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【完結】怪異解体奇譚  作者: 卯月 絢華
Chapter 03 絞霊術

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Phase 03 人影の正体

 私は宿南刑事が作ったリストを参考にしながらアパートの住民から情報を聞き出すことにした。――まずは、102号室か。


 階段を降りていき、102号室へと向かう。表札には、確かに「設楽」と書かれていた。


 ドアチャイムを押すと、開いたドアから目つきの悪い男性が姿を現した。


「――あの、どなたでしょうか?」


 男性――設楽修次がそうやって言うので、私は素直に「202号室の都築彩花です」と答えた。


「ああ、都築さんですか。――隣人の件に関してはご愁傷様でした」


「別に、私はアパートの隣人と面識があった訳じゃないんだけど……」


「そうですか。――それで、どうしてあなたがこの事件を追っているんでしょうか?」


 そんなこと言われても……。まあ、ここは正直に言うしかないか。


「実は、私の知り合いに探偵がいて……。その探偵から『事件を解決してほしい』と依頼されたんです。ただ、それだけの話ですけど」


 私がそう言ったところで、設楽修次は話す。


「なるほど、探偵と知り合いなんて羨ましいですね。それはともかく、もしかして僕を疑っているんでしょうか?」


「念のためですよ、念のため。まだ、あなたが犯人だと断定した訳じゃないですから」


「まさか。僕は人を(あや)めたりしないですよ。ましてや、新垣さんとは全く面識もないですし……」


 それはそうか。――私は話す。


「そうですよね。いくら『同じアパート』という共同体で生活していても、実際他人と面識があるとすれば――廊下で鉢合わせることぐらいでしょうし」


「確かに、その通りですが……。ああ、新垣さんといえば、尼崎の大手電機メーカーで勤務しているんですよね。僕もその会社に就職しようと思いましたが、あっけなくお祈りメールをもらってしまいましたから……」


「お祈りメール……。設楽さん、大学生なんですか?」


 私が言いたいことは、分かっていたようだ。――彼は話す。


「はい。僕は港南大学の3回生で、今年から就活を始めたんですけど……やっぱり、中々上手くいかなくて。そろそろ4回生になるし、いい加減内定の一つぐらいはもらいたいんですけど」


 3回生、12月という段階で内定ゼロ。――私に比べたらマシだろう。


 私は、当時の就活事情を話す。――結構、大変だったんだよな。


「私は京都の同命社大学、いわゆる『関関同立』の一角だったんですけど、それでも就活は大変でしたね……。まあ、当時は東日本大震災の混乱から端を発する不景気でしたし、4回生の12月でもまだ内定ゼロでしたから。――まあ、結局溝淡社が拾ってくれたんですけど」


「溝淡社? どうして出版社に?」


 やっぱり、初見の人間からしてみれば――私という存在は不思議に見えるのか。


「私、こう見えて小説家なんですよ。だから、溝淡社へは就職したというよりも、そこで本を出すことになったんです」


「なるほど、小説家でしたか。――今度、あなたの小説を書店で見かけたら買ってみようと思います」


 いい加減話を戻さなければ。――私は、話を就活事情から新垣源司に関することへと軌道修正させた。


「それはどうも。――ああ、話がそれてしまいました。設楽さんから見て、新垣さんってどういう人物だったんでしょうか?」


 私の質問に、設楽修次は意外な答えを返した。


「なんというか……生真面目な性格でした。ゴミ出しで外に出ると、必ずと言って良いほど挨拶をしてくるんですよ。――まあ、普通に考えればそれが常識ですけど」


「ということは、ゴミ出しで挨拶しない住民もいると?」


「それはどうでしょうか? 少なくとも、僕が見た範囲だと新垣さんと大家さんはゴミ出しのときに挨拶していましたが……」


 そういえば、大家である橘泰子は105号室の住民だったか。あとで話を聞くべきだな。


 その前に、松井久留美の部屋に向かわなければ。――私は、設楽修次の部屋を後にした。



「――えーっと、あなた……誰でしたっけ?」


 松井久留美という女性は、ペンギンの看板でおなじみのディスカウントストアで売っているようなダサい部屋着に、手入れをしていないボサボサの頭という見た目をしていた。――多分、普段から他人と会うことに慣れていないのだろう。


 私は話す。


「私は、都築彩花という者です。――訳あって、ある事件を調べるためにこうやってレモンハイツを回っているんですよ」


「ああ、事件って……新垣源司って住民が首を括って亡くなっていたってヤツですよね。それなら知ってます、ニュースでも見ましたし」


「それなら話は早いですね。――松井さんから見て、新垣さんってどういう人物だったんでしょうか?」


 私がそう言うと、彼女は不機嫌そうな顔で答えた。


「うーん……あまり面識はありませんでしたけど、彼に関して最近気になることがあったんですよね」


「気になること?」


「私、こう見えて『夜の仕事』に従事していて、帰ってくるのも日付が変わってからになることが多いんですけど……最近、私がアパートに帰ってくるタイミングで人影を見かけていたんです」


「人影? ――そういえば、他のアパートの住民もそんなことを言っていましたね」


 そう言って、私は日村由美から転送してもらった写真をスマホの画面に表示させた。松井久留美は、スマホの画面を覗き込む。


「――ああ! これです! 私が見た人影も、こんな感じでした!」


 松井久留美がそう言うぐらいだから、やっぱりこの事件は――「悪霊」の仕業なんだろうか? 私はそう思いながら彼女に話した。


「そうですか。――実は、この人影……101号室の日村さんが撮影したモノなんです。流石にスマホの限界で明るくは出来ませんが……」


 私がそう言うと、彼女ははっきりと答えた。


「まあ、スマホの限界はあると思いますが……この人影、恐らく新垣さんの愛人なんだと思います」


「愛人? まさか、彼は不倫していたと?」


「不倫してたのは、新垣さんじゃなくて愛人の方だと思います。――とりあえず、これを見てください」


 そう言って、彼女はスマホの画面をこちらに見せてきた。――あれ、これって……。


「これ、もしかしてあなたの勤務先のホームページですか? どう考えても、いかがわしいページですが……」


「はい。――そして、これは私のスマホ上で見られるシフト表ですが……私の隣に『カンナ』という源氏名の女性のシフトが表示されているじゃないですか。これをタップしてと……はい」


 彼女が言っている『カンナ』という源氏名の女性。そして、カンナの顧客には――。


「顧客の中に、『新垣源司』って書いてありますね。――もしかして、そういうことなの?」


 それ以上詳しいことを聞くのはよしておこうと思ったが、松井久留美はお構いなく話す。


「はい。――新垣源司は、ウチの会社の顧客なんです。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ああ、そういうことか。――私は妙に納得した。


「肉体関係……ああ、法律では禁じられているけど、裏口を使えば肉体関係を持つことができるというアレですよね。分かります。つまり、新垣源司はカンナという源氏名の女性と接触して、肉体関係を持った。――そんなところでしょう」


「はい、都築さんの言う通りです。――まあ、私はカンナちゃんが人を殺めるなんて考えたくないんですけど」


 それはそうだろう。仕事の同僚が殺人に手を染めていたとしたら、それこそ大事である。


 私は話す。


「まあ、久留美さんが仕事の同僚を(かば)いたくなる気持ちは分かりますが……ここは、カンナさんを疑うしかありません。それは分かってください」


「まあ、そうなりますよね。――もう、帰ってください」


 そう言って、私は松井久留美の部屋から追い出されてしまった。



 意気消沈のまま部屋に帰ると、スマホが鳴った。――メッセージの送り主は、大渡達哉だった。


 ――彩花ちゃん、そろそろ何か手がかりの一つぐらいはつかめたんじゃないのか?

 ――まあ、君ならもうつかんでいると思うが。


 やはり、アレのことは話すべきだろうか。私は彼のメッセージに返信を送った。


 ――それなんだけど……ちょうど、手がかりをつかんだところよ。

 ――104号室の松井久留美っていう女性の部屋に向かったら、彼女の勤務先……これ、言っちゃってもいいのかな? 要するに、彼女は「夜の仕事」に従事してたんだけど、その仕事仲間が新垣源司と肉体関係を持っちゃって、彼の部屋へしょっちゅう出入りしてたのよ。一応、彼女の源氏名は「カンナ」って言うらしいんだけどさ。

 ――流石に、達哉くんもここまでは証拠をつかんでないと思うけど……、


 そうやってメッセージを送ったところで、彼は速攻で返事を返してきた。


 ――ああ、僕もそこまでは証拠をつかんでいなかった。彩花ちゃん、でかしたぞ。

 ――それはそうと……「夜の仕事」か。「仕事に貴賤(きせん)はない」とは言うが、やっぱり「夜の仕事」と聞いただけで身構えてしまうよ。

 ――まあ、そういう「夜の仕事」で生計を立てている人間がいるのも事実だが。

 ――そうだ、松井久留美が言っていた証言を僕のスマホに転送してくれないか?

 ――それだけで、何か分かるかもしれないからな。


 もちろんだ。私は彼のスマホに松井久留美の証言を転送した。



 数分後。スマホが短く鳴った。最初は大渡達哉からかと思ったが、メッセージの送り主は西口沙織だった。


 ――ツヅキン、ホントにあの事件を追ってんのね。達哉くんから聞いたわよ?

 ――にしても、「夜の仕事」ねぇ……。

 ――アタシはそういうモノに対して関わりを持つことがないけど、やっぱり事件の裏にそういうモノがあると、気にはなっちゃうよね。

 ――実際、「気に入らない」って理由で呼び出した子が殺害される事例は多数報告されてるし、仕事は違えどアタシも「明日は我が身」だと思ってるわよ。

 ――まあ、いわゆる「カスタマーハラスメント」ってヤツ? それよ。

 ――それはともかく、あまり事件に対して真面目にならない方が良いわよ? なんというか、「真面目になればなるほど馬鹿を見る」って感じだし。


 メッセージはそこで終わっていた。――しかし、本当に「カンナ」という源氏名の女性は新垣源司を殺害したのだろうか? 私はそれが疑問だった。



 気を取り直して、私は105号室に向かった。105号室は大家さん――橘泰子という女性が住んでいる。


「――あら、彩花ちゃん。もしかして、事件について気になることでもあったのかい?」


 やはり、大家さんとなると私が言いたいことは分かるらしい。――バレテーラ。


「そ、そうですけど……橘さんも、何か事件について分かったことがあるんですか?」


「もちろんよ。新垣さん、最近女性を部屋に連れ込んでいたらしくて……いわゆる『(いとな)みの声』が漏れ聞こえていたから、迷惑していたんですよ。もちろん、ある日を境にその声は聞こえなくなったんですけど……」


「それって、もしかして……」


「これは私の推理だけど、多分……女性は新垣さんに対して恨みを持っていたんじゃないかって考えているのよ。声が聞こえなくなったのは、ちょうど1週間前かしら?」


 確か、日記において新垣源司が降霊術を行ったのが12月8日だったな。――まさかとは思うが、この時点で新垣源司はすでにこの世から姿を消していて、それ以降の日記は犯人によって書かれたモノだったのか? 私はそう考えた。


「その日って、新垣さんが降霊術を行った日ですね」


「降霊術? あの、幽霊を呼び出す儀式?」


「はい。――私は、降霊術によって呼び出された幽霊によって新垣さんは殺害されたと考えているんですが……」


 しかし、私の考えはあっけなく砕け散った。――橘泰子は話す。


「そうは言いますけど、私は殺害される少し前に新垣さんの姿を見かけているんですよ。その時の彼はマフラーで首元を隠していましたが……」


 マフラーで首元を隠していた。――ああ、そういうことか。


 私は話す。


「首元を隠すには、それなりの理由があると思います。――例えば、首に発疹が出来たとか……」


 私の話について、彼女は思うことがあった。


「ああ、そういえば、私が最後に新垣さんと会った日に、『これから皮膚科に向かうところだ』って言っていました。残念ながら、皮膚科に行く理由までは聞いていませんでしたが……」


「それ、多分『首の発疹を治すため』だと思います。――日記にも、そうやって書いてありましたし」


「日記? それ、詳しく見せてもらえないかしら?」


 そう言われた以上、仕方がない。私は部屋からダイナブックを持ってきて、日記のデータを橘泰子に見せた。



「――なるほど。新垣さん、結構几帳面だったんですねぇ」


 新垣源司の日記データを見せたところで、橘泰子はそう言った。もちろん、私が言うことは分かっている。


「はい。死ぬ間際まで日記を残そうとしていたぐらいですから、新垣さんは相当几帳面だったんでしょうね。――もっとも、彼が書いていたかどうかは疑わしいんですけど」


 私がそう言ったところで、彼女は話す。


「これは、新垣さんの文章で間違いないわ。見るべき場所は、降霊術を行うよりも前――例えば、11月よ」


 彼女がそう言うので、私は新垣源司が残した11月の日記の適当な部分を見た。



【令和×年11月27日】

 カンナは今日も僕の家に来た。どうやら、店での付き合いだけじゃ物足りないらしい。仕方がないので、僕は彼女を満足させるべく一つの生命体となった。――もちろん、万全の対策は行った。

 事を終えたあと、彼女は僕にある話をした。曰く「六甲山にある心霊スポットで降霊術を行うと幽霊が現れる」との事であり、僕は彼女の話に対してとても興味を持った。

 とはいえ、1人だけじゃ心霊スポットに行く勇気がない。ここは、友人を誘って行くべきだろうか。



 まさかとは思うが、その心霊スポットにカンナを誘わなかったから、新垣源司は彼女に殺害されたのか? ――いや、それは考えすぎだろうか。いくらなんでも、彼女が嫉妬によって相手を殺害するということは安易だ。


 そんなことを考えていると、スマホが鳴った。もちろん、メッセージの送り主は大渡達哉だった。


 ――彩花ちゃん、「カンナ」の勤務先が分かったよ。

 ――彼女、いわゆる「神戸におけるその手の店が並ぶ場所」で働いているらしく、店のオーナーによると「彼女はこの1週間姿を見せていない」とのことだ。もしかしたら、どこかに逃亡している可能性も考えられるな。

 ――僕は今から「神戸のその手の店が並ぶ場所」に足を運ぶから、しばらく待っていてくれ。

 ――そうだな……次に僕が彩花ちゃんのスマホに連絡するときに、新垣源司の部屋に向かってくれたらなおさら良い。


 メッセージはそこで終わっていたけど……いきなり「新垣源司の部屋に向かってくれ」って言われても、彼が亡くなっている以上ただの事故物件でしかない。彼は、一体何を考えているんだ?


 そんなことを思いつつ、私は橘泰子の部屋を後にした。――帰り際に、彼女は話す。


「彩花ちゃん、色々とゴメンねぇ。――でも、彩花ちゃんがやろうとしていることはウチのアパートを守るためのことでもあるのよねぇ。応援してるわよ?」


 彼女がどう言おうとも勝手だと思っていたが、そこは素直に答えるしかない。


 私は「分かりました」と言って、彼女の部屋から踵を返した。



 ――どうせ、今回は大渡達哉がこの怪異を解体したところで碌な結果は待っていない。私はそう思っていた。

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