど同じだった。

「その通りよ。――実際に、彼女たちに話を聞いてみるべきなのかしら?」

「そうだな。ここは、荒川家から遠い場所で彼女たちから話を聞くべきだろうな」

 彼はそう言うけど、こんな狭い田舎町で荒川家の影響が及ばない場所なんてあるのだろうか? 私はそれが疑問だった。

「荒川家から遠い場所? そんな場所、あるの?」

 私がそう言うと、彼はその長髪をかき分けて話した。

「――あるんだ。多分、あそこなら荒川家の影響は及ばないはずだろう」

「それって、どこなの?」

 もったいぶる彼に対してしびれを切らしてしまい、私は思わずその「場所」の説明を求めてしまった。

 そして、彼は話す。

「教会だ。ほら、旧幹線道路から高架線をくぐると、赤い屋根の教会が見えてくるだろう? そこだ。多分、荒川家も僕たちがそこでコソコソと話をしているなんて思わないだろう」

 彼が言う「旧幹線道路」。そこは90年代前半に幹線道路として使われていた道路であり、かつては玩具店やファミレス、家電量販店といったいわゆる「チェーン店」が点在していた。しかし、幹線道路ができるきっかけとなった運輸会社がバブル崩壊のあおりを受けて倒産すると、次第にその幹線道路は衰退していった。

 一応、現在でも警察や消防署といったインフラはその幹線道路にあるのだが、それ以外に何かがあるとすれば――何もない。かつての玩具店やファミレスはその存在を消すように真っ白なペンキで上書きされていて、入口だった場所には「入店者募集中」という不動産会社の色あせた看板が貼られているぐらいである。

 そんな昔の幹線道路から高架線をくぐればただの住宅街でしかなく、まっすぐ行けば赤い屋根の建物が見えてくる。それこそがキリスト教の教会であり、私も生きづらさを感じた時には何回か懺悔に来たこともある。

 そのことを踏まえて、私は話す。

「確かに、そこなら荒川家に存在がバレることもないわね。達哉くん、良いアイデアだと思う」

「そうだな。――そうと決まれば、早速明日にでも彼女たちをその教会へと連れて行くべきか」

 私と大渡達哉の話は、当然のように西口沙織も聞いていた。

「アタシも、その件に関しては賛成よ? ただ、どうやって両親たちの眼に触れずに2人を連れ出すかだけど……」

 西口沙織の懸念は、大渡達哉があっさりと解消してくれた。

 彼は話す。

「帰り際の彼女の表情でも分かったとおり、母親である荒川真紀子は僕たちのことを信頼している。だから、僕が『彼女たちから事件に対する話を聞きたい』って言ったら受け入れてくれるはずだ」

 そこまで言ったところで、彼女は納得した。

「そうね。アンタは探偵としてこの事件を追ってる訳だし、それなら母親も納得するでしょうね」

「その通りだ。――まあ、僕としてはなんだか嫌な予感がするけど」

 大渡達哉が言う「嫌な予感」。それは結局のところ、的中してしまうことになる。



 翌日。――(せみ)が鳴いている。

 私はスマホのアラームで意識を覚醒させることができず、結局午前10時ぐらいにベッドから起き上がった。

 スマホには大量の通知が入っていて、私は1個ずつその通知を消化していった。

 どうせ通知なんて大したものじゃないと思っていたが……大渡達哉から、緊急のメッセージが入っていた。一体、何があったんだ。

 私は、そのメッセージを読んでいく。


 ――彩花ちゃん、大変だ!

 ――事件の新たな犠牲者が出てしまった!

 ――被害者は荒川由香利で、八千代から見れば姉に当たる人物だ。

 ――彼女の遺体は当然のようにボロ屋敷で見つかって、なおかつ遺体は本来そこにあるべきモノが抜き取られた状態だった。

 ――本来そこにあるべきモノ。早い話が、彼女の遺体は()()()()()()()()()()()()()()()()()で見つかっていたんだ。

 ――そして、遺体の近くに置かれていたタンスの中には、彼女から抜かれたモノが入っていた。

 ――もちろん、鑑識のDNA鑑定で彼女のモノだと判断済みだ。

 ――僕と沙織ちゃんは事件現場にいるけど、彩花ちゃんも今から来てもらえないか? 一応、「由香利さんに接触した」として、重要参考人になる訳だし。


 そこまで言うのなら、仕方ないな。私は顔を洗ってパジャマからTシャツに着替え、バイクにまたがった。

 バイクでボロ屋敷へ向かうと、西口沙織と大渡達哉、そして――宿南刑事も待っていた。

「ああ、亜弥華さんも来てくれたか。――まあ、私は『君は来てくれる』と賭けていたんだが」

 宿南刑事、何を賭けていたんだろうか? 私は聞いた。

「賭けって、どういうことなんですか?」

 私の質問に、彼は答えていく。

「達哉さんは『彩花ちゃんが来なかったらこの事件は迷宮入りする』って言っていたから、僕は『来る』という可能性に賭けていたんだ。結果的に、君が来てくれたからこの事件が迷宮入りする可能性は低くなったが」

 どうやら、宿南刑事は私のことを買っているらしい。――私は話す。

「私は探偵なんかじゃないし、むしろ探偵は達哉さんの方だと思いますが……どうして私が関係あるんでしょうか?」

 私がそう言うと、宿南刑事は笑いながら話した。

「アハハ、君はあの時……多分、『犯人の姿』を見ているはずだ。だから、あの時のことを少しずつでいいから思い出してほしい」

 ――ああ、そういうことか。ならば、話すしかないか。

 そう思った私は、宿南刑事に「昔話」をすることにした。

「そこまで言うんだったら、あの時のことを素直に話しますけど……ちょっと、長い話ですよ? それでも良いんですか?」

 宿南刑事の答えは、当然のモノだった。

「頼む。話してくれ」


 私は、宿南刑事に対して「中学2年生の夏休みにあの屋敷で起こったこと」を話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ