Epilogue 怪異の解体
数日後。私は当然のように溝淡社での担当者である藤倉仁美とビデオチャットをしていた。
彼女は話す。
「――まさか、自分が住んでいるアパートの一室で事件が起こるなんて……ご愁傷様です」
そんなこと言われても、今更起きてしまったものは仕方がない。私はそう思った。
「まあ、結局201号室は『訳あり物件』として不動産会社の方でも売り出すみたいです。事故物件であることに変わりはありませんし……」
「そうですか。ところで、この小説は……やっぱり、例の事件に引きずられているんでしょうか?」
ゲラを読みながら、藤倉仁美はそう話した。――ああ、やっぱり他人から見ればそうなるのか。
私は話す。
「うーん……引きずられてる可能性がありますね。まあ、私はどうなってもいいんですけど」
「アハハ。でも、良く出来ているとは思いますよ? 上の方も気に入ってくれるはずです」
「ということは、書籍化に向けて前向きになっていると」
「そうですね。――都築先生、最近ポジティブな考えを持つようになりましたね。何かあったんでしょうか?」
そう言われると、私は顔がトマトになってしまう。
「べ、別に……私は、何も変わっていないと思いますが」
「またまた、謙遜しちゃって。――とにかく、都築先生の新作はこちらの方でもお待ちしておりますからね。それでは、私はこれで」
そう言って、藤倉仁美はビデオチャットから退席した。もちろん、ダイナブックの画面には自分の醜い顔しか映っていない。
ため息を吐きつつ、私は今回の事件のことを思い出していた。最初は「幽霊の仕業」だと思っていたが、大渡達哉という存在によってソレは解体されて、結局のところ「裏稼業で悪を始末する仕事人の時代劇」のようにテグスで首を絞めただけの話だった。――そんなトリック、私でも思いつくのに。
そして、何より「謎の発疹」の正体は漆によるかぶれだった。確か「リアルの怪談」だと首の発疹は祟りによるモノだと書かれていたけど、結局祟りでもなんでもなくて生理的なモノだった。だから、怪異なんてないんじゃないかっていうのが正直な考えだった。
とはいえ、人間は認知の歪みによって「本来あるべきではないモノ」を「怪異」として判断してしまう。それは昔からの話である。
まあ、そういう「認知の歪み」が妖怪を生み出したというのも事実であり、これだけ知識が豊富に溢れている現代だとそういうモノはすぐに解体されてしまう。――大渡達哉がやっていることである。
これから先、私はどんな噂話を聞いていくのだろうか? 噂もエスカレートとすると陰謀論になってしまうし、一度陰謀論に足を踏み入れたら、よほどのことでもない限り引き返せなくなってしまう可能性がある。
そういうことを防ぐためにも、私は達哉くんという「怪異解体人」から話を聞いて、その話が「面白い話」だと思えばこうやって小説にしていけばいい。
――さて、今度はどんな話を書こうか。(了)
参考資料
・21世紀日本怪異ガイド100(朝里樹/星海社新書)
・元素118の新知識 第2版(桜井弘/講談社ブルーバックス)
・1日でできる!小学生の自由研究テーマ(本田技研工業ホームページ)
・ネット上に転がってる洒落怖スレいろいろ




